寝起きでドッキリ
メイズ侯爵領の街の教会で、私たちは腕を組み祝福のシャワーを浴びていた。礼拝堂に入ると大地の女神像の前で誓いの言葉を立てる。
『汝、アルバート・アッシュ=ジェイコブ=メイズはアリシア=ワンダーを妻とし、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、死がふたりを分かつまで命の続く限り、これを愛し敬い、貞操を守る事を女神ディアナに誓いますか?』
ヴェール越しなので、メイズ侯爵の姿はぼんやりとしか分からない。声もすぐ隣にいるのに全く聞こえなかったが、神官様は構わずに頷くと、私に対して同じく問いかけてきたので「はい、誓います」と答えておいた。
続いて指輪の交換。侯爵家に伝わる魔法玉の欠片で作ったという宝石は赤く煌めき、妖しい光に魅入られそうになる。サイズもぴったりで無事に互いの指に嵌まったにも関わらず、不安が拭いされないのは何故だろう……
そしていよいよ、誓いの口付けの時。緊張で体を固くする私に、旦那様が笑った気配がした。そして手にかけられたヴェールが一気に捲られ――
『お前の事など愛せない。私の大切な
『っ!? きゃ……』
その顔に唯一存在する口から、殿下とエドワード様の声が重なって聞こえる。目を見開き言葉を失った瞬間、足元が抜けて奈落へと真っ逆さまに……
「ハッ!! ……はぁ、はぁ」
大きく痙攣した後、一気に覚醒する。心臓がバクバク鳴っていてうるさい……なんて夢を見たんだろう。きっとまだ、旦那様と会えていないから、色々と考えてしまったんだろう。
トスッと頭が何かにぶつかる。温かくて弾力があって……人だ。誰かに抱き抱えられている。
(……えっ!?)
慌てて顔を上げれば、間近に顔があった。悪夢のように口しかない化け物ではなく、当たり前だけど目も鼻もある。横になっているため黒髪は重力に従ってサラサラと下に落ち、露わになった耳には血のように赤いピアスが光っていた……何となく、らしくない。
(えっ、えっ何で??)
パニックになる私をよそに、未だ夢の中にいる彼の手がもぞりと動き、腰の辺りを撫でた。ぞわっと背筋を何かが這い上がるような感覚。
「ひぃっ」
思わず小さく漏らした声に反応して、瞼が押し上げられる。朝日のように薄暗い中で光る金色に、抵抗も忘れて魅入ってしまった。
「んあ……ぅええっ!?」
しばらくぼーっとしていたジャックさんが、突如奇声を上げてベッドから転がり落ちた。お互い完全に目が覚めたようで、見つめ合ったまま硬直するしかできない。ジャックさんは「なんで……」とぶつぶつ呟いていたが、それを聞きたいのはこっちだ。
やがて項をガシガシ掻くと、その場で胡坐をかき床にぶつけんばかりに頭を下げた。
「ごめん、寝惚けてて……トイレから帰った後、あんたにベッド譲ったの完全に忘れてた」
「……他に誰かが寝ていたのは気にならなかったんですか?」
「えっと……まあ、あいつらしょっちゅう潜り込んでくるから」
むっ。
気まずそうに弁解するジャックさんに、何だか分からない憤りが湧いてくる。昨日は一時的なパーティー入りだから余計な介入はやめようと決めていたけれど、こればっかりはどうにかしないといけない。今すぐ!
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