惑う心
呆然とする私に気付き、ジャックは目の前で何度か手を振ってみせた後で声をかけてくる。
「アリス? ……何かショック受けてるみたいだけど、所詮悪魔の言う事なんだから、そんな深刻に捉えなくて大丈夫だからな?」
「そ、そうよね。ショコラは冗談ばっかりだもの、うん……ところでジャックは鍵がかかってたのにどうやって入ってきたの?」
「へ? そりゃ、ここを管理してるのは俺なんだから……あ」
ジャックはマスターキーでいつどこの部屋でも自由に出入りできるのだ。それは当たり前ではあるけれど、口外する事で私を不安にさせないかと心配したらしい。
「ごめん、緊急事態だと思って……今度から絶対に許しなしに入室はしないから」
「ちゃんと信頼しているから気にしないで。あの、来てくれてありがとう」
単にショコラの悪戯を止めてくれただけでなく。そう想いを込めて見つめれば、何故かバッと目を逸らされた。
「ショ、ショコラには言って聞かせたけど、もしまた悪夢に悩まされる事があれば言ってくれ。じゃあ、しっかり服を直してから寝ろよ」
「……? きゃあっ」
意味深な言い方に改めて身なりを確認し、リボンを解かれて胸元が大きく開いたままだったのに気付く。羞恥で悲鳴を上げている間に、ジャックは逃げるように退室してしまった。ちらりと見えた耳がピアスに負けないくらい真っ赤だったのが居たたまれない。
「眠れそうにないわ……」
今度こそ誰もいなくなった寝室で、小さく独り言ちる。
悪夢を見せる夢魔ショコラ。彼女だか彼だかが見せた夢は突拍子もないと言ってしまえるけれど、本気で拒絶できなかった事やそれほど嫌ではなかった自分に衝撃を受けた。正体を見破れたのは本物のジャックではなかったからで、もし本人だったなら私は受け入れていたのだろうか……
(バカバカしい。ジャックも言ってたじゃない、ややこしい事態は避けろって。いくら好きにしていいからって、旦那様に会えないうちから不倫なんて論外よ論外)
首を振りつつ、再びベッドに潜り込んで無理やり目を瞑る。決められた結婚を放り出して、平民と真実の愛だの何だのに逃げるのは、王太子殿下がしていた事。ローリー様が誘導していた部分もあったとは言え、傍から見て非常に愚かしかった。そういうのは御免だ。
……とは言え、もしも最初から旦那様が式の日だけでも居てくれたなら、今頃こんなにも悩んだりはしなかった。不気味に感じる見た目だって、三日もあれば慣れていただろう。
(そう言えば、今がまさにそれくらいの時期じゃない?)
メイズ侯爵領に来て一人で式を行い、冒険者ギルドに登録してクエストを引き受けて、ダンジョンに入り日を跨ぐ……怒涛の三日間だった。妻がその足取りを命懸けで追っている間、一体旦那様はどこで何をしているのやら。
惑ってしまう心も責任転嫁してしまうほど旦那様を恨めしく思いながら、私の意識は闇に包まれていった。
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