恋する少女は本を読む
箕田 はる
恋する少女は本を読む
彼は新刊コーナーによくいるらしい。
そんな噂を耳にしていた私は、平積みされている新刊コーナーの近くにある文庫コーナーから、本を眺めるフリをして、周囲に視線を投げていた。あまりに挙動不審だと、万引きと疑われてしまうから、あくまでもさりげなくだ。
私の好きな人は、いわゆる文学少年だった。
物静かなだけで、決して陰キャというわけじゃない。ただ、友達と話すとき以外は常に彼の目が、手元の文庫本に注がれているだけだ。
そんな彼のお気に入りの場所。それがこの町の小さな本屋さんだった。高校の教室二つ分ぐらいの広さで、色んな種類の書籍が凝縮されて置かれている。
色とりどりのポップがいたる所に飾られ、その本の良さをアピールしていた。私はその中から『号泣必至。究極の恋愛小説』と大きく書かれたポップが飾られていた本を手に取った。私の目的の一つに、立ち読みしているところを彼が見つけて、話しかけて貰おうという魂胆があったからだ。
正直、私は本を読む習慣がない。国語の教科書ですら、真面目に目を通さないのだから、なおさら小説というものに馴染みが少なかった。
本当だったら、雑誌コーナーで待ち伏せて、来たのを見計らって文庫コーナーに移動するという流れが良かったのだが、生憎、雑誌コーナーから店舗入り口の新刊コーナーが見えなかった。それでは意味がないからと、私はいつ来るか知れない彼をこうして待っているのだった。
タイトルには『割れた花瓶』と書かれ、全く知らない作家の名が記されていた。
一ページ目を開く。案の定、文字がずらりとならんでいて、目眩がしそうだった。
一度顔を上げて、入り口の方を見る。数人の学生が来店するも、他校の生徒のようだった。周囲を見渡しても、彼の姿はどこにもない。運試しのような行為なのに労力をかけるのは、ひとえに恋の力ってやつなのかもしれない。
溜息を押し隠し、私は再び手元の本に目を落とす。
一行目、二行目、三行目――
気付けば次のページをめくっていた。
主人公の女の子は私と同じ高校生の女の子で、クラスメイトからいじめられている男の子に恋をしているようだった。
話しかけたいし、助けたい。だけど、話しかけたりでもしたら、今度は自分がいじめられるかもしれない。そんな不安を抱えているようだった。
そんなおり、彼女はひょんな事から男の子と言葉を交わす事になる。
「私が助けてあげる」
つい口走ってしまった彼女の一言に、読んでいた私が息を詰めていた。
この先の展開が気になる。気付けば私は、夢中になってしまっていたようだ。
ハッとした時には、壁に掛かっていた時計の針が六時を回っていて、かれこれ一時間以上はこの場所にいたようだった。
本を戻しかけた時、このままこの少女の行く末を見なくて良いのかと考える。
号泣必至。ポップの文字が私に訴えかけていた。この後、感動の展開が待っているのだ。これでは買うしかない。
私は本を持って、レジへと向かう。
初めて自分のお小遣いで買った本。心なしか胸が弾んでいた。家に帰ったら早速続きを読まなければ。この女の子がした口約束をどう果たしていくのか。この男の子とはたして結ばれるのか。とにかく気になっていた。
まさに一期一会な出会いをさせてくれたこの本屋さんに感謝しながら、私は外に出る。
冷たい冬の風が頬を掠めた時、私はそこで気付く。
当初の目的を忘れていたことに――
恋する少女は本を読む 箕田 はる @mita_haru
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