もやる挨拶

「ふぁあ~……おはよ、御主人!」


 床で丸まっていた金色の毛玉がむくりと起き上がり、くるくる回転しながら変形して美少女の姿になる。タルトさんはぴょんとジャックさんに飛びつくと、ベロベロ舐めだした。やっている事はペットがじゃれついてるのと同じだけど、ビジュアル的に大変よろしくない。

 ご機嫌なタルトさんが窓を開けると、眩しい朝の光が射し込んでくる。するとカーテンレールにとまっていたコウモリが日陰に避難しながら銀髪のスレンダー美女に変身した。一応、人工的な光なので夢魔が浴びても平気だそうだが。


「んもぅ、寝過ごしてタルトに先を越されちゃったわぁ。獣臭いけど、いただいちゃおっ」

「むぐっ」

「ひぇっ」


 ジャックさんの顎を掴むと、味わい尽くすような濃厚な口付けを……寝起きからですか! 刺激的なものを見せつけられたせいか、頭がカーッと茹だってしまう。救いなのは、ジャックさんが迷惑そうにしているところだろうか。


(待って、何に対しての救いよ……)


 思い浮かんだ事に自分でツッコミを入れながら、拳を握りしめて眉間に力を込める。私の反応を見て何故か満足げに笑うと、ジャックさんを解放したショコラさんは背中からコウモリの羽 (自前か仲間のものかは不明)を生やしてこちらにフワフワ飛んでくる。


「どぉしたのぉ、アリスちゃんてばご機嫌斜めね? ……ははーん、さては妬いてるわね♪」

「そんなんじゃありません!」

「おはようのキッスなんて、ただの習慣じゃなぁい。寂しいなら、アリスちゃんもまざれば?」


 とんでもない事を言い出すショコラさんに、思わずぎょっとしてジャックさんと顔を見合わせてしまう。


「そそそ、そんな! 成り行きでご一緒させてもらってる私が、お仲間にまざるだなんて!!」

「お前らが涎塗れにした顔なんて、アリスさんも嫌に決まってるだろ!!」


 いや、問題はそこじゃない。と言うか、私も何か違う……えーっと??


「遠慮しないで。このアタシの熱~いベーゼをめ・し・あ・が・れ?」

「ひえぇっ、そっち!? いやっ、わ……私、人妻!!」


 さっきの(一方的な)ラブシーンが浮かび上がり、迫ってきたショコラさんから必死で逃れようとベッドから飛び降りた私は、ズボンがずり落ちたのに気付かず足をもつれさせて転んでしまった。剥き出しになる太腿から、ジャックさんが咄嗟に視線を逸らす。

 一連の間抜けな一幕に、ショコラさんは空中でお腹を抱えて大爆笑している。


(じ、地獄だわ……悪魔なのかしら。あ、実際そうだったわ)


 羞恥のあまり、真っ赤になってぺたんと床に座り込む私に、どう声をかけたらいいのか悩んでいるらしいジャックさん。そんな彼の腕を、タルトさんがつついた。


「御主人、πパイは起こさなくていーの?」

「おっと、そうだった」


 ジャックさんは私が気になるようだったが、寝起き姿もジロジロ見る訳にはいかず、とりあえず先に棺桶の蓋をガパッと開けた。中のパイさんは目を見開いたまま微動だにしないので何だか怖い。


「どうするのかしら」

πパイは保護魔法で時間を止めているから、外から契約者が解除しなきゃいけないんだよね」


 言っている意味は分からないけど、おとぎ話で言うところの呪いで死んだように眠っている姫を目覚めさせる儀式なのかしら。定番なのはキスだけど、まさかまた……

 そう思っていたけれど、予想と違ってジャックさんはおでこ同士をくっつけただけだった。一瞬パイさんの体が赤く光り、その目がパチパチとまばたきをする。キスではないけど……視線が至近距離で絡み合う様は見ていてもやっとする。


(仲間としてなのかもしれないけど、やっぱりジャックさんと彼女たちには、他人が入り込めない絆があるのよね……って、そんなの当たり前じゃない。どうしちゃったの私?)


「暗い顔してるけど、どっか悪いのアリス?」

「言いたい事があるなら遠慮せずに言ったら?」


 心配そうなタルトさんと呆れ顔のショコラさんに覗き込まれ、最初は躊躇したものの、ジャックさんもこちらを窺うように見ていたので、思い切って提案を口にする事にした。


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