品評会
修学旅行3日目。品評会当日10:20。京都タワーホテルの広間の入口には、
令和○年度 日本華道連盟品評会
と看板が掲げられていた。既に会場の中では会長の宗光、副会長の右京を除く連盟員15名が花を活ける準備を始めていた。また、連盟員の門下生や一般人の見学もあり、会場内は混み合っていた。会長の宗光は来賓である京都市長と奥で話をしていた。
「右京様、如月華月がまだ来ておりません。」雅は右京に報告する。
「結局不参加となりますかねぇ。欠席の連絡も寄越さない。コレだから若い者は困った者です。」右京は笑う。
「いいえ。必ず参ります。」右京の背後から綾乃の声がした。右京と雅は振り返る。そこには綾乃と慎司、沙希、鈴音、マリアがいた。
「これはこれは、西園寺さん。今日もお美しい。そちらの学生さん達は如月くんのご学友ですか?」右京は綾乃の全身を舐め回す様に見る。
「そうです。応援と見学に来ました。」沙希は右京を真っ直ぐに見ながら言う。右京は沙希を一瞥すると慎司に視線を移し、妖しげな笑みを浮かべた。
「応援と見学と言っても、誰をですか?それに如月のお坊ちゃんの花をまだお預かりしておりませんが?如何いたしました?」右京は嫌味たっぷりと笑いながら綾乃達に問う。
「華は華月様自らがご用意されるとの事でしたので、わたくしは存じあげません。」綾乃は言う。
「まぁ、いいでしょう。開始時間に間に合わない場合、不参加扱いといたします。時間も守れない輩に品評会に参加する資格はございませんのでね、ご了承下さい。」右京は笑いながら言う。
「まだ間に合ってますよね?」華月の声にその場の全員が振り向く。そこにはビニール袋を持った華月が立っていた。綾乃をはじめ、皆笑顔になる。
「まだ間に合ってますね。そちらのビニール袋は花ですか?こちらの担当の者に一旦お預け下さい。」右京は言う。
「大変恐縮なのですが、お断りいたします。華人に取って自らの命とも言える華を、他人に任せる等、あっては成りません。それに右京さんは伊集院邸でおっしゃいましたよね?ご自身で準備して頂く事になりましたと。ですから私は全部自分で準備いたします。」華月は言い放つ。
「...決まりは決まりです。郷に入っては郷に従えという言葉もあります。」右京は明らかにヒクついていた。
「...わかりました。お願いいたします。」華月は右京にビニール袋を渡す。ビニール袋を受け取った右京は中を一目見るとニンマリと笑い出した。すぐに隣の雅にそれを渡す。雅は会場の奥に姿を消した。
「ではそろそろ始まりますので、如月くんは席についてお待ち下さい。」右京は言うと、会場の奥に姿を消した。
「かづちゃん、アイツらに渡して良かったの?」沙希は聞く。
「かづき...。」マリアも心配そうに見る。
「さぁな。」華月は言うと皆にはわからない様に綾乃に合図した。
綾乃は華月のサインを受け取ると、その姿を消した。
「華月くん、川原先生が頑張ってって、伝えてって。打ち合わせで来れないみたいだから。」鈴音は言う。華月は頷く。
「じゃあ、行ってくる。」華月はそう言うと皆に背を向けた。慎司達は心配そうに華月を見た。
「コレはいかがいたしますか?」雅は右京に問う。華月の渡したビニール袋の中には、ビニール製の鉢植えに入った、タンポポが蕾のまま、3本入っていた。右京は雅に言われて堪えきれずに笑い出す。
「まさかタンポポ3本とはね。子供のお遊戯会じゃあるまいし。あ〜久々に笑わせて頂きましたよ。」右京は涙を拭く。
「まぁ、念の為落として踏みつけて戻しておきなさい。謝罪を忘れてはなりませんよ。」右京は笑う。雅はその通りにして、また鉢植えに戻す。
場内にアナウンスが入る。
「皆様大変永らくお待たせいたしました。ただ今より、令和○年度 日本華道連盟 品評会を開催いたします。」司会は言う。
会場の広間の奥には長テーブルが3つあり、コの字というより、ハの字に近い形で並べられていた。その真横に、会長、副会長、来賓席は設けられ、宗光、右京、京都市長は着座している。会場入口付近からでも、全テーブルが良く見える。1つのテーブルに5人が座りその前には
流派と名前が書かれた紙がギャラリーに見える様に貼られていた。華月は真ん中のテーブルのど真ん中にその席を設けられていた。
「良く見えるじゃない。」沙希は言う。
「あれは右京の嫌がらせでしょ。」慎司は言う。
「そうなの?1番見やすい所でいいじゃない。」沙希は言う。
「それは華がまともに用意出来ていればの話ね。」鈴音は心配そうに見る。
「あ、そうだったわね...。」沙希も心配になる。周りの参加者達の脇には、どれも美しい花が用意されている。華月のところにだけまだ何もない状態であった。華月は慌てる様子もなく、ただそこに凛として着座している。そんな華月の元に雅がビニール袋に入った鉢植えを持って現れた。
「如月様、申し訳ございません。誤って人にぶつかり、大切な花を落としてしまいました。」雅は小声で華月に耳うちする。華月は鉢植えを見て悲しげな表情になる。
「そうですか...。誰にでも間違いはあるものです。このままで構いません。」華月はそう雅に小声で伝えると、微笑んだ。雅はそんな華月の表情を見て心が痛んだ。
「大変申し訳ございません。」雅は一礼すると、ビニール袋をテーブルの上に置き会場の奥にその姿を消した。
「まず始めに日本華道連盟会長、伊集院 宗光より皆様にご挨拶申し上げます。」司会がそう言うと宗光は司会のマイクの所まで歩く。
「皆様おはようございます。本日はお忙しい最中、日本華道連盟の品評会にお越し下さり、誠にありがとうございます。この品評会も、今回で...。」宗光の話は続く。
「何かあったな...。」慎司は言う。
「何かって?」沙希は聞く。
「わからない...。」慎司は言うと、周りを見る。
「綾乃さんは?」慎司は綾乃の姿が見えない事に気づき皆に聞く。
「そう言えば、何処に行ったのかしら?」鈴音も辺りを見渡す。その姿は何処にも見当たらない。
宗光の挨拶が終わり、会場には拍手が響く。
「続きまして、副会長の右京より今年度からの品評会につきまして、変更点がございますのでご説明させていただきます。」司会は言うと右京はマイクの所に行く。一礼をした後に話出す。
「会場にお集まりの皆様、おはようございます。今年度より、品評会の内容が変更となりましたのでお知らせいたします。その名の通り、品を評価する会といたします。こちらにお座りの参加者全員で、素晴らしいと思う作品、手技に投票をし、最優秀作品を決めて参ります。さらに今までは活ける花も理事会の方で用意しておりましたが、華人たるもの花の目利きも大切な要素であり、そちらを養うためにも、ご自身で準備して頂く事となりました。今までとは違う、新しい日本華道連盟を皆様どうぞ宜しくお願い申し上げます。」右京は一礼すると、拍手が響いた。
「続きまして、来賓の京都市長にご挨拶を賜ります。」司会は言うと、市長はマイクの所に歩みを進める。一礼をして、
「皆様おはようございます。本日は日本華道連盟さんの品評会にお招きいただきまして、誠にありがとうございます。伊集院会長からも、今年の品評会は今までにない、新しいものであるとお伺いしました。どんな作品や手技に出会えるのか今から楽しみです。宜しくお願いいたします。」市長は一礼をすると拍手が響き、自分の席に戻る。
「ありがとうございました。それでは只今より開始いたします。」司会の合図と共に、華月以外の参加者は花を手に取る。華月は自分のリュックからペーパータオル、剣山と華道バサミ、ラベルのない水の入ったペットボトルを取り出し、目の前に置く。華月は姿勢を正すと瞑想を始めた。
「かづちゃん...。」沙希は心配そうに言う。
「大丈夫。いつもの華月だよ。」慎司は言う。華道バサミのパチンパチンと言う音が響く。時間にして、2分が経過したところで、華月はその瞳を開けた。華道バサミを手に取りテーブルの上に置かれたビニール袋を手前に引き寄せる。華月はビニール袋にハサミを入れ、ビニールを広げる。そこには形の崩れた鉢植えが姿を現した。その様子に気づいた何人かのギャラリーがどよめく。
(如月流華道って、人間国宝、如月佐奈子さんの流派よね?)何人かのご婦人達がヒソヒソと話をする。宗光も当然気づいていた。
「ナニあれ?」マリアは怪訝な顔をする。明らかに何者かによって、その形を崩された物である事は明らかであった。周りの華人達もそのどよめきに気づき手を止めて華月を見る。慎司は右京だけがその顔に笑みを浮かべている事に気づいた。
「アイツの仕業か...。」慎司の言葉に沙希達も右京を見る。
「許せない!」沙希は抗議にその身を乗り出そうとしたところを慎司に止められる。
「華月はあきらめてないみたいだよ。」慎司の言葉に沙希は華月を見る。
華月は崩れた鉢植えに丁寧にハサミを入れ、広げていく。土に埋もれたタンポポを華月は包み込む様に手に取り、ペーパータオルで優しくその土汚れを落としていく。時折水を含ませたペーパータオルでこれまた優しく、決して擦らず土汚れだけを落としていく。やがて、キレイになった根っこ付きのタンポポ3本はキレイなペーパータオルの上にその姿を現したが、どれも誰の目から見ても明らかに痛んでいた。不要となった土と鉢植えを片付け、華月は華道バサミを丁寧にペーパータオルで拭き上げ、右手に持った。左手で1本のタンポポを優しく手に取ると、根っこの部分だけを切り落とし、剣山に活ける。次に2本目を手に取り、同じ様に活ける。3本目もこれまた同じ様に。剣山に活けられたタンポポはどれも力無くうなだれている様に誰の目にも映っていた。華月はペットボトルの水を剣山に優しく注いでテーブルの上に置いた。華月は優しい眼差しで活けられたタンポポを見る。すると、うなだれていた3本のタンポポは見る見るその蕾を上に上げ、凛と立ち上がる。左のタンポポはその蕾を膨らましていた。真ん中のタンポポはその蕾を開き、鮮やかな黄色の華を咲かす。右のタンポポは鮮やかな黄色の華を咲かせた後もその成長を止めることなく、その姿を綿毛に変えた。
「おぉ!」会場に大きなどよめきと歓声が巻き起こる。
「やったぁ!」沙希とマリアは抱き合って喜んだ。鈴音と慎司もその様子を見て笑う。
「流石でございます。」綾乃がいつの間にか帰って来ていた。皆綾乃を見る。
「綾乃さん、何処に行ってたの?」慎司は聞く。
「華月様に頼まれた事がございまして。」綾乃は微笑む。
「何だろう?」慎司は考え込む。
「それは後程。」綾乃は微笑みながら華月を見ていた。
「そろそろお時間となります。」司会の一言に華月以外の華人は我に返る。皆慌てて活け出す。
「それでは本日の参加者の皆さんにテーマと感想を伺って参りましょう。」司会はマイクを持って左端の女性参加者の元へ行くとマイクを渡す。
「皆様、本日はありがとうございます。直江流華道の直江 光子と申します。テーマは古都...でしたが、正直、皆様に披露する完成度ではございません。如月流華道の手技に見惚れておりました。」光子はそう言って笑うと、隣の参加者にマイクを渡す。渡された者も光子と同じく華月に見惚れていた事を正直に話した。その次の者も、その次の者も同じであった。華月にマイクが回って来る。
「皆様初めまして。如月流華道家元の如月華月と申します。先代の私の祖母である如月佐奈子の名に恥じぬ様、今後も精進して参ります。本日活けさせていただきました華のテーマは〝再生と成長〟このタンポポの様に私もこの先、どんな事にも負けずに立ち上がり、成長していきたい想いを込めまして、活けさせていただきました。本日は誠にありがとうございました。」華月が言うと今日1番の大きな拍手が会場に巻き起こった。
「華月様、御立派でございます。」綾乃の頬には涙が伝っていた。沙希もマリアも鈴音も感動で泣いていた。慎司は笑みを浮かべながら、華月を見ている。
(何だ?あの小僧!何故だ?何だあの手技は?コレではシナリオが台無しではないか!)右京はギリギリと歯を食い縛る。そんな右京の後ろの壁に動画が映し出され流れ出す。その映像を一目見た右京は大声を挙げる。
「‼︎や、止めろ!誰だ⁉︎」右京は騒ぎ出す。そこには、華月から受け取ったビニール袋の中の華を踏み潰した一部始終が記録されていた。会場はざわつく。
「コレはどういう事だ?右京?」宗光は鬼の形相で、右京を見る。
「い、いや、何かの間違いです。こんなはずは...。そ、そうだ!アイツだ!アイツの策略だ!」右京は華月を指さす。
「黙れ!痴れ者が!儂が何も知らぬと思うたか?貴様のしてきた事は全てわかっている。華月くんに華を売らぬ様に仕向けた事とかな。」宗光は言う。
「な、何故それを?」右京は聞く。
「華月くんから連絡を貰った。鴨川に咲いている華と水を使いたいから市長と連絡を取りたいとな。華月くんはお前の事等一言も言わなかったが、疑問に思った儂は色々と調べた。貴様のした事は許せん!」宗光は言う。右京は崩れ落ちる。
「貴様は日本華道連盟から除外する。早々に立ち去れい!」宗光は一喝すると右京は逃げる様に会場を去った。宗光は華月の前に来ると、華月に土下座した。華月は慌てて立ち上がり、宗光を起こそうとする。
「すまん華月くん。連盟に腐ったミカンがいる事を知りながら、今日まで来てしまったのは、全て会長である私の責任だ。君に嫌な思いをさせてしまった事、心からお詫び申し上げる。」宗光は床に頭を打ちつけた。華月はすぐにそれをやめさせる。
「会長、頭を上げてください。今日まで連盟を引っ張って来られたのは、他ならない会長です。腐ったミカンはもう取り除かれたのですから。」華月はそう言って笑うと宗光を立ち上がらせる。慎司は拍手すると会場全体にそれは広がる。宗光は深々と全員に向かって頭を下げた。マイクを持つ。
「飛んだ品評会になってしまい、大変申し訳なく思います。続きを行いたい所ですが...。」宗光は華月の次の参加者に目線を送るが、参加者はブンブンと手を振った。その次の者も、そのまた次の者も同じ様に手を振る。正直、華月の手技に見惚れて満足に自分の華を活けられた者はいなかった。
「今は亡き如月佐奈子さんは、当連盟だけに留まらず、日本の華道界に絶大な影響を与えたお人です。だが、その技はしっかりと次の世代に受け継がれていた。今回の最優秀賞は満場一致で如月華月くんで良いかな?」宗光は会場を見渡すと会場から拍手が湧き起こる。
「それから、私の勝手な想いなのだが、その手技、華に対する想い、今後の華道界の未来を見据え、如月華月くんに当連盟の副会長を任せたいと思うが如何ですか?」宗光は会場と参加者に言う。
「宗光様、幾ら何でもそれは。俺、私はまだ若輩者ですし。」華月は焦って言う。
「年齢など関係ない。現に君の技、想いは人々を魅了した。そう言った人間に華道界を引っ張って欲しい。華月くんじゃなきゃ、儂は会長を辞める。」宗光はお茶目に言う。会場は笑いに包まれる。
「...わかりました。宜しくお願い申し上げます。」華月は頭を下げる。会場から大拍手が沸き起こった。
綾乃は感動の涙を流していた。それは華月を知る者は誰しも同じく感動の涙を流していた。
日本華道連盟品評会は大盛況に終わった。
右京はオフィスに戻って来ていた。
(くそっ!忌々しいガキめ!必ず復讐してやるぞ。いや、殺す!)
「右京様...。」雅は右京の様子を気にかけていたが、同時に華月にしてしまった事への後悔の念もその胸に生じていた。
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