弥生の鬼
品評会を終えた会場では、そのまま祝賀会兼懇親会として、ビュッフェ形式の昼食に移行し、終盤を迎えていた。華月の周りには連盟員達が集まっており、華月の手技を褒め称えていた。
「いや〜、これほどまでに見惚れたのは、佐奈子さん以来だよ。」参加者の1人は言う。
「ありがとうございます。」華月は礼を言う。
「ホントに良くあのボロボロのタンポポを見事に咲かせられたね。」
「生命は潰えておりませんでしたから。」華月は言う。
「次回は制限なく、華月くんの手技、活けた華を楽しみたいね。じゃあね。」参加者達は別の所に挨拶に行く。華月は一息ついた。
「副会長様!」慎司はわざとらしく言う。
「...。」華月は慎司とわかり何も言わない。
「かづちゃんがそういうの好きじゃないって知ってるでしょ?」沙希は慎司に言いながらも笑っている。
「お見事でございました。」綾乃は言う。
「綾乃さんもよくあの短期間で準備してくれました。」華月は綾乃に頭を下げる。
「あの動画は綾乃さんが?」鈴音は聞く。
「はい。華月様より合図がございましたので。」綾乃は言う。
「...結果的に右京を追い詰めたかも知れん。何をするかわからん。」華月は言う。
「だね。ここからが今日の正念場さ...。」慎司も言う。
「宗光様に挨拶してくる。帰ろう。」華月は宗光の元に向かった。
「俺らも準備しておこう。」慎司は鈴音に言う。鈴音は頷く。
華月達は京都タワーを後にした。
英鬼は1人山で遊んでいた。1人の女性が倒れている。
「お姉さん大丈夫?」英鬼は心配そうに近寄る。
「足を挫いちゃって。」女性は英鬼に話す。
「お母さんを連れて来るから待ってて。」英鬼はその身を翻そうとした時、突如口元を何かに覆われた。英鬼はもがくが、すぐに意識を失う。
「右京様、次は如何いたしますか?」雅は言う。
「玉藻前を誘き出します。頃合いをみて、子供に叫び声を上げさせなさい。」右京は笑う。
土蜘蛛は英鬼の姿が確認出来ない事に不安を覚えた。
「玉藻前様、英鬼の姿が確認出来ません。」土蜘蛛は言う。
「既に何者かが、山に侵入している。」玉藻前は土蜘蛛に言う。
「そんなはずは?糸が反応していません。」土蜘蛛は言う。
「バレておるのだ。糸の存在がな。右京と人狼族じゃろうな。」玉藻前は言う。
「如月の鬼を呼びましょう!」土蜘蛛は言う。
「待て。英鬼の安全確認が先じゃ。下手に刺激しては何をするかわからんからの。」玉藻前は言う。
「‼︎」玉藻前と土蜘蛛は英鬼の叫び声を聞いた。
「ゆくぞ!」玉藻前と土蜘蛛は叫び声のした方角へと急いだ。
英鬼は丸太に磔にされ、足を矢で射抜かれていた。
「いたいぃ!‼︎痛いよぅ!うわぁああん‼︎お母さん‼︎おばあちゃん‼︎...助けて...お兄ちゃ...ヒック!ヒッ...。」英鬼は涙をボロボロと流して泣いた。その姿に人狼族は罪悪感を覚えた。
「右京様!幼子相手にあんまりかと!」雅は右京に言う。
「...雅...貴女の主は私ですよねぇ。主に歯向かう等、随分と偉くならはれましたなぁ。」右京は静かに雅を見る。
「ですが!コレはあまりにも!」雅は右京に食い下がる。
「残念ですよ。貴女、もうお払い箱です。」右京はそう言うと紅蓮を雅に薙ぎ払おうとしたその時、
「右京様‼︎」配下の人狼族が声を挙げる。その方向には、玉藻前と土蜘蛛が現れていた。
「お、おばあちゃん!」英鬼は叫ぶ。玉藻前は英鬼の傷ついたその姿を見ると、全身が粟立ち、その身を震わせ、見る見るその姿を変え、九尾の狐になる。
「英鬼...。少し待っておれ。お主ら、生きてこの山から出られると思うなよ。1人も生かしては帰さん。」玉藻前は凄まじい妖力を解放した。
「今だ‼︎」右京の掛け声と共に、人狼族は玉藻前の上を飛び交う。その手には縄が握られていた。玉藻前の身体は地面に伏せる様に抑えつけられる。
「如何ですか?霊縄の味は?」右京は笑う。霊縄。妖しを捕縛する為に、退魔師の作った縄。神社などの〆縄にも使われる。
「こんな物まで!臆病なお主らしいのぅ。」玉藻前は力の限り抗う。
「無駄ですよ。貴女用に拵えさせた物ですからねぇ。」右京は笑う。
「くっ!」玉藻前は捕らわれの身となる。すぐ様口を縄で結かれる。
「ハハハっ!フルムーンも使わずに玉藻前を捕らえたぞ。何が九尾の狐ですか?伝説も老いには敵いませんねぇ。フフフフッ。」右京は声を出して笑う。土蜘蛛は縄を持つ人狼に向かって糸を飛ばす。がすぐに別の人狼に糸は断ち切られる。
「酒呑童子と玉藻前が人質として手に入った今、あなたに用はありません。」右京はそう言うと、配下の人狼達が土蜘蛛を取り囲む。
「あ、か、かづ!」土蜘蛛が華月の名を呼ぼうとした時、取り囲んだ人狼達は代わる代わる土蜘蛛の身体を爪で引き裂いた。土蜘蛛は血飛沫と共にバタリと倒れ込んだ。
「んー‼︎」玉藻前は暴れ出す。が、霊縄がその身体に力を入れさせない。磔にされた英鬼は母の切り裂かれる様をその眼に焼き付けさせられた。
「あ、あ...お、お母さ、ん...。」英鬼は涙を流しながら、母を呼ぶ。だが、土蜘蛛の身体からは夥しい血液が流れ出しており、ピクリとも動かない。
「うわぁあああん、お母ーさーん!おかあーさーん!」英鬼は叫ぶ。玉藻前は何とかしようと抗うも、縄が食い込み動けない。
「たすけ、たすけてーーー‼︎おにぃちゃーーん‼︎‼︎」英鬼は力の限り叫ぶ。その声は山に木霊する。
英鬼の前に光が現れ、英鬼は磔から解放される。
「お、おにぃ...ちゃん...。」華月に抱かれた英鬼は華月の胸に顔を埋める。
「こんな幼子を...。」華月はギリっと歯を食いしばった。右京を睨み、怒りが込み上げる。
「お、お母さ、んが...。」英鬼の声に華月は倒れた土蜘蛛を見る。
「黒澤!まだ息がある。」華月が言うと、慎司が鈴音を抱え、土蜘蛛の側に一瞬で運ぶ。慎司と綾乃は土蜘蛛と鈴音を守る様に、周りの人狼達に睨みを利かす。
「やれやれ...コレがあると聞いていたから、玉藻前の口を塞がせたのに...。まさかガキからとはね。恐れ入りましたよ。」右京は静かに言う。華月は右京の話は聞かずに、すぐ様状況を把握する事に全神経を注ぐ。
(まだ弥生の鬼もいない。黒幕もいない様だ。いるのは、右京の側に人狼40位、土蜘蛛さんの所に20位か。英鬼の傷は黒澤が治せる。玉藻前様のアレは霊縄。)
「何をするおつもりですか?」右京は慎司の方に目をやる。鈴音は倒れた土蜘蛛に手をかざす。
鈴音の手から淡い光が放たれ、傷口を塞いでいく。
「⁈あれは?まさか、東の北條が研究していたという娘か?」右京は鈴音を見ると人狼達に指示を飛ばす。
「あの娘を捕えなさい!」およそ20余名の人狼達は一斉に鈴音に飛び掛かるも、慎司と綾乃がそれを許さない。何度も何度も人狼達の攻撃を弾き返す。
「流石は白狼殿と西園寺さん。一筋縄では参りませんねぇ。そこまで!」右京が言うと人狼達は攻撃を止め、右京の後ろへと移動する。土蜘蛛は目を覚ました。
「あれ?これは?鈴音さんが?ありがとうございます。」土蜘蛛は自分の身体を見る。
華月は一瞬にして、鈴音の前に移動する。
「黒澤、この子も頼む。」華月は言うと、鈴音は英鬼の足に手をかざす。英鬼の足は見る見る治っていく。
「お姉ちゃんありがとう!」英鬼は笑顔で鈴音に言う。
「英鬼!」土蜘蛛は英鬼を抱きしめる。
「お母さん!」英鬼も土蜘蛛を抱きしめる。鈴音は疲れた様子で微笑む。
「大丈夫?」慎司は鈴音を気遣う。
「久しぶりに使ったから...。」鈴音はふらりとした所を綾乃が支える。
「お疲れ様でございました。」綾乃が微笑むと鈴音も笑う。華月は仁王立ちで右京と人狼族と相対している。
「実に興味深い存在だ。北條が執着するのも判る。」右京は鈴音に話かける。
「させないよ。」慎司も鈴音を守る様にその前に立つ。英鬼は華月の足元にしがみついた。華月は英鬼の頭を優しく撫でる。
「いちいち勘に触る小僧共ですねぇ。玉藻前を忘れていませんか?あ、そうそう、西園寺さん、陽炎は捨てて下さいね。さもなくば、玉藻前を殺しますよ。」右京は思い出した様に言う。
「...」綾乃は何も言わずに、陽炎を右京の方角に投げ捨てた。人狼がそれを拾う。
「さて、これでこの刀の力を発揮出来ます。」右京は左手に持った鞘から、右手で柄を持ち刀身を引き抜いた。華月達に薙ぎ払う構えを見せる。
「皆その場を動くな。」華月は静かに言う。華月の胸には、綾乃と過ごしていた時には消えていた、胸の炎が燃え盛っていた。
「昼間はよくもコケにしてくれましたねぇ。今は形勢逆転と言った所でしょうか?」右京は笑う。
「...。」誰も何も言わない。バカと話がしたくないからだ。
「もう覚悟も出来ている様ですし、何か遺言はありますか?あ、そうでした。西園寺さんとそちらのお嬢さんはこちらにいらっしゃい。」右京は笑う。
「...ハァ。」綾乃は溜息をつくと続ける。
「バカにつける薬はないのかしら?言ったはずですよ。わたくしは身も心も華月様に捧げております。そう言うと華月に口づけした。」
「なっ!」右京はワナワナと震え出す。綾乃は華月から唇を離すと、しなを作って華月に寄りかかる。
「私もあなたの所には行きません。あなたの様なバカには負けません。」鈴音もそう言って、慎司にキスをする。とその唇を離した。
「?えっ?」慎司は驚く。
「鈴音様はキスの必要はなかったのでは?」綾乃は華月に垂れかかりながら笑う。
「...い、勢いですよ!な、何事も勢いが大切ですから!」言うと鈴音は顔を赤くする。
「死になさい‼︎」右京は紅蓮で薙ぎ払う。途轍もない炎が華月達に襲いかかる。華月は右手を右京に向けるとその炎は消えた。
「な、何をした⁉︎」右京はもう一度薙ぎ払う。炎は華月達に向かって行く。だがまたも華月の右手に吸い込まれた。綾乃はそんな華月の様子をじっと見ている。
「何故、紅蓮が効かない?」右京は紅蓮を華月に放つがやはり、華月には到達せずに消える。
「...いつまで、主人に牙を剥くつもりだ...。」華月は自分でも無意識のうちにそう言った。
「来い‼︎紅蓮‼︎」華月が一喝すると、右京の手に握られた鞘と刀は、その手を離れ、華月の手に収まった。華月が紅蓮を手にした瞬間、一瞬髪色が紅く変わり、また黒色に戻ったのを綾乃は見逃さなかった。
「な!何だと⁈」右京は驚く。
「貴様の手には余る代物だ。返して貰った。」華月は言うと刀を鞘に納める。そして、紅蓮を綾乃に渡す。
「使わずに宜しいのですか?」綾乃は聞く。
「あぁ。鬼の力だけで十分だ。」華月は言う。綾乃には意外であった。
「英鬼、コレからはお前が母さんと婆ちゃんを守るんだ。」華月は静かに前を見据えながら言う。英鬼はコクリと頷く。
「慎司、悪いが皆を守ってくれ。」華月は慎司に言う。
「わかった。」慎司は言う。
「英鬼よく見ておけ。鬼の戦い、見せてやる。」華月は英鬼にそう言うと右京の方へ歩き出した。
「お、おのれ〜っ!か、かかりなさい!」右京は人狼達に言うと、人狼達は一斉に華月に飛び掛かる。
華月の髪は銀色に変化し、第一目標にまっしぐらに跳躍する。向かってくる人狼達には目もくれず、華月の右拳は確実に右京の左頬を捉え、力の限りに振り抜く。ドゴォッ‼︎音が遅れて聞こえる程の高速で右京は地面に叩きつけられた。ピクピクと痙攣しながら右京は気絶していた。華月はフゥーーっと息をゆっくり吐き出すと、第二目標に跳躍。腹に一撃。目標は崩れ落ち、陽炎を放す。華月はすぐに綾乃に投げると綾乃は受け取る。
「何か今日の華月、破壊力が神がかってませんか?」慎司は綾乃に聞く。
「そうでございますね...。」綾乃は華月のそんな姿をじっと見る。華月は笑みを浮かべながら、静かに佇んでいた。
「す、すごい。」英鬼の目はキラキラと輝いて華月を見ている。頭を失った人狼達はまごまごしていた。雅は言う。
「こ、降参いたします...。ガハっ‼︎」その雅の腹を何者かが、手刀で貫いていた。雅が崩れ落ちると、そこには美月が立っていた。
「降参?貴女は主でもないでしょう?」美月は崩れた雅の顔面に回し蹴りを放つ。雅は吹き飛ばされ、数10メートル先の大木にその身を打ちつけられた。雅は力無く大木の前に倒れ込む。
「アレが...弥生の鬼...。」華月は美月を見る。
「揃いも揃って情けない...。全員フルムーンを飲みなさい。」美月の声に人狼達はフルムーンを投与する。オ、オォーーーン‼︎遠吠えが響き出す。人狼達は獣人化を始め、その身体は一回り大きくなった。
「全く、最初からこうしていれば、もっとマシだったでしょうに、バカは治りませんね。美月は右京に吐き捨てる様に言う。」右京は答えず、まだ気絶している。美月は、華月に向き直る。
「初めまして、如月の鬼。」美月は言うとその口元に笑みを浮かべる。華月は玉藻前に向かって言う。
「玉藻前様、ご無礼を承知でお話します。」華月はそう言うと綾乃に合図する。綾乃は玉藻前を抑えていた、霊縄を切る。
「礼を言う。」玉藻前は綾乃に言う。
「人狼族、お任せしても宜しいですか?」華月は聞く。
「あぁ。構わん。」玉藻前は笑う。華月は美月に顔を移す。
「貴様だけか?主人はどうした?」華月は美月に聞く。
「貴方、何か勘違いしてない?貴方如きにあの御方がその力を振るう訳ないでしょう?」美月は笑う。
(黒幕は来ないのか...。なら、何とかやれそうか。)華月は思う。
「あの御方か...。12鬼神ともあろう者が、すっかり飼い慣らされている様だな。」華月は美月にわざと挑発する様に言う。それは攻撃を自分だけにさせる為でもあった。
「私を挑発する必要はないわ。貴方以外には興味がないもの。」美月は見透かした様に言う。
「...慎司、玉藻前様と人狼族を。綾乃さんは黒澤を。俺はコイツを。」華月が言うと皆頷く。
「少しは楽しませてよね♪」銀色の髪に変化した美月はそう笑うと華月に襲いかかる。美月の右の手刀が華月の左腕を狙う。華月は攻撃をいなす。次々と美月の攻撃は加速して行く。ドゴォッ‼︎美月の蹴りが華月を捕らえる。華月はガードしたまま、数10メートル吹き飛ばされた。
「アレが...。弥生の鬼。ホントに華月並だな。」慎司は言う。
「慎司殿、こちらも来るぞ。」玉藻前は言うと何匹かの人狼が2人に襲い掛かる。慎司はわざとその攻撃をガードしながら受けた。
「...満月の力なんだろう?この程度かよ。」慎司は言うと、人狼の腹に蹴りを繰り出す。人狼は吹き飛ばされ、仲間にその身体を支えられた。玉藻前は9本の尾を払うと、凄まじい突風が巻き起こり、襲い掛かった人狼は竜巻に巻き込まれながら、その身を切り刻まれ、上昇する。竜巻の上部に達すると、成す術もなく地面に叩きつけられる。
慎司と玉藻前は次々に人狼達を倒していく。
「私の力を測ろうとしているのなら、およしなさい。死ぬわよ。」美月は言う。
「...あぁ。その様だ。全力で行く。」華月は美月に跳躍する。華月の拳を躱した美月はすぐ様、蹴りを繰り出す。華月もそれを躱す。お互いに何度も攻撃を繰り出しては、決定打を与えられない。ッバッ!美月と華月は互いに離れ、少し距離を取る。
「意外だったわ。如月の鬼の力をそこまで使えているなんてね。凄い才能だわ。」美月は華月に妖しく笑う。
「...どういう意味だ?」華月は美月に聞く。
「フフフフッ!さぁね。あなたのポテンシャルは本当に素晴らしいと思うわ。でもこれ以上の力はないのでしょう?」美月は言う。
「それはお前も同じだろう?」華月は言うと、美月は笑い出した。
「やっぱりね...。思った通りだわ。本当の鬼の力、見せてあげるわ。鬼神力...」美月は目を閉じてそう言うと、凄まじい妖力が美月を包み込む。美月の額の左右に角が現れる。美月は目を開くと額の真ん中から、もう一本角が現れた。その妖力は先程とは比べ物にならない。
「...な、なんだ?それは...?」華月は自分の知らない鬼の力に驚きを隠せなかった。
「...本当に知らないのね。今のリアクションで確信したわ。貴方は本来の如月の鬼じゃない。」美月は華月に言う。華月は何を言われているのかわからない。綾乃を見る。
「...。」綾乃は黙っている。
「いいわ。教えてあげるわ。」美月は言う。
「12鬼神にはそれぞれ角がある。睦月は1本、師走は12本という具合にね。生える場所は額が主な場所だけど、師走になれば、肘や膝、肩にまで生えると聞くわ。」美月は続ける。
「これは12鬼神であれば、最初から備わっている力。貴方の父、如月 広大も見事な2本角が備わっていたわ。」美月は言う。
「...父さん...。そんな力は聞いた事がない。」華月の髪色は銀から黒に変わる。
「何故貴方に如月の鬼を継がせたのか...そこは少し謎なんだけど、恐らく、本来の器は、あなたには妹がいるわね、貴方の妹なんじゃないかしらね?」美月は言う。
「⁈加奈が...。」華月は綾乃を見る。
「華月様...。」綾乃は華月にかける言葉がなかった。だが、綾乃の反応で美月の言っている事が真実であると華月は悟った。
「...加奈が...継承者...。」華月は呆然とする。華月の脳裏に走馬灯の様に、加奈の無邪気な笑顔が浮かぶ。頭を揺さぶられた様な感覚に陥り、片膝をつく。
「華月⁈」慎司は人狼族と戦いながら、華月の異変に気づいた。
「...あの女は全てを知っているみたいね。何故貴方に教えないのかしら?」美月は続ける。
「綾乃さん?」鈴音は綾乃を見る。綾乃はワナワナと震えながら、華月と美月を見ている。
「綾乃さん!華月くんの所に行って!」鈴音は綾乃に言う。綾乃は2人を見据えたまま、
「それは出来ません。華月様は鈴音様を守れとおっしゃいました。主君の命に背く事は出来ません。」綾乃は言う。
「ねぇ、華月。私がお館様から受けた命は、貴方の力を測る事。私の目的は達成したわ。これ以上戦う必要はないわ。仮の器でも、ここまで鬼の力を引き出せている貴方は、ハッキリ言って特別だわ。私は特別な貴方が気に入った。私と共に来ない?」美月の突然の提案に華月はその顔を上げる。
「...行く訳がないだろう。貴様の主は両親の仇。」華月は呆然としつつも答える。
「仇ね...。な〜んかいい様に吹き込まれてそうね。」美月は言う。
「どういう意味だ?」華月は美月に問う。
「言葉通りの意味よ。貴方はあの御方の起こした百鬼夜行のせいで、両親は死んだと思っているわね?」美月は華月に問う。華月は頷く。
「でも、先に手を出してきたのは、貴方の両親よ。転生したばかりの善悪もわからない赤子のあの御方を、元の妖しの脅威だけで、殺そうとした。周りの妖しは怒ったわ。あの御方を殺させまいと妖しは結託し、そっちがその気ならと、ありとあらゆる知識、技を駆使してあの御方に力を授け、前世の記憶までもあの御方に思い出させた。」美月は言う。
「嘘だ...。」華月は言う。
「嘘じゃないわ。あの女に聞いてみなさい。」美月は綾乃を見る。華月は力無く綾乃を見る。綾乃は何も言わない。真実故に、只々苦悶の表情を浮かべるばかりであった。
「...あなたには私が闇堕ちした様に感じているでしょうけど、私は紛れもなく閻魔大王の12鬼神、弥生の鬼。貴方に正義がある様に、私にも正義がある。」美月は華月に言う。華月は力無く項垂れた。
(そんな...。父さんと母さんが赤子に...。まるで、さっきの英鬼と同じ状況じゃないか。あの時俺は怒りを感じた。それと弥生の鬼が同じくあの御方を守ろうとしている事と何が違う?...ダメだ弥生の鬼とは戦えない...。)
「華月‼︎」慎司は華月と美月の間にその身を現すと美月と対峙する。フルムーンを投与した人狼族を慎司と玉藻前は一蹴していた。
「しっかりしろ!華月!」慎司は華月に言う。
「...慎司、もういい...。俺は...思い違いも甚だしい、何もわかっていない、ただ鬼の力を与えられただけに過ぎなかった様だ...。」華月は下を向いたまま言う。慎司は華月にその身体を向けると、左手で華月の胸ぐらを掴み立たせる。そのまま右拳で華月の顔面を打ち抜いた。華月は力無く地面に倒れる。華月を庇う様にその前に立ちはだかったのは、意外にも美月であった。
「およしなさい。この子の気持ちは貴方には理解出来ないわ。」美月は慎司に言う。
「邪魔をするなよ。邪魔するなら、アンタからやってやるよ。」慎司はそう言うと、美月に襲い掛かる。美月は慎司の突進をヒラリと躱すと、躱し様に慎司の背に蹴りを打ち込む。慎司は数10メートル吹っ飛ばされた。
(くっ!何て威力の蹴りだ。四肢が痺れる。)慎司は心の中で思う。
「華月、私と来なさい。悪い様にはしないわ。貴方が知りたい事、真実を全て教える。その上で貴方が私達と敵対する事になっても、私達はそれでも構わない。貴方には真実を知る権利がある。」美月は華月に言う。華月はゆっくりと起き上がると、歩き出し美月の隣に並ぶ。美月は優しく微笑むと華月の身体を包み込む様に抱き抱え、跳躍した。その一蹴りの飛距離は500mを越える。
「華月様!」綾乃の声は届かない。
「華月...。」慎司はその身を起こし、美月の飛び去った方向を見つめていた。
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