地下七十階の冒険者

「改めて、お礼を言わせてください。私はアリスといいます」

「ジャックだ、とりあえず安全な場所に行くか。あんたここに来るには全然レベル足りてないだろ」

「神官レベル5です……」


 ジャックさんの後についていきながら蚊の鳴くような声で答えると、隣の鎧からウィィンと音がする。


【正確にはレベル7まで上がっています】

「えっ、いつの間に!?」


 そう言えば薬草に『祝福』をかけた時にレベルが上がったみたいな事をジョーカーが言っていたような……と言うか。


「彼女、冒険者ギルドで行ったような鑑定ができるんですね」

「『πパイ』には色んな機能が備わっているから……それより、そんな調子でよくダンジョンに立ち入ろうなんて考えるよな。しかも何だって花嫁衣裳で……」


 これも何度も繰り返し聞かれた質問なので、淀みなく答える。


「この国では神官の聖衣とウェディングドレスは同じもので……」

「いや、神官は白いヴェールなんて被らんだろ」

「うぐ」


 即座にツッコまれてしまった……まあ人目を引いてしまっていた要因は、ドレス以上にこれが大きい。七十階近い高さから落ちても脱げなかったヴェールには造花の白薔薇がふんだんにあしらわれ、脳内もお花畑である事が容易く想像できてしまうのだ……わざとだけど。


「実は、結婚するはずだった旦那様が式を放り出してダンジョンへ行ってしまったので……当てつけで恥をかかせてやろうか、なんて気持ちもちょっとだけあったりなかったり」

「どっちだよ? まあどっちでもいいけど、意地で死ぬ気か?」


 危うく本当にそうなるところだった。私としては、早めに旦那様の現状が確認できればいいぐらいに思っていたのだけれど、結婚早々放置された事で自分でも気付かないうちに感情的になっていたらしい。だとしても、やるべき事は一つだ。


「だって! この結婚は王家からの正式な打診で決まった事なのですよ!? それなのに旦那様は式にも来ないで妻を放置だなんて……私、どうしたらいいんですか!!」

「あら、初夜に放置プレイだなんて、貴女のダーリンてば上級者ね」


 銀髪スレンダー美女が挑発的に笑うので、ムッとして口を尖らせる。


「何の上級者ですか、何の」

「煽るなよ、『ショコラ』。あんたもそんな薄情な旦那とはとっとと別れたらどうだ?」


 簡単に言ってくれる……そう言えば私が貴族な事も彼らは知らないんだった。


「少なくとも白い結婚が成立する二年後までは無理です。旦那様の方も事情があるようですしね……

そもそも行き違いで簡単に離婚を決めてしまっていいのか、それすらもう判断できません。少なくとも、私一人では……だから」

「まずは話し合いをってワケ? ボクなら見つけたら即、一発入れちゃうな~」

「『タルト』の拳食らったら、ひ弱な男じゃ一瞬でペチャンコになっちまうぞ」


 シュッシュッとファイティングポーズを取るケモミミ少女に苦笑すると、ジャックさんは私に向き直る。


「で、旦那についての手掛かりはあるのか? 名前とか職業とか年齢とか」

「冒険者ギルドでは本名じゃなくてもいいそうなので、あてにはできません。職業はたぶん魔術師で、年齢は今……三十四? のはず」


 一年前に蛍狩りで侯爵領に来た時に、領主様が三十三だったので、それくらいよね……嫌だわ、いくら投げやりになっていたからと言って、旦那様の正確なプロフィールを調べてこなかっただなんて。


「さっき御主人様を物欲しそうな目で見ていたけどぉ、ひょっとしてダーリンと似てたとか?」

「物欲し……そんな目はしてませんけど! まあ瞳は同じ金色でした。ですが髪は金髪で見た目は……えっと、ジャックさんの方がかっこいいです」

「何の気遣い? 不細工なのそいつ?」


 顔を顰めて直球で言ってくるジャックさんに苦笑いする。別に太っているとか吹き出物が多いとか、そういう分かりやすさがある訳ではないけれど、何とも形容し難い薄気味悪さを説明しづらいのがもどかしい。


 何はともあれ、落とし穴で一気に地下七十階まで来てしまった私は、ジャックさん、タルトさん、ショコラさん、パイさんという新たなパーティーとの邂逅を果たしたのだった。


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