たった一人の婚姻式
街へ向かう馬車に同上させる使用人として、私は一人のメイドを指名した。一応儀式の規則でウェディングドレスの着付けがあるし、まだ慣れない侯爵領での案内も要る。
最初は侍女を選ぼうとしたのだけど、こちらを窺いつつも数人でクスクス笑っていたので感じ悪いと思ったのだ。よく考えたら下級とは言え貴族なのだから、去年の学園での騒動は知っていて当然だろう。彼女たちにとっての私は今もなお罪人に違いない。
(まあいいわ、今後それほど関わる事もないし)
そのまま馬車に乗り込み、私は改めて自己紹介をする。
「アリシア=ワンダー……いえ、メイズよ。名前を聞いても?」
「はい、ダイナと申します奥様」
「さっき私を見て笑っていた侍女たちの家名は分かるかしら」
「へっ? そ、それは……」
「冗談よ」
知ったところで私にどうこうする力なんてない。小柄でおどおどと縮こまっているメイド相手に悪趣味な冗談をぶつけるほど、私も腹に据えかねているのだろうか。良くないわよね……まだまだこんなところで発散するわけには。
学園行事の蛍狩りでお邪魔した時と、侯爵領は随分と様変わりしていた。見たこともない服装の冒険者たちが街中を闊歩している。ガラが悪そうだけど、それでも魔物退治してくれる英雄なのだ……一体魔王が復活するって話は現在どうなっているのか。
気にはなったけれど、一刻も早く用事を済ませなければならない。私たちは教会に赴き、王家からの書状を差し出す。話が通されていたようで、私は控室で修道女とダイナにドレスを着付けてもらった。
「お綺麗ですよ、奥様。まるでお姫様のよう……」
「あはは……」
見せるべき旦那様はここにはいないけどね。
皮肉が口から漏れそうになるのを笑って誤魔化し、私は礼拝堂で神官様の用意した誓約書にサインする。そこには既に旦那様の名前も書かれていたのだが――
(【アルバート・アッシュ=ジェイコブ=メイズ】……これも酷い字ね。だけど……何となく違和感があるような??)
引っかかりはしたけれど、いくら考えても原因が分からない。たぶんあまりにも字が汚いというだけなのだろう。大体、旦那様であるメイズ侯爵の事などほぼ何も知らない。エディス嬢を噴水に突き落とした件で起こした騒動で、蛍狩りの時ですら直接顔合わせはしていないのだ。
「これでお二人は正式な夫婦と認められました。こちらが侯爵夫妻の指輪となります」
神官様に淡々と進められ、指輪を二つとも預かると私は教会を出た。扉の前で控えていたダイナが慌ててついてきた。
「奥様! あの、着替えなくてよろしいのですか?」
「せっかくのウェディングドレスなんだもの、もう少し着なければもったいないわ。……あ、それとも汚してはダメだったかしら?」
この格好のまま街をうろつくと言えば、ダイナは仰天して目を丸くする。
「いいえ。式を終えられましたら、もう仕舞うだけですし……でもいいのですか? すごく目立ってしまいますよ」
「いいのよ。だって旦那様もドジスンさんも、好きに過ごせと言っていたわ」
そう、妻を放置する旦那様も、侯爵夫人として期待していない執事長も、好きにしろと言うのなら本当に好きなように振る舞ってやるんだからね!
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