不動明王
慎司達は人狼族の長、右京に霊縄を巻いて人質とし、玉藻前の棲家に戻ってきていた。
「えらい事になったの。」玉藻前は言う。
「はい...。まさか、華月が行ってしまうとは...。」慎司も言う。
「全てはわたくしの責任でございます。もっと早くに華月様にお話しておくべき事でございました。」綾乃は言う。
「どういう事なんじゃ?良ければ聞かせて貰えんかの?」玉藻前は綾乃に言う。
「はい...。これは生前、華月様の御祖母である佐奈子様からお伺いしましたお話でございます。頃合いを見て、華月様にお話しなければならない事でございました。」
如月広大、加代子夫妻に待望の子供が産まれた。だが、その気性は激しく、手に負えない事もあった。そんな華月を見た美代は言う。
「な、何じゃ⁈この底知れぬ力は...。」美代は赤子の華月から感じる力に驚きを隠せなかった。
「この子の気性が激しいのは、相当な力ある者の転生かも知れぬのぅ。今はまだそれが何かはわからんが、もしかするとこの気性故に、命が危険に晒される事もあるかも知れん。」美代は佐奈子、広大、加代子に言う。
「お母さん、どうすればいい?」加代子は美代に聞く。
「...可能かどうかはわからんが、この子より、それを引き剥がし、紅蓮に封じてみようかの。」美代は言う。すぐ様、美代と加代子は異界の門で行徳寺に飛び、紅蓮を持ち帰る。泣き喚く華月を真ん中に寝かせ、その隣に紅蓮を置く。美代は華月の周りに真円を描き、その中に六芒星の形に最上級の呪符を巡らした。
「封神大円陣!」美代は叫ぶと、呪符は光出し六芒星を描き出す。華月の身体から炎が発せられる。その炎は印を結んだ美代の手に襲い掛かる。
「ぐっ!何という力じゃ!赤子とは思えぬ程の神話力!加代子!儂と同じ術を使え!2重にせねば抑えきれん!」美代は加代子に言う。
「はい!」加代子も美代と同じ様に華月の周りに真円を描き、呪符を巡らす。
「封神大円陣!」加代子も術を発動すると、加代子の手にも、華月の身体から炎が襲い掛かる。だが、美代も加代子もその印を解く事はしない。やがて華月の身体から紅いオーラが離れて華月の頭上で止まる。美代と加代子の手の炎もそこに吸い込まれる。
「よーし、そのままじゃ。そのまま一点に集中。1、2の3で紅蓮に力を注ぎ込むぞ!」美代は言うと加代子は頷く。
「ゆくぞ、1、2の3‼︎」美代が声を掛けると、2人同時に紅蓮へとその力を注ぎ込む。紅蓮は益々紅い光を帯びた刀となる。
「広大!バケツに水を汲んで参れ!」佐奈子は言うと、広大は急いでその場を立つ。2人の手は火傷を負っていた。
「ハァ、ハァ...。やったか?」美代は紅蓮と華月を見る。
「あつつ!ハァ、ハァ!やれました。華月から力を感じません!」加代子は言う。華月はスヤスヤと眠っている。広大はすぐに水を持って2人の間に置いた。2人は火傷を負った手を冷やす。華月の隣に置いてある紅蓮が華月の上に乗り、華月はそれを抱き抱える。
「お互いに引き合っておるのじゃ。元の身体に戻ろうとしておる。」美代は言う。その後、美代の助言もあって、紅蓮と華月は離して置いた方が良いという事になり、紅蓮は再び行徳寺の如月家の墓に安置される。華月の気性は以来穏やかになり、すくすくと育つ。
華月が2歳を迎えてすぐに、如月家に新たな家族が増えた。加奈は華月とは違い、穏やかで透き通る水の様な印象を皆に与えた。
「この子は...。」美代は産まれた赤子の全身を見る。背に六芒星のアザを見つける。更にその六芒星を四角に囲む様に、4つのアザがある。
「お母さん...。」加代子は美代の意見を待つ。「...12鬼神が転生するとは聞いた事がないが...。」美代は佐奈子を見る。
「えぇ。そうですね。でも、この子のアザは10。もしかすると、神無月の...。」佐奈子は言う。
「かも知れん。その力を今は感じ取れんがな。」美代は言う。
「他に力を取り込んでいる妖しがいるのでしょう。神無月の鬼の力は神話力として、今は別の何者かが持っている。」佐奈子は美代に言う。
「その様じゃな。この子の名前なんだが、加奈というのはどうじゃ?佐奈子さんと、加代子の字を1つずつ貰ってな。だがもし、この子にその力が戻る事になり、12鬼神としてその業を受け持つ身となった時には、那月(なつき)と名乗らせる。如何かな?」美代は皆に言う。
「加奈...那月...」加代子は微笑みながら、加奈に語りかける様にその名を呼ぶ。
「決まりだね。」佐奈子も言う。
「もし、私の身に何かある場合、また、この子に神無月の神話力が戻らない場合、如月の鬼を継承させますか?」広大は佐奈子と美代に聞く。
「...華月の事もある。如月の鬼は華月に継がせるのが良いと儂は思う。アヤツの器に如月の鬼を入れれば、激しくなってきた気性を抑えられるかも知れん。身体に合うかはわからんがな...。」美代は言う。華月はその成長と共に、時折、気性が激しくなる事があった。それは、紅蓮に封印した力と華月自身の持つ器が引き合っていたからであった。
「身体に合わない場合、その身は崩壊すると伝えられてます。危険過ぎやしませんか?」広大は美代に言う。
「儂の見立てでは、華月の本来の器は12鬼神よりも大きなもの...。それが善なのか、悪なのかはわからぬが、紅蓮に封じ込めたものは途轍もなく巨大なものであった。それは加代子にもわかったはず。」美代は加代子を見ると加代子も頷く。
「つまり、器の大きさを越えない限り、その身が崩壊する事はないと?」佐奈子は美代に聞く。
「その様じゃ。他の妖しを見てもそれはわかる様に、器の小さなものが他の妖しを取り込もうとするとその身は滅ぶ。だが、名を馳せた妖しにそんな事は起きない。起きた事がない。それはその者を知る者が多い程、信仰する者が多い程、器の大きさに比例していると思われる。」美代は言う。
「確かに。」広大は今までの戦いの歴史を思い出す様に言う。
「お母さんには、華月が何の転生かがうっすらと見えているんじゃない?」加代子は美代に聞く。
「恐らくは...。いや、やめておこう。華月は如月の鬼を継ぐ身じゃ。」美代は加代子に言う。
「もしも、加奈が如月の鬼を継ぐ事になったとしても、元々の12鬼神の器がある子。如月でも、神無月でも受け継げるという事ですか?」広大は聞く。
「あぁ。12鬼神の器に優劣はない。その使える技に違いはあるだろうがな。」美代は言う。
「こればかりはその時になってみないとわかりませんね。私も色々と文献を調べてみます。」佐奈子は言うと皆頷く。
後日、華月がまた日に日に気性が荒くなっていく姿を見た美代は、皆に提案する。
「力が戻ろうと引き合っておるのじゃ。広大さんが引退する時には、やはり加奈ではなく、華月に継がせて、その気性を抑えるのが良いだろうな。器が埋まっておれば、そこに戻りたくても戻れない。華月が大人になり、自分自身でそれを制御出来る日になるまで、如月の鬼は華月に担って貰おう。12鬼神の器ではないが、恐らくその身に宿す事は出来る。」美代の提案に反対する者はいなかった。それからというもの、佐奈子は華道を通じて華月に心の在り方を常日頃から説き、広大と加代子は華月と加奈の敵となりそうな妖しを悉く倒していった。
そんな中に、美月がお館様と呼ぶ妖しもいた。華月と同じく、生まれながらにして、凄まじい神話力を持つ妖しの転生を感じ取った、広大と加代子はその地を訪れる。その赤子に近づくに連れ、途轍もない黒い妖気、神話力を感じた2人は脅威を感じ、その子の母親に華月と同じく、封印の道を説く。だが、その子の母は首を縦には振らなかった。暫くして、赤子の妖気は無邪気に母を殺した。その黒い妖気を感じ取った、広大と加代子はすぐ様、その赤子を封印、或いは殺すべく、襲い掛かる。だが、美月とその地域に住む妖しに止められる。
「こんな赤子に手を上げるとは見過ごせません。」美月は広大と加代子に言う。
「その子は母を殺した。危険だ。」広大は言う。
「その事は残念ですが、力の使い方を教えれば良い話です。」美月は言う。
「それまで、犠牲者が出ても目を瞑れと?」広大は言う。
「そうならない様に、教えるのです。」美月は言う。広大はこれ以上は時間の無駄と実力行使に出る。その髪色を銀に変え、美月に襲い掛かる。その攻撃を止めて見せた美月の髪色も銀色に変化していた。
「まさか...。」広大と美月は同時に言う。
「如月(弥生)の鬼⁉︎」2人は少し距離を取る。
「こんな形で出会うとは...。残念だ。」広大は言う。
「えぇ。お互いにその心に持つ正義は譲れない。」美月も言う。
「鬼神力‼︎」2人同時にその妖力を解放する。2人とも、額に角が現れた。
何合か打ち合いの末、お互いに距離を取る。
「その力があれば、その赤子を見守れよう。」広大は言うと、髪色が黒に変わる。
「えぇ。そのつもりです。」美月も言う。広大と加代子は帰っていった。だが、その地にいた他の妖しは広大と加代子が気に入らなかった。赤子を殺そうとした者を赦すな!そんな風潮もあり、赤子に対して様々な妖しがその力を貸した。その子が早く一人前となる様に。
前世の記憶をその身に宿した赤子は、姿形こそ赤子のままだが、見る見る内にその頭角を現した。3歳となり、百鬼夜行を指揮する程に成長していた。百鬼夜行で広大と加代子を殺めた幼子は自身が完全なる復活を遂げる為の道を探す。
一方、広大は死際に美代の助言通りに華月に如月の鬼を継がせる。身体に合わねば忽ちに崩壊するものだが、華月の身体は難なく如月の鬼を受け入れた。そして現代に至る。
「複雑じゃの。」玉藻前は言う。
「華月は何を思っているんだろう?」慎司は言う。
「華月様は、如月の鬼の生業を誇りに思い、その責務を全うしてきただけに、ご自身が正統な継承者でない事が、不本意な形でわかってしまった今、その虚無感は測り知れないものとなっておられるはずです...。」綾乃は自身が話さなかった事を悔やむ。
「綾乃さん、美代婆ちゃんに連絡した方が良いと思う。」慎司は言う。
「そうでございますね。」綾乃はそそくさと外に電話をしに行った。暫くして、地響きが発生し、美代が異界の門からその姿を現した。
「お邪魔いたします。」美代は玉藻前と土蜘蛛に頭を下げた。
「ウチの孫がご迷惑をおかけしております。」美代は再度頭を下げる。
「迷惑だなんて、とんでもない!ウチの子を助けて頂いたんですから。」土蜘蛛は言う。
「そうじゃ、華月殿とお仲間がいなかったら、今頃儂らはどうなっておったか。」玉藻前は言う。
「貴女が玉藻前様ですね?お会い出来て光栄です。申し遅れました、水影美代と申します。」美代は玉藻前に言う。
「こちらこそお会い出来て光栄じゃ。退魔師の中でも随一を誇る水影の当主と肩を並べる日が来るとはの。ささ、お座りなされ。」玉藻前は言うと美代は囲炉裏を間に玉藻前の対面に座る。
「慎司くんも久しぶりじゃの。そちらのお嬢さんが治癒の...。」美代は慎司と鈴音に言う。
「お久しぶりです。そうです。鈴音ちゃんは治癒の能力があります。」慎司は言う。鈴音は初めましてと挨拶した。
「んー!」霊縄に全身を巻かれ、猿轡をかまされた右京が声を挙げる。
「西のバカ者か...。この場で祓ってやろうかの。」美代は右京を一瞥する。
「人狼達が身動き取れない様に連れてきたものの、どうしますか?」慎司は玉藻前に聞く。
「コヤツが英鬼にした事は許せぬ。だが今は華月殿の事が心配だ。コヤツには暫くこのままでいて貰う。」玉藻前は言う。
「華月がいれば、地獄の刑を負わせるのに。」慎司は言う。
「ん!ンンー‼︎」右京は言葉にならない声を上げる。
「うるさい‼︎」慎司は言うと右京のみぞおちにパンチを喰らわす。右京は再び気絶した。土蜘蛛の影に隠れていた英鬼も右京の頭を叩く。
「静かになったところで、どうする?」玉藻前は言う。
「綾乃さん、紅蓮を慎司くんに。」美代は綾乃に言うと、綾乃は言われた通りに紅蓮を慎司に渡す。
「コレは⁉︎強烈ですね...。」慎司は受け取った紅蓮から感じる妖気の大きさに驚く。
「表に出よう。」美代の言葉に皆従い外に出る。
「慎司くん、紅蓮を空に向かって軽く払ってくれ。」美代は言うと慎司は言われた通りにする。火柱は100m程舞い上がり、西に傾き消えた。
「軽くと言ったじゃろうが...。」美代は慎司に言う。
「えっ⁈軽〜くですよ。」慎司は焦った様に言う。
「まぁ良い。慎司くんの妖力の凄さじゃな。」美代は言う。
「紅蓮の炎は華月に戻ろうとする。今ので華月は西へ向かったのがわかった。」美代は言う。
「承知しました。」綾乃は言う。
「俺も白狼仲間に連絡してみます。」慎司も言う。
「探ってみよう。」玉藻前も言う。全員で華月捜索が始まった。
美月は華月を抱えながらも、神速のスピードで跳躍を繰り返した。一蹴りごとにその飛距離は伸び、大江山より300キロ超離れた神社の大木の上に降りたつ。
「ごめんなさいね。こんなに遠くまで連れてきてしまって。」美月は華月に言う。
華月は何も言わずに首を横に振る。
「誰にも邪魔されずにどうしても、あなたと2人きりで話がしたかったの。あの御方にも聞かれたくない話。だからあの御方の目の届かない、神社に来たの。」美月は木に腰掛ける。華月もそれに習う。美月は話出す。
「あなたと妹さん、あなたのご両親には申し訳ない事をしたと思っているわ...。」美月は心から謝る。それが嘘ではなく、本当の謝罪である事は華月にはわかった。
「あなたのお父さん、先代の如月の鬼である広大さんと私は戦った事があるの...。」美月は言う。華月は黙って美月の次の言葉を待つ。
「あの御方は赤子の頃からその妖力は強大で、広大さんと加代子さんはあの御方が産まれたての頃に、母親に危険だからとその能力を封印しようと説得したみたい。でもその母親は断った。広大さん達の危惧した通り、母親は力の使い方のわからない赤子に殺されてしまったわ。それを危険と判断したあなたのご両親は、封印、或いはそれが出来ないのなら、あの御方を殺すつもりでいたの。当時の私にはどうしてもそれが間違っている様に思えたのよ...。」美月は遠い目をして言う。
「まだ力の使い方のわからない赤子を殺すのはあまりに酷い事に思えたのね。私と広大さんはお互いの正義を貫く為に戦った。力は互角だったわ。広大さんはこう言ったわ。」
(その力があれば、その赤子を見守れよう。)
「私は、そのつもりですと答えたわ。でも...思い上がりだったわ。」美月は悔やむ様な顔をする。
「広大さん達が赤子のあの御方を殺しに来た事を周りの妖し達は快く思わなかった。結託して、あの御方に有りとあらゆる力を授け出したわ。前世の記憶までも与えた。知恵を身につけたあの御方はメキメキとその頭角を現したわ。周りの妖しの影響もあって、闇に引きずり込まれる様になっていった。何度も何度も正しき道へと修正しようと試みたけれど、私1人のちからではどうにも出来なかった。そしてあなたも知っての通り、3歳で百鬼夜行を起こす程に恐ろしい存在となったわ。私にはあの御方を正しく導く事なんて出来なかったのよ...。ゴメンなさい...。全ては私の思い上がりから、生まれてしまった...。」美月は俯く。
「...何故俺にその話を?」華月は美月に聞く。美月は意を決した様に顔を上げる。
「...私は例え敵わなくても、あの御方を止めたいと思ってる。幼い頃からずっと見て来たんですもの。例え自分の命に変えても止める。それが私の、弥生の鬼としての役目だと思ってる。あの御方は今、完全なる復活を遂げようとその力を蓄えているの。その事だけに執着している。」美月は言う。
「あの御方は何の転生なんですか?」華月は聞く。
「...今は言えないわ。でも時が来たらわかるわ。」美月は言う。
「もし、復活してしまったら?」華月は聞く。
「その時はこの世の終わり。唯一の希望は...あなたよ。」美月は華月を見る。
「...俺?貴女にも敵わない俺が何で?」華月は美月に聞く。
「あなたはあの御方と同じ位の神話力を赤子の時に持っていたわ。その力はあなたに会った事もない、遠い地にいた私にも感じ取れた位に強大なものだったわ。でも、あなたの家族はそれを恐らく紅蓮に封印した。そして、あなたに如月の鬼を継承させて、その強大な力があなたに戻らない様にしたんじゃないかしら?あなたがその力を正しくコントロール出来る様になるその時まで...。」美月は言う。
「⁈」華月は美月を見る。
「あなたの器は途轍もなく大きなものよ。如月の鬼では足りない位に。あの御方もあの時、広大さんと加代子さんに任せていれば、こんな事にはならなかったかも知れない...。」美月はその表情を曇らせる。
「...貴女の想いは理解した。俺も本来の力を取り戻して貴女と共に戦う。だが、1つ気になる。俺が本来の力を取り戻すという事は、妹の加奈に如月の鬼は継承されてしまうのですか?」華月は聞く。
「あなたが妹さんに如月の鬼を継承させる事を望まないのは知っているわ。妹さんには継承させずにあなたから神話力だけを取り出す方法はある。ちなみに妹さんの身体に痣はない?」美月は言う。
「背中に10個の痣があります。」華月は言う。
「10...。継承が殆どの12鬼神、転生は稀だけど、有り得なくはないわね...。妹さんは本来は神無月の鬼の転生なのかも知れないわ。でも、12鬼神の器を持つ者であれば、どの12鬼神でも継承が可能なのよ。」美月はそう言うと自分の左腕を捲った。そこには7個の痣があった。
「...あなたは本来は文月の鬼に転生するはずだったという事ですか?」華月は聞く。
「そうかも知れない。でも、既に文月の鬼の力は別の妖しに取り込まれていた。私は父から弥生の鬼を継承したのよ。」美月は言う。
「何故転生の事や、器に限らず継げる事がわかったのですか?」華月は聞く。
「あの御方の記憶よ...。あの御方は前世だけではなく、その前も、そのまた何世代か前の前世の記憶も持っている。過去に起きた事を知っているのよ。」美月は言う。
「⁈そんな...。」華月は黙り込む。
「あの御方の身体にはすでに10鬼神の力が取り込まれていると言っていたわ。過去の記憶を遡り、誰に継承させたのか、誰がその力を使っていたのかを調べれば、例え閻魔大王に力を返納した鬼の次の転生先もわかってしまう。そうして、鬼神の持つ神話力を集めたのよ。」美月は言う。
「...なんてヤツだ...。」華月は黙り込む。
「話を戻すわね。あなたの妹さんに継承させずに、あなたから直接神話力だけを取り出すとっておきの方法がある。仮死状態にはなるけどね。」美月は言う。
「加奈に、妹に継がせずにいられるのなら、俺はどんな事でもやる。」華月は美月に言う。
「あなたならそう言うと思っていたわ。」美月は頷く。
「厚かましいお願いなのは、重々承知しているわ。でも、もう私1人ではどうにも出来ないのよ。私はこのままあの御方の傍に身を寄せ、その動向をあなたに伝える。」美月は言う。
「俺は紅蓮から本来の力を取り戻せば良いのですね?」華月は美月に聞く。
「えぇ。でも今はまだその時じゃないわ。今取り戻したら、あの御方に警戒されるし、周りの妖しも動き出してしまう。百鬼夜行であなたとあなたの周りの人達は確実に死に至る。だからあなたにはこのまま如月の鬼を続けて欲しい。あの御方を仕留めるチャンスは一度。一年後の新月の時に、あの御方は元服を迎えられる。その時に、閻魔大王の全ての鬼神の神話力を供物として、復活を遂げようとされているわ。今は10の鬼神の神話力を持っている。」美月は言う。
「その時に百鬼夜行が行われたら、あなたも俺も取り込まれて死んでしまうのでは?」華月は美月に聞く。
「いいえ、百鬼夜行はその時には起きないわ。富士の樹海の奥にある洞窟の中で儀式は行われる。今はその洞窟を開拓していて、儀式にはあの御方と私だけが訪れる。他の妖しにそのやり方を見せない為にね。」美月は言う。
「一体、どうやって、俺の中の如月の鬼を取り出すのですか?」華月は聞く。
「仮死状態にはなるけれど、あなたにはある薬を投与してもらう。その方法なら神話力だけを取り出せる。妹さんに継がせる事もない。まずあなたの身に宿る如月の鬼の神話力を私が取り出し、あの御方に捧げる。如月の鬼の神話力を取り出したら、あなたの身には紅蓮から本来の力を取り戻して貰う。私は最後にあの御方に弥生の鬼の神話力を捧げる為に、あの御方に近づく。その時にあの御方を身体ごと抑え込むわ。勝負は一瞬、長くは抑えられないわ。」美月は言う。
「...作戦はわかりました。あの、俺は本当は何者なんですか?」華月は考え込む様に美月に聞く。
「あなたの身には如月の鬼ともう一つの神話力が感じ取れるわ。その力は炎を連想させる。きっとあなたの胸の内には燻る炎があるはず。私の見立てでは恐らくは、不動明王...。」美月は静かに言う。
「...不動明王...。」華月は唖然とした。名は知らない訳ではない。神社や寺院に祀られるその像を見た事もある。だが実感が湧かない。
「仏界の中でも、閻魔大王より上位に位置する者よ。」美月は言う。
「...そ、そんな...俺は、如月の鬼の生業を心底誇りに思っている。正直な話、貴女が角を発動した時、力の差を見せつけられ絶望していたんだ。何故俺には発動出来ないんだ、何故俺が正統な継承者じゃないんだって...。」華月は言う。
「...もしも、神や仏が存在するのであれば、悪に対してそんなにも真っ直ぐなあなただからこそ、不動明王の力を授けたんじゃないかしら?」美月は言う。
「...。」華月は呆然とする。
「不動明王は悪を絶対に赦さず、間違った道に進もうとする民衆を力尽くで正しき道に戻す共、言われているわ。それに...、大日如来の化身とも言われているわ。」美月は言う。
「...大日如来...。」華月は何が何だか訳がわからなくなる。
「大日如来は仏界でもピラミッドの頂点にいらっしゃる御方。如来と名の付く仏様がその頂点にいらっしゃり。菩薩、明王と続き、私達の力の根源である、閻魔大王のいる、天部となっているわ。大日如来は宇宙の中心にいらっしゃると言われ、太陽を現すとも言われる。」美月は華月を見る。その表情を察したのか、
「少し難しかったかしらね?大日如来はともかく、あなたの神話力と思われる不動明王は揺るぎなき守護者と呼ばれる存在。」美月は言う。
「守護者...。」華月は眼を閉じる。暫くして、
「わかりました。ありがとう...。えっと...お名前は?」華月はその瞳を開眼すると、美月の名前を知らない事に気づいて、言い淀む。
「私は美月。弥生美月。」美月は微笑む。
「ありがとう。美月さん。」華月も微笑んだ。
「今暫くは、あなたの仲間にも、この事は黙っていて欲しいの。1年後の新月の時までは私達の立場は敵として振る舞う。いいわね?」美月は言う。
「わかりました。」華月は頷く。
「あの御方が直接動かない限り、あなたと敵対する事もないでしょうけどね。恐らくは1年はあの御方は動かないわ。配下に指示は出してもね。」美月は言う。
「色々ありがとうございました。」華月は頷くと、美月に礼を言う。
「1人で帰れるわね?」美月は聞く。華月はコクリと頷いた。華月は美月に頭を下げると、銀の光を放ちながら、その場を後にした。
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