初夜の夢

 夕食後、初めて自室を使う事になった私は、改めて部屋の気合いの入れように憂鬱になった。


(一人でキングサイズのベッドなんて、広過ぎて虚しいわ)


 溜息を漏らしつつも、今更替えてくれとも言えず。まあ大は小を兼ねるとも言うしと自分に言い聞かせてベッドに潜り込む。しばらくは寝付けなくてゴロゴロしていたけれど、そのうち夢と現実が曖昧に感じてくるようになった。それは、部屋に誰かが訪ねてきたからだ。


 ノックもせずにやってきて、眠っている私を見下ろしている。このまま寝たふりを続けてもよかったのだけれど、あまりにも視線が刺さるので、仕方なくぼんやりと目を開く。


「酷いな、初夜に夫を置いてさっさと寝てしまうなんて。まあ今日は疲れただろうから、仕方がないか」


 暗がりの中で笑う気配がする。このシチュエーションからして、昨日見た結婚式の続き? じゃあこの人は私の旦那様なんだろうか。


(貴方こそ、妻を置いて式をすっぽかしたくせに)


 夢の中では滞りなく結婚できたので、ここで不満を言ってもしょうがないのだけど。

 旦那様はダンジョンに行ったりせず、私と結婚してくれた。そうなるとこれから初夜を迎える事になるのだが……


 そこまで考えた時、耳に何か生暖かいものが押し付けられた。


「ひゃあっ!」

「ハハ、やっぱり狸寝入りか」


 思わず飛び起きてしまい、クスクス笑っている旦那様を睨み付けようとして、目が点になった。髪が闇夜に溶け込んでいる……明かりもない中では不思議でもないかもしれないが、金髪だったらもっと薄い色に見えないだろうか。これではまるで――


「ジャック……?」

「おいおい、夫の名前も忘れたのか奥さん」


 一度認識してしまうと、もうそうとしか見えなくなった。東方風であっさりしているけれど収まりのいい顔立ち。金色の目は真っ暗な中で一際強く光っている。

 どうやら夢の中で、旦那様はジャックという事になっているらしい。なんて事……こんな寝室にされて、ショコラが変に煽ってくるからだ。許すまじ!


「とにかくダメよ、貴方はジャックなの」

「何でもいいよ、この後のお楽しみさえ止めないでいてくれるなら」


 お楽しみ? と一瞬考えてしまった隙をついて、ジャックは私に覆い被さると、ネグリジェの胸のリボンを解く。鎖骨が露わになり、さすがに何をしようとしているのか察してカッと熱くなった。


「ちょ、ちょっと待ってジャック……!」

「新婚初夜にそれはないだろ。それとも無理やりがよかったか?」


 ひぇっ、何か怖い事言ってる!

 固まっている間にジャックは胸元から首に顔を突っ込んで、ベロリと舐め上げた。ぞわわっと悪寒が走るが、同時に鼓動はうるさいほど高鳴っている。焦りと緊張で声は上擦り、上手く言葉を発せない。

 どうして私は、はっきりとジャックを拒絶できないのか。このまま流されてしまっては、断罪までの私と何も変わらないのに……と、意を決してキッと睨み付け、直後に違和感を感じた。


 その頃には紛れもなくジャックの顔をしていたけれど、寝る時も身に着けていたあれがない。手を伸ばして耳たぶに触れると、旦那様はクスリと笑う。


「君の方から来てくれるなんて積極的だな。可愛いよ、アリス」

「そういう貴方はジャックでも旦那様でもないわね。ピアスはどうしたの?」


 指摘してやると、ジャックから表情が消えた。虚ろな目付きで伸ばした腕を掴み、ベッドの上に縫い付ける。


「嫌、放してっ! 誰なのよ貴方!」

「……」


 私の抵抗をものともせず、恐ろしい力で封じてきたジャックの瞳が、金色から赤に染まっていく。黒かった髪はどんどん伸びて色が抜け落ち、体も華奢に変化していき――

 、は……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る