紅蓮

「右京様、手に入れて参りました。」人狼族の1人は言う。その手には黒い布に覆われ多くの呪符を貼り付けられた日本刀が握られていた。

「ご苦労様。」そう言うと右京 智則は日本刀を受け取る。

「コレは素晴らしい...。」その力は呪符の上からでも右京の両手を痺れさせる様な妖気が感じられた。手に取った日本刀の布の紐で結かれた部分を右京はゆっくりと解く。黒い布を外すと、真っ赤な鞘に納められた日本刀が姿を現す。その美しさに右京はマジマジと日本刀を見る。外観をじっくりと見た右京は鞘を左手で持ち、右手で刀の柄を持ちゆっくりとその刀身を露わにする。刀身は赤黒く炎型の波紋をその身に抱き、うっすらと紅い妖気を放っている。

「おおっ!」周りの人狼族から声が上がる。

「何とも美しい刀よ。コレが...?」右京は息を呑みながら、側にいた美月に視線を移す。

「紅蓮でございます。」美月は静かに答える。

「これ程の刀が、何故今まで誰の目にも止まらなかったのか?」右京は刀を見つめながら言う。

「時を遡る事、我ら妖しの先祖が謳歌していた時代。人は成す術もなく妖しに狩られる時代がございました。」美月は静かに話出す。


だが、人は長い年月をかけ、妖しを倒す術を見につける。退魔師の誕生である。陰陽道、イタコ、聖職者、呪術師、シャーマン等と呼ばれるが全て退魔師から枝分かれ、或いは地方によってその呼び名を変えられた者達である。やがては呪符や退魔刀等が生み出され、様々な形で妖しと闘う術を身につけていった。

退魔刀を生成する御剣(みつるぎ)家は、神社や寺院に御神刀を奉納する一族で、御剣家の作る刀は、妖しにとってどれも脅威そのものであった。そんな御剣家を妖しが放っておく訳はなく、幾度となく御剣家は妖しと戦ってきた。だが、遂には滅ぼされてしまう。

御剣家は妖しに命を狙われる様になってから、その亡骸を決して無駄にはしないとの想いから、土葬にはせず、刀を生成する為の釜で火葬していた。それは先祖の無念を決して忘れてはならないとの教えで、末代まで守られていた。さらに妖しに蔵が襲われても、必ずその釜に残った炭や灰を御剣の名を持つ者が持ち出し、次の世代に繋ぎ続けた。これまでに妖しに殺された御剣の名を持つ者達で、その血を回収出来る亡骸はその血も甕に入れ、次の蔵に運んでいた。

御剣家末代の御剣 創安(みつるぎ そうあん)は妻子を妖しに殺されてしまった。復讐の鬼と化した創安は、呪符を操る退魔師の一族、水影(みかげ)家の力を借り、秘密の蔵を作った。蔵には結界が張り巡らされ、妖しに発見出来ぬ様に、更にその地下深くで創安は気が狂った様に刀を打ち続けた。先祖の無念の想いが詰まった炭と灰の入った釜で刀身を焼き、打った刀を先祖の生への未練の想いが詰まった血で冷やす。そんな生成を繰り返していた。

水影家当主の水影 修斎(みかげ しゅうさい)は蔵に籠った創安の身を案じ、蔵の地下に様子を見に行く。

「創安さん、変わりないか?」修斎は創安に声をかける。だが、修斎に背を向けた姿の創安から、返事はない。釜の火は消えており、辺りは冷え込んでいた。

「創安さん?」修斎は創安の側に歩み寄ると、創安は右手に筆を持った状態で死んでいた。その傍らには一対の刀が鞘に納められて置いてあり、修斎宛てに文を書きかけていたであろう状態で発見された。

修斎は文を読み始めた。

(水影修斎殿、秘密の蔵作り、並びに数々のご協力に感謝する。この一対の刀を貴殿に託す。雄刀の名は紅蓮。雌刀の名は陽炎...)そこで文は止まっていた。修斎はその文を懐に大切にしまい、創安の亡骸に手を合わせる。そして傍に置いてあった。一対の刀に手を伸ばす。

「‼︎っこれはっ‼︎...。」刀を手に取った修斎に稲妻が迸った様な衝撃が全身を駆け巡る。それと同時に修斎の脳裏に、御剣家の無念、私怨の念が走馬灯の様に流れ込む。

「...。」修斎は紅蓮と名付けられた刀の刀身を鞘から引き出す。その刀身は赤黒く、刀身の周りに紅い炎の様な妖気を纏っている。修斎はその刀身を静かに鞘に納め、腰帯に差した。次に陽炎と名付けられた刀の刀身を鞘から引き出す。透き通る水の様に美しい刀身は、白く淡い光を放ち修斎のざわついた心を鎮めていく。修斎は刀身を静かに鞘に納める。2本の刀を腰帯に差した修斎は改めて、創安の亡骸に手を合わせ、深々と頭を下げてその場を後にした。

後日、水影家の者達により、創安の亡骸は手厚く葬られ、秘密の蔵は祠として祀られた。

水影家の退魔師達は紅蓮と陽炎を使い、悪しき妖しを次々と倒していった。だが、紅蓮を使う者はその妖気に生命を吸い取られるが如く、悉く短命となり、いつしか呪われた妖刀として扱われ、御剣家の様に滅んでしまう事を恐れた水影家は、修斎の何世代か後に創安の祀られた祠に紅蓮を返すのであった。ある時、祠のある地方を大きな地震が襲い、結界は破れる。紅蓮の持つ妖気は妖しを呼び寄せ、いつしか妖しの手に渡ってしまう。妖しから更に力のある妖しへとその所有者は移り代わっていった。

華月の先祖である、如月の鬼は紅蓮の所有者である妖しを倒し、刀を人の手に取り戻す。創安の祠に返す事も話合われたが、場所も妖しに知れ渡っていた為、水影家当主の意向もあり、以来如月家が管理する運びとなった。だが、華月の代まで紅蓮は使われる事はなく、如月家の墓に安置され続けていた。そして現代に至る。


「という歴史がございます。」美月は右京に話す。

「何故、所在がわかったんですか?これまでだって、納骨はしてきたはずでしょう?」右京は美月に聞く。

「恐らく、長年使われてきた呪符の劣化により、その効力が弱まり妖気を抑えきれていない状態にあったと推測されます。如月佐奈子の納骨時にその妖力を感じ取れたのではないかと。」美月は言う。

「なるほど...。これからは私がこの刀の主となる。」右京は紅蓮を高く掲げながら言う。

「お使いになる者に災いを呼ぶ妖刀ですが、妖気を持つ者であれば、使いこなせるはずです。」美月は口元に妖しい笑みを浮かべながら言う。

「試し斬りと行きましょうか...。そうですねぇ、あの忌々しい覚(さとり)にしますか。」右京は人狼達に言う。

「おおっ!我らの命、右京様と共に!」人狼達は声を揃えて言う。右京は笑いながら紅蓮を鞘に納めた。


岐阜県の山火事のニュースは次の日の朝、トップニュースとなった。華月と綾乃は京都行の新幹線の中でそれを知る。

「早速使われたかも知れん。」華月は綾乃に言う。

「はい。間違いないでしょう。」綾乃はニュース動画を確認していた。華月もそれを見る。

「止めてくれ。」華月は綾乃に言う。綾乃は動画を一時停止する。上空から燃え盛る山火事の様子を撮影した動画であった。

「ここだけ木々が扇状に薙ぎ倒されている。」華月が言うと綾乃も頷く。それは広範囲に渡っている事が確認出来た。

「何て威力だ...。」華月は呟く。

「この山には覚の一族がいたはずです。」綾乃は言う。

「心を読む妖しか。敵に回すと確かに厄介だな。だが、覚が山火事を起こしたとは考えにくい。恐らく敵対している妖しの仕業だ。」華月は言うと徐に席を立つ。

「慎司に電話してくる。」

「承知いたしました。」綾乃は答えると、華月は車両の端の通話可能なスペースに行く。華月は誰もいないのを確認した。時刻は6:30を回った所。スマホを取り出し慎司にコールする。コール音が鳴り響き3回目で慎司は出た。

「華月⁈おはよう。」慎司は珍しく華月が朝から起きている事に驚いた様子で言う。

「朝早くからすまんな。」華月は慎司に詫びる。

「いいよ。どうしたの?」慎司は華月の真面目な声に何かあった事を察知した。

「岐阜で起きた山火事のニュースは見たか?」華月は聞く。

「ちょっと待って。」慎司はそう言うと部屋のTVを付けた。

「うわっ!凄いねコレは...。」慎司の素直な感想だった。

「実はな...。」華月は昨日、如月家の墓が荒らされた事、そこに封印してあった紅蓮が盗まれた事、如月家の墓がある京都に今向かっている事を簡潔に慎司に伝えた。

「その紅蓮て刀が使われて、こんな事になってるんだね?」慎司はTVを見ながら華月に言う。

「あぁ、その様だ。ここからが本題なんだが...。この山には覚の一族がいたらしいんだが、覚と敵対する妖しを知らんか?」華月は慎司に聞く。

「ちょっとわかんないなぁ。俺の統治下であるならば、各地に散っている白狼族に情報を求められるけど、岐阜は西の統治下。右京さんて言う、人狼族の長が治めているんだ。」慎司は言う。

「その右京さんに連絡は取れるのか?」華月は聞く。

「取れるよ。でもあの人、教えてくれないだろうね。とにかくプライドが高くって、自分の統治下で起きた事を、東の者、特に俺には伝える訳がないもの。稀少な白狼を羨んでいてね...。でもダメ元で連絡してみようか?」慎司は言う。

「頼む。」華月は言う。

「わかった。あんまり期待しないでね。覚と敵対している妖しの事だよね?」慎司は聞く。

「そうだ。」華月は答える。

「じゃあ、また後でかけ直すね。」

「あぁ。」

そう言うと慎司は電話を切る。

華月は一旦自分の席に戻る。

「いかがでしたか?」綾乃は華月に聞く。

「慎司が西の統治者に連絡を取ってくれるそうだが、あまり期待は出来そうにない。慎司の話では、プライドが高く、東の者を良く思っていないらしい。」華月は言う。

「左様でございますか...。わたくしの方でも調べて参りますね。」綾乃は華月に言う。

「お願いします。」華月は答えた。


華月と電話を終えた慎司は、気は乗らないが、右京に電話する。

「もしもし?」右京はすぐに電話に出た。

「朝早くに申し訳ありません。右京さん、ご無沙汰しております。高原慎司です。今、お電話宜しいでしょうか?」慎司はなるべく右京を刺激しない様に、慣れない丁寧な挨拶を試みる。

「慎司くんかい?お久しぶりですねぇ。どうしたの?」右京の声は弾んでいる。

「岐阜のニュースを今見まして、あれって妖しの仕業ですよね?実は僕、修学旅行で明後日京都、奈良にお邪魔するのですが、何かお手伝い出来る事がないかと思いまして、ご連絡いたしました。」慎司は我ながら中々上手い事言えたと思った。

「流石ですねぇ。お若いのにその心意気が素晴らしい!ありがたい。」右京は慎司を褒める。続けて、

「お察しの通り、あれは妖しの仕業と思われます。あの山には覚の一族の集落があったのですが、一夜にして無くなってしまいました。」右京は抜け抜けと言う。

「そうなんですね。覚一族と争っていた妖しがいたのでしょうか?」慎司は普通に聞く。

「私の不得の致すところなのですが、その様な不穏な動きはなかったと思います。」右京は言う。

「そうですよね。右京さんに限って統治下の妖しの動きがわからない筈はありません。それは僕もわかっております。だとすれば、統治下にない妖し、もしくは海外から入り込んだか...。」慎司は言う。

「そうですね。いずれにしても、お力をお貸し頂けるなら、助かります。お待ちしていますよ。白狼殿。」右京は口元に笑みを浮かべながら言う。

「朝早くから、ありがとうございました。またご連絡いたします。」慎司は電話を切る。


「...。」右京は静かに笑みを浮かべていた。

「いかがなさいました?何か良い事でも?」美月は右京の様子に声をかける。

「はい。東の統治者が2日後に西の地に降り立ちます。修学旅行なのだとか。」右京は笑いながら言う。

「まぁ。それは好機でございますね。」美月は右京の思考を見透かす様に言う。

「楽しみですねぇ。」右京は頭の中にシナリオを描いていた。


慎司は華月に電話する。

「慎司か?少し待ってくれ。」華月はそう言うと通話スペースに向かう。

「すまない。で、どうだった?」華月は聞く。

「右京さんの統治下で不穏な動きはなかったみたい。でも...。」慎司は言い淀む。

「でも何だ?」華月は聞く。

「あの人の事だ、ホントの事かはわからない。」慎司は言う。

「統治下で起きた事を隠していると?」華月は問う。

「十中八九ね。」慎司は言う。

「かなりの確率だな。」華月は呆れる。

「とにかく、狡猾で陰険なんだよ、あの人は。」慎司は言う。

「ハハハっ。好かんのだな?」華月は珍しく笑う。

「華月も、会えばわかるよ。あの人も確か華道連盟員だし。」慎司は言う。

「そうなのか?」華月は慎司に聞く。

「そうなのか?って、知らなかったの?...華月らしいよ。」慎司も笑う。

「いずれにせよ、2日後京都で会おう。こちらも綾乃さんにも動いて貰ってるから、何かしらわかると思う。」華月は言う。

「わかった。くれぐれも気をつけてね。」慎司は言うと通話を終了した。

華月は席に戻る。

「やはりダメでした。」華月は綾乃に言う。

「わたくしの方でお調べいたします。」綾乃は微笑む。

「ありがとうございます。右京さんと面識はありますか?」華月は綾乃に聞く。

「はい。ございます。家元様のお供で何度かお会いしております。」綾乃は答える。

「どんな人ですか?」華月は率直に聞く。綾乃は少し考えた後、

「あくまでもわたくしの良識に欠ける意見とお許し下さい。家柄を重んじ、目的の為には手段を選ばない、そんな印象がございます。」綾乃は華月に言う。

「慎司の言ってた通りか...。」華月は考える。

「わたくし事ではございますが、何度か求婚されております。」綾乃は笑いながら言う。

「えっ?」華月は綾乃を見る。

「全てお断り申し上げておりますが、華月様、ここからは綾乃の黒い部分がお話いたしますので、聞くに耐えない場合はおっしゃって下さいませ。」綾乃は笑いながら言う。華月は頷く。

「とにかくしつこいんです。その行いは紳士とは到底程遠い存在です。顔もわたくしの好みではございませんし、あの方は一言で申し上げるとクズという言葉が1番似合います。」綾乃は言う。

「プッ!ハハハっ!」華月は笑い出した。

「申し訳ございません。お耳汚しでございましたね。」綾乃は言う。

「いや、綾乃さんの違った一面を見れて嬉しいよ。」華月は笑いながら言う。

「華月様。」綾乃は照れた様な表情をする。

「京都に着いたら、また懲りずに求婚して来そうだね?」華月は綾乃に言う。

「はい...。それだけが憂鬱でございます。」綾乃は言う。

「大丈夫。俺が守るよ。」華月は笑いながら言う。

「華月さまぁ...❤️」綾乃は本気で華月にキュンとした。

「ホントに既成事実作っちゃおうかな...。」綾乃はボソリと言う。

「ん?」華月は聞き取れず、綾乃に聞き返す。

「いえ、何でもございません。」綾乃は艶っぽい目で華月に答えた。

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