温かい夕食
脱衣所から出ると、ジャックが長椅子に寝転がって丸くて薄い紙を張り付けた棒で自分を扇いでいる。東方の島国でよく使われる扇子だそうだ。
「おお、上がったか。俺は長風呂で逆上せたみたいだから、もうちょっとここにいるよ」
火照った顔にさっきまでの事を思い出してしまい、直視できなくなってしまう。変な風に思われてなきゃいいけど……
「そ、それじゃ私たち、先に食堂で待ってるわね」
「早く来てね、御主人!」
「むふふ♪」
手をひらひら振り合うと、私たちだけで戻ってきてしまった。たぶんもっと早く上がるつもりだったんだろうけど、隣でコイバナ――しかも自分絡み――が始まってしまったので、聞こえているのがバレる訳にはいかなかったんだろう。ここはお互い知らないふりをしておくべきだ。
少しして食堂に顔を出したジャックに、冷たい水を差し出す。
「夕食もすぐに用意するから、これ飲んでおいて」
「ああ、ありがとう……っぷは、生き返る!」
気持ちいいくらい勢いよく水を飲み干すジャックを何となしに見ていると、ニヤけたショコラに腕を突っつかれた。
「今のすごく夫婦っぽかったわよぉ、微笑ましそうに見つめちゃってぇ♪」
「か……っ」
「からかうなよ、お前も手伝ってこい!」
咄嗟に返そうとして言葉を詰まらせる私に代わり、ジャックがシッシッと追い払うと、ショコラは舌をぺろりと出して退散した。
「ったく、何のつもりだあいつは」
「本当に……」
気まずい……なんであんなにも自分の主を押し付けようとしてくるの? 私は旦那様との決着がつくまでは、何も決められないっていうのに。お互い顔を見合わせ、仕方なくへらりと笑う。ジャックはまだ逆上せたままなのか、顔がピンク色だった。
「うわぁ、おいしそう!」
夕食は私が作った薬草スープの他、タルトが炙った肉と木の実のパン、飲み物はホットミルクだった。ショコラはいつもと違った味に目を丸くする。
「あら、魔力草と蜂蜜入りね。体がポカポカして力が漲ってくるわ」
「ボクの肉にも何か載ってる!」
「香草替わりに使ってみたの。ジャックはどう? 口に合ってるといいんだけど」
スープを口に運んだところで声をかけると、ちらりと視線だけがこちらを向く。さっきから無言なので不味かったらどうしようと不安になってくる。
「うん、うまい」
「よかった……たくさんあるからおかわりがあれば」
「おかわり! スープとミルクね」
ホッとして立ち上がりかけると、すかさずタルトが声をかけてきたので、苦笑いをしてよそってあげる。ショコラが「新婚さんを通り越して熟年夫婦になってるわよ」と突っ込んできたのは無視だ。
「パイは何か苦手なものはない?」
【問題ありません】
返答が微妙にずれているような気がする……
昨日も一応同席はしていたものの、食事を取っていると言うよりはジャックたちに合わせた動作をしているという印象だった。
「そいつは魔法生命体だから、魔力さえあれば食事は必要ないんだよ」
「! そうなの?」
【マスターの命令により、仲間といる時には共に食事を取る事になっています】
つまり彼女が今食べているのは、栄養じゃなくて交流のためなのか。無意味かもしれないけれど、私にはジャックの気持ちが分かった。連れ添った仲間が人間じゃないからと、食事中に距離を置かれたり何もしないのは寂しい。
「ありがとな、アリス。いつもなら魔力が回復するまで起き上がれないし、まっずいポーションも我慢して飲んでるんだ。おかげで明日にでも復帰できるよ」
「そんな……私にできるのはこれぐらいだから」
お礼を言われて、温かい気持ちになる。人の役に立ててこんなにも嬉しいのは初めてだ……きっと自分の意志で行動を起こしたからなんだろう。
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