望まれる食事

 装備を整えたところで、パイさんが朝食を運んできた。キッチンはあるけれど食べるのは寝室だ。食べかすが零れるし不衛生だから、確かに早くリフォームして食堂を作ってもらった方がいい。

 メニューはバターたっぷりのパンとベーコンエッグとコーンスープ、それにミルクという定番の朝食だった。


「おいしい……パイは料理もできるのね」

「違うよー、作ったのはボク!」


 意外な事に料理が得意なのはタルトだった。パイはレシピ通りに再現できるけれど、癖がなさ過ぎて毎日の食事には向かないらしい。そしてショコラはミルクしか飲まなかった。

 その意外性はローリー様を連想させ、何となく話題にしたくなった。


「私の友達も料理が趣味なのよ。しかも見た事もないメニューばっかりで、おいしいんだけどたまにゲテモノが出るのがね……」

「アリスは料理しないの?」

「あまり手が込んだのじゃなければ、いくつか覚えてるわよ」


 修道院では修行の一環で、早朝から炊事させられる。食事は自分たちで作らなけれなならないし、訪問先では炊き出しや子供たち用に手作りの焼き菓子を配るので。生まれついての貴族令嬢だった私には、慣れるまでが大変だった。思いついたらコックに頼まずに自ら厨房に立つローリー様はやはり例外と言える。


「へぇーアリスの手料理、食ってみたいな」

「じゃあ、夕食にでも……タルトほどおいしくはできないけど」

「やったー、楽しみ!」


 ジャックに言われて、お世話になっている事だしつい引き受けてしまう。一応、本当に粗食しか作れないので予防線を張っておくのを忘れない。タルトは料理もできるが、予想通り食べるのも大好きなようで喜んでいた。


「アリスも旦那様のための予行演習だと思えば? 味見係はまかせて!」

「え、や、旦那様は私なんかの手作りは召し上がらないと……」

「やぁね、妻にしか出せないごちそうがあるじゃなぁい。私を食・べ・てってやつ♪」


 ショコラはちょくちょく下品なネタを挟まないと死んでしまうんだろうか? それはさておき、旦那様に手料理を振る舞うという発想はなかった。侯爵家には腕のいい料理人がいるし、わざわざ彼らの仕事を邪魔してまで大しておいしくもない食事を出す意味がない。


(でも……期待されるのは悪くないかも)


 上手くいく自信はないが、食べたいと言ってくれる彼らを喜ばせたい。頑張ってみようかな……

 旦那様に披露する日が訪れるのかは不明だけど、私は一行の料理係に加わらせてもらい、腕を磨こうと決めたのだった。


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