主人のプレゼン
先の事まで考えていた訳じゃない。最初のうちは許されるのなら、夫不在のまま二年もかけて白い結婚を成立させるよりは、早いとこ会って話をつけ最速で離婚してもらってもいいと思っていた。今まで貴族として生きてきて一人じゃ何もできないけれど、修道院に戻ってずっとそこで過ごしてもよかったし。
今は……旦那様の口から事情を聞いて、きちんと納得した上で考えていきたい。彼だってお国の事情に巻き込まれただけなんだから。そして私の話も聞いてくれたなら、そこから愛が芽生える可能性だってある。だから実際に会ってみるまでは、どうしたいのかなんてあれこれ考えたって仕方ないのだ。
「ねぇ、もし離婚って事になったのなら、次はうちの御主人様なんてどぉ?」
ピシャン、と水滴が跳ねた。
「どう、ってジャックと? 出戻り女を押し付けられるのは嫌でしょ。ベタ惚れの美少女三人も侍らせてるのに」
「アリス、ジャックと結婚すんの? ボクは大歓迎だよっ!」
「いやいや」
泳いでいたタルトが満足したのか会話に加わってきた。彼女の中では結婚=仲間って図式なんだろうか。だとしたら今の時点で三股になるんだけど。
「うーん……アタシたちの場合、ちょぉーっと違うのよねぇ。そりゃあ御主人様の事は食べちゃいたいくらい好きよ? でも魔物使いと眷属の関係はあくまで主従契約なの。そこから色恋に発展するかは個人によるわねぇ」
「ボクも御主人、大好きっ! 御主人はボクたちの事、みんな同じくらい大事にしてくれるよっ」
そういうものなのか……と言うか魔物使いって。剣士じゃないの? 聞いてみたところ、スキルとして冒険者ギルトに登録した職業以外の能力を持っているのはよくある事だそうだ。彼の場合だと悪さをして退治された彼女らが感服して自分から契約を結んでもらい、ついてきているらしい。
「ならジャックには特別な……人間の恋人はいないって事?」
「それがさぁ、ぜーんぜんモテないんだって。アタシたちに出会う前から冒険者やってたみたいなんだけど、男女混合のパーティーでは修羅場が日常茶飯事で、イケメンリーダーのハーレムの中で当て馬やパシリにされた挙句追放されちゃったのがきっかけで、つくづく色恋沙汰が嫌になったみたい」
(うはー……正真正銘のハーレムかぁ)
何か、親近感が湧く。私もローリー様のそばでドロドロした人間模様を見てきたから分かる。当の本人 (と婚約者)だけは全く気付いていなかったが、誰もが彼女の関心を独り占めしたくて周りに集まってくるのだ。そしてよく頼み事をされていた私は、その嫉妬を一心に受けていた。
「確かに東方の顔立ちには馴染みはないけど、本当に誰も彼の魅力に気付かなかったの? 黒髪とかエキゾチックで受けが良さそうだし、金眼も魔力が強い証だって聞いたわ。近くで見るとキラキラしてて綺麗だしね。
それに仲間想いなのはすごく伝わってくる。お人好しな分、苦労してそうだけど……」
日が浅いなりに、今まで感じてきた彼の長所を挙げていく。最初はハーレムパーティーを作るような軽い男だと思っていたが、実際は真面目で堅実だ。本当に人間の女の子にモテてもおかしくはないはず……まあ彼女たちと組んで以降は、それが虫除けになっているんだろうけれど。
「……なに、ニヤニヤして」
「す、すごい! ボクたち以外に御主人の良さを分かってくれる雌が人間にいたなんてっ!」
雌て。
「そう言えば、アリスちゃんの旦那様よりも御主人様の方がかっこいいって言ってたわねぇ……これはワンチャンあるかも?」
(だから、なんでそんなに乗り気なの貴女たち……ジャックの気持ちは?)
彼女たちが勝手に盛り上がる中、仕切りの向こうでバシャンと音がした。……あっちは男湯のはず。
「え……ジャック今の、聞いて、た……?」
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