気まずい朝

「おはよう、寝過ごしちゃった」


 次の日、急いで食堂に向かうと、もう全員揃っていた。朝食は昨日の残り物だったので手間がかからなかったそうだ。昼食はパンに肉を挟んでダンジョンに持っていく事になる。


「おはよっ、アリス!」

「わっ」


 いきなりタルトに頬をキスされたのでびっくりする。そう言えばジャックの顔もベロベロ舐めていた。ショコラも近付いてきたので、昨夜の事を思い出し身構えていると、手を取られて爪先に唇を押し当てられる。


「そんなにカタくならないでよぉ。アリスちゃんのダーリンより先に、奪っちゃうなんて事しないから♪」

「いや、順番は関係ないけど」

【おはようございます、アリス様】


 ショコラが身を引くと、パイにお辞儀される。彼女は普通だった……まあジャックがおでこ同士を触れ合わせたのも、起動させるためだから。私も挨拶を返すと、背後から視線を感じてドキリとする。


「……おはよ」

「あ、うん……」


 き、気まずい。ショコラが起こした一連の騒動のせいで、ジャックには性的な意味で好意を持っていると思われている……一応、人妻なのに。


(でも変に避けてたら余計誤解されるわよね。ここはもうひたすら自然な態度を心がけるしかないわ)


「おはよう。今日はジャックも攻略に参加するのよね? 私は何をすればいいのかしら」

「あ、ああ。下の階に行こうとは思ってるけど、焦らずにアリスのレベリングも手伝うつもりだ」

「私の? レベルは20を超えたけど、まだ足りないかしら」

「念を入れてレベル50くらいまでは進み過ぎない方が安全と見てる。潜れば潜るだけ、敵も厄介になるからな……それに、たぶん俺たちより先に行ってるパーティーもいなさそうだし」


 旦那様はもっと上の階にいるって事かしら?

 彼らに聞いてみたところ、金髪金眼の魔術師は見かけなかったらしいし、誰かしら追いつくくらいゆっくりするのも手なんだとか。


「最短でヴァルゼブルを追うべきなのは分かってるけど、そうすると今度はアリスが危ない。いざとなれば、あんたを守りながら戦えないかもしれない」

「分かっているわ……私も、足手纏いになるのは嫌だもの」


 それにしても、自称とは言え伝説の魔王と渡り合えるだけの自信があるなんて、よっぽどの実力の持ち主なのだろう。ジャックもグラディウスさん同様、どこかの国で勇者の称号を貰ってたりはしないのか。


「へ、俺が勇者?? ガラじゃねえって……こういうのはさ、それぞれのお国の都合が絡み合って決まるんだよ」

「でも今まで魔物退治してきたんでしょう? それでも足りないお国の都合って何なのよ」

「例えば偶然神のお告げが下るとか、そこの姫さんに惚れられるとか……そのためにはある程度の容姿とネームバリューが求められるんだよ。俺自身、どこにでもいるしがない冒険者だぜ」


 グラディウスさんの事を思い出す。ローリー様と違い冒険者には明るくない私だけど、勇者を名乗っても説得力のある印象を受けた。だけど実際に他のパーティーに先んじて地下七十階まで攻略しているジャックだって負けているとは思えない。職業だって同じ花形の剣士なんだから。


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