結婚に至るまでの経緯①
思えば昔から周囲に振り回されっぱなしだった。
私は恋愛小説で言うところの、悪役令嬢の取り巻き的なポジションだそうだ。これを言ったのは、自称・悪役令嬢で王太子殿下の婚約者ローリー=デル公爵令嬢である。私たちは父親同士が懇意にしていて幼い頃からお互い見知っていた仲なので、学園に入学してすぐにローリー様の派閥に入ったのも自然な流れだった。
「殿下はもうすぐ平民の娘と恋に落ちるわ。そしてわたくしとの婚約を破棄されるの……」
彼女がこんな世迷い事を言い始めたのはいつの頃だったか。くだらないフィクションの読み過ぎだと一笑に付したいところだが、生憎私は彼女の派閥のしがない伯爵令嬢。仕方なく話に付き合ってあげるのだった。
「言われてみれば、学園に入学してからの殿下は、平民と親しい振る舞いをされていますわね。それをよく思わない令嬢も多いようです」
「そうでしょう! だけど二人が結ばれるのは運命なの。わたくしは殿下の真実の愛のために、喜んで身を引くつもりだけれど……身分がそれを許さないでしょうね。だから考えたわ」
目を輝かせて提案してきた内容は、ろくでもなかった。小説の悪役令嬢のごとく、取り巻きを使って平民の特待生――エディス嬢をいじめるとは。
「ローリー様、未来の国母ともあろう貴女が」
「いいえ、国母となるのはエディス様だわ。そしてわたくしはお邪魔虫となる存在……すべて分かっているの。悲しいけれど受け入れなくてはね。とは言え、国外追放にでもなった時のために、せめて備えぐらいはしておかなくちゃ」
そう言ってローリー様は、破滅した時のための根回しを楽しそうに行っていた。縋るように見渡せども、周囲は彼女に心酔し言いなりになるばかり。誰か、この人の暴走を止めて!
かく言う私自身、逆らえないままにローリー様婚約破棄計画は遂行されていく。せめてエディス嬢にとって利になるようにと、姿勢が悪く廊下をドタドタ走るのをやめさせようと頭に本を載せて歩かせるとか、放課後に図書室で勉強を教えるとか、みすぼらしい服や文房具を新調させるなど言い訳できる余地は作っておいた。
けれどそれらはことごとく殿下の不興を買ってしまい、ついにはローリー様諸共断罪を受ける羽目になってしまった。
「ローリー、君は取り巻きを使ってエディスをいじめているそうだな。騙して頭に重い本を載せるわ、図書室に監禁するわ。酷い時には噴水に突き落としたり物を壊す事もあると聞いている」
「誤解ですわ。エディス嬢は殿下のお気に入りですから、将来王宮へ迎え入れる事を考えてマナーを教えていたのです。確かに突き落としや破損はやり過ぎですが、きちんと弁償もしております。ドレスは最新流行のものを、文房具も貴族御用達の店から取り寄せましたのよ。ね、アリシア?」
同意を求められて私も頷く。施しになってしまっては他の生徒に示しがつかないので、わざとドレスも持ち物もダメにして弁償という形を取った。元よりも高価な贈り物は遠慮しつつもしぶしぶ受け取っていたエディス嬢だったが、一度だけ半狂乱になって騒がれた事があった。
「噴水に落ちた際、母の形見のペンダントをなくしたと聞いたが。金さえ払えば許されるとでも?」
ここでローリー様は小首を傾げた。学園行事で蛍狩りのためにメイズ侯爵領を訪れた際、時代遅れの古いドレス姿のエディス嬢を呼び出して噴水に突き落とせと命じたのはローリー様だ。なのに報告したら、今のように変な顔をされた。何故屋敷ではなく、妖精の泉近くの森の中なのか、と。
そう言われてもエディス嬢の後をつけた先にちょうど噴水があったので、そこで命令に従っただけなのだが、確かにあれは噴水と言うよりも巨大なモニュメントの窪み部分に雨水が溜まっただけのようだ。(おかげでエディス嬢がドロドロになっていた)
その後、ペンダントを落としたと騒がれて噴水の辺りも捜索したのだがついに見つからなかった。
その一件はローリー様にとって予想外だったとは言え、後は概ね計画通りだったらしく、婚約者からの責めるような眼差しにも動じる事なく微笑む。
「仕方ありませんわ。誠意が伝わらないのは悲しいですが、殿下の愛を繋ぎ留められなかったわたくしの力不足……謹んで沙汰を受け入れましょう」
そうして恭しく礼をすると、その場を立ち去るローリー様。彼女の計画では自分一人が責を負い、国外追放でも何でもされるつもりだったのだろう……が、そう上手く事が運ぶはずもなかった。
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