すれ違い夫婦の大冒険~花嫁を放置した旦那様と白黒つけるため追いかけます~

白羽鳥

プロローグ

「好きに過ごしてもらって構わない……ですってぇ~!?」


 旦那様となる御方からの手紙を握り潰さんばかりの勢いで、私は震えていた。

 ちなみに現在、お相手のメイズ侯爵家の応接間。結婚式はこの後侯爵領の教会で行われるが、そこに花婿はいない。理由はこれだ。


【新婦殿


私は夫としての義務を果たす事ができそうにない。

まともな夫婦生活は諦めてもらうしかないが、すべては執事長に任せてあり、上手くやってくれると思うので、好きに過ごしてもらって構わない。


A.J】


(ふざけているの!? いくら相手が気に入らなくて忙しい身だからと言っても、女にとっては一生に一度の事なのよ!)


 王命により決められた政略結婚ではあるけれど、それにしたって嫁いできた妻に対してあまりにもおざなり過ぎる。字は走り書きで汚いし、謝罪すらないのはまあ目を瞑ったとしても、せめて名前くらいちゃんと書けよと。

 この手紙からは学生時代の悪名まで聞いているのかは分からないが、どちらにしろ興味もなさそうだ。それはお互い様で、私もまた旦那様となるこの人の事を詳しくは知らなかった。


 アルバート=ジェイコブ=メイズ侯爵――年齢は三十半ばくらい。没落寸前で今回の結婚はそれを回避する目的もあったというのだから、相当やばかったのだろう。どのパーティーでも見かけず、屋敷に通された時に壁にかけられた肖像画でしか彼の姿を目にした事はない。

 案の定見た目は、まあ……思わず口から「あべし」と断末魔の声が漏れた。所詮貴族は政略結婚が当たり前。ましてや訳ありの私を貰ってくれるのだから文句は言えない……が、か弱い乙女として普通の反応じゃなかろうかとも言い訳してみる。


 そんな先行きが不安しかなくても、何とか上手くやっていこうと誓った矢先にこの仕打ち。私の覚悟を返してほしい。


「確かにここ最近、侯爵領にある魔の森では魔獣が増えたとかダンジョンが生成されたなんて物騒な話は聞いていたわ。それを調査してこいという王命も理解できる……だからと言って、領主自らが冒険者に交じって探索する?」

「メイズ侯爵家は代々極めて高い魔力を持つ家系ですから、旦那様も魔術師として他の冒険者にひけはとりません……恥を忍んで告白しますと、今の旦那様に自由に使える財産はなく、それなら依頼するよりも自分で行った方が安上がりなのだと」


 没落寸前って言っていたものね? それにしても……


「そのための結婚なんでしょ? まだ跡継ぎも生まれていないうちから命知らずにも程があるわ」


 別にどうしても侯爵様との間に子が欲しいとか、跡継ぎさえいれば死んでもいいとかではなく、貴族としての一般論ね。私の愚痴に、執事長のドジスンさんはずれかけたモノクルを直し、乱れた白髪頭を撫でつける。


「本当に、奥様になられるワンダー伯爵令嬢には申し開きもなく……婚姻の命令も旅立たれる直前に急遽出されたようで、旦那様も寝耳に水だったのです」

「仮にも夫婦になるのに、花嫁と一度も会わずに放置していい理由になってるの、それ!?」


 ドジスンさんを困らせると分かっていながらも、私はわざとらしいまでの溜息と共に吐き捨てた。


 憂鬱な相手との愛のない婚姻。とは言え同じ時間を過ごしていれば、良い関係を築ける事だってできるかもしれない。

 その可能性すらバッサリ切り捨てた夫とは、どうあっても幸せになれる自信はなかった。


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