書店に七不思議はあるか

ハスノ アカツキ

書店に七不思議はあるか

「商業施設に七不思議なんてナンセンスだ」

 僕は何度目か分からない溜め息を吐きながら呟いた。

「ここの本屋さんに七不思議があるんだよ! ちょー気になるよね!」

「なりません。僕が問題集を買ってる間に七海さんは物理の参考書、いくつか目星をつけておいてくださいよ」

 七海さんは、やる気のない返事をすると雑誌コーナーへ駆けていく。後で厳重注意だ。

 僕だって彼女と同じく受験生だ。時間はいくらあっても足りない。それなのに彼女の勉強に付き合ってあげている。

 しかも受験勉強ではなく、追試のための勉強だ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 なぜ学年トップの僕が面倒を見なければならないのだ。いや、それはそれで理に適っているのかもしれない。

 何せ僕は高校の3年間を友人1人作らず勉強へ捧げた。友人の1人も、だ。決して性格に難があるだとか、コミュニケーション能力が低いだとか、そういった致命的な欠点があるせいではない。

 限りある時間を将来のために最も有益となりうる活動に充てようと考えた結果、友人も作らず部活動もせず勉強へ捧げたのだ。

 そんな僕を勉強のコーチに選ぶとは、見る目があるのかもしれない。茶髪でゆるいパーマをかけて丈が短過ぎるスカートの七海さんを見直す気になったが、ファッション誌の立ち読みを始めた彼女の厳重注意に変わりはない。

 とっとと問題集を買って、彼女の参考書を選ばねば僕の時間が勿体ない。

「あ、おかえりー。ちょっと見て見て、この服ちょー可愛くない?」

「露出が多過ぎます。知性の欠片も感じません。っていうか、参考書探してください」

「えっ、もしかして可愛くないってこと? そーなんだあ。じゃあどれが可愛いと思う?」

「知りません。参考書、決まったんですか?」

 七海さんは、えへへーと苦笑いを浮かべて首を横に振る。

「参考書は決まってないけど、この雑誌は買う!」

「そもそも参考書コーナーへは行ったんですか? 一目散に雑誌コーナーに来ていましたよね」

「見てない。だって私が探すよりも、かっくんに探してもらった方がオススメが分かるし」

「親から貰った僕の名前を勝手に縮めないでください」

 溜め息を吐きながら七海さんを連れて参考書を見に行く。

 七海さんはやたら僕と同じものを使いたがったが、全く実力に見合っていないことを伝えると渋々僕のお勧めをレジに持って行った。

「大幅なタイムロスが生じましたが、今から自習室へ戻りますよ」

「ダメだよ! せっかくだから七不思議試そ! 気にならない?」

「ダメに決まっているでしょう。そもそも七不思議なんてあるわけないですよ。商業施設に七不思議があったら客足が遠のきます」

「あるもん! っていうか今日はそれを確かめにきたんだもん!」

「せめて1人のときに探してください。僕の時間まで奪って迷惑だと思わないんですか」

 言い過ぎた、とすぐに思った。

 七海さんは大きな目を見開き、今にも泣きそうになる。

「何ですか、言いたいことがあれば言えばいいじゃないですか」

 やばいやばい、何を言っているんだ僕は。

 謝ろうとしたのに全然違うことを言ってしまった。

 そうしている内に七海さんは完全に下を向いてしまう。

 もしかして本当に泣かせてしまっただろうか。

「ごめん」

 謝ったのは彼女が先だった。

 ほっとした。謝ったということは、彼女が自身の非を認めたということだ。僕は悪くない。僕は悪くない。

 何を、言い聞かせようとしているんだ?

「かっくんと一緒に来たかったの」

 七海さんは声を振り絞るように、ぽつりと言う。

「ここで告白したら! どんな人でも付き合えるって聞いて!」

「は?」

 七海さんは急に顔を赤くする。

「コースも違うから全然知らない人だったのに、キモい勉強オタクで有名過ぎて最初はからかい半分で声かけたけど結局ずっとよく分かんない学者とか法則の話ばっかりしてるしホントまじめっちゃキモかったけど」

「いや悪口えげつないな!」

 めっちゃキモいと思われてたのかよ!

「私、これでもモテるのに。全然好きになってくれないから悔しいって思ってたら、逆にどんどん私が気になっちゃってよく分かんないホントキモい!」

「結局キモいのかよ!」

 僕は今日、1番深い溜め息を吐いた。

「自習室、戻りますよ」

「やっぱ私に興味ないんだね」

「ここで付き合って七不思議が本当だと思われて、七海さんに告白する男子が現れたら困ります!」

 七海さんがぽかんと口を開ける。今度はきっと、僕が赤くなる番だ。

「え、そしたら、付き合ってくれるの?」

「付き合うなんて1言も言っていません。自習室に戻ろうと言っているんです」

「いや、自習室に戻ったら付き合ってくれるなら、おっけーってことでしょ」

「とにかく戻るんです!」

 僕は彼女の手をとった。

 キモいとか言われないで済むように、僕もこっそりファッション誌でも買おうかと心に誓った。


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書店に七不思議はあるか ハスノ アカツキ @shefiroth7

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