墓荒らし

修学旅行3日前、夜22時、如月家の固定電話に佐奈子の墓がある、京都の行徳寺から連絡が入る。

「如月でございます。」綾乃はいつもと変わらぬ声で出る。

「あ、綾乃様、夜分に申し訳ございません!如月家の墓が墓荒らしにあいまして!」住職の望月は慌てた声で言う。

「‼︎」綾乃は驚く。だが、声には出さず、あくまでも冷静に、

「取られた物はございますか?」綾乃は住職に聞く。

「日本刀が一本持ち去られた様です。その他はございます。」住職は恐縮しながら言う。

(やはり!)綾乃は予想していた。

「結界はいかがでしたか?」綾乃は住職に聞く。

「勿論張っておりました。ですが、何の感知もせずに破られた模様、墓石の倒れる音を耳にした僧侶が不信に思い、確認しに行った所、如月家の墓石が破壊されておりました。」住職は状況を報告した。

「警察にはお届けになられましたか?」綾乃は聞く。

「まだ届けておりません。」住職は言う。

「届けなくて結構です。明日の朝1番でそちらに向かいます。華月様にはわたくしからお話いたします。それから、墓石は修復可能であれば、早急に修復を願います。」綾乃は住職に指示を飛ばす。

「し、承知いたしました。大変申し訳ございません!明日、お待ち申し上げております!」住職の姿が目に浮かぶ。

「では、ごめん下さいませ。」綾乃は電話を切ると、道場に向かう。道場には華月が華を活けていた。綾乃の気配に気づいた華月は、

「どうかしましたか?」綾乃に聞く。

「華月様、如月家の墓が荒らされたと行徳寺のご住職様より連絡がございました。」綾乃は片膝を付きながら言う。華月の脳裏には佐奈子の納骨の際に見た、一本の日本刀の事が思い浮かんだ。妖刀紅蓮。綾乃から聞かされたその刀は綾乃の持つ陽炎と対を成す物で、その気性は激しく、振るう者を狂わせる妖刀であると聞かされた。佐奈子の納骨の際、華月は初めてその刀を見たが、見た時の胸の炎の燃え盛り方は半端なく激しく鼓動が早くなったのを覚えている。

「紅蓮ですか?」華月は聞く。

「左様でございます。明日の朝1番で京都に向かいます。」綾乃は言うと、

「俺も行く。」華月は綾乃に言う。

「加奈には、後で俺から話す。」華月は言う。

「承知いたしました。出発の準備をいたします。」綾乃はそう言うと母屋へと歩いていった。

(何者だ?結界が張ってあったはずだ。並の妖しなら結界で死に直面するくらいのダメージを負うはずだ。それをいとも簡単に...。何に利用するつもりだ?)華月は考え込む。

華月は加奈の部屋の前に来ると、ドアをノックする。

「はぁい。どうぞ。」加奈の声がドアの向こうから聞こえた。

「入るぞ。」華月はそう言うとドアを開ける。加奈は机に向かい、勉強をしている様子だった。

「お兄ちゃん、どうしたの?」加奈は珍しく華月が自分の部屋を訪ねて来た事に、何かあった事を察した。華月は加奈の部屋の真ん中に進むと腰を下ろす。

「実はな、俺と綾乃さんは明日の朝、京都に発つ事になった。」華月は言う。

「あれ?予定より早くない?」加奈は華月を見ながら言う。

「あぁ、俺も初めての事で戸惑っているんだが、品評会に向けて向こうで色々と準備したくてな。」華月は墓荒らしが起きた事は伏せた。

「...そっか、家元になるんだものね。ねぇ?お兄ちゃん?」加奈はそう言うと、椅子から立ち上がり華月の隣に腰を下ろし、華月の顔を真っ直ぐに見つめる。

「何だ?」華月も加奈の顔を真っ直ぐに見る。

「お兄ちゃんは、本当にそれで良いの?自分でやりたい事や、なりたいものはないの?」加奈は聞く。

「...。俺は華が好きだ。婆ちゃんに教えられたのもあるが、華を活けている時が1番自分らしくいれる時なんだ。」華月は本心からそう言う。

「...。」加奈は華月を黙って見つめている。

「お前の考えている事は、道場の跡取りとか、如月の家を継ぐとかそんな事だろう?」華月は加奈の心を見透かした様に言う。

「うん。」加奈はコクリと頷く。

「ふふっ。それこそいらぬ心配だ。俺は義務や仕来りに縛られている訳ではない。」華月は笑いながら、加奈の頭をポンポンとする。

「ならいいけど。」加奈は華月を見ながら言う。

「で、どうする?加奈も一緒に京都に行くか?」華月は加奈に聞く。

「行きたいのは山々なんだけど、県大会があるし、お兄ちゃんと綾乃さんの2人っきりの旅行を邪魔したくないから私は残る。」加奈はイタズラっぽく笑いながら言う。加奈の所属するバスケ部は全国大会をかけて、S県の4強に残っていた。

「そっか。それも大変だな。綾乃さんに残る様に言おうか?」華月は加奈に聞く。

「うぅん。大丈夫。私ももう中3だし、しっかりと戸締りもするし、1人で大丈夫よ。何かあれば、慎司くん家のお父さん、お母さんに言うし。」加奈は笑いながら言う。

「我が妹ながら、流石だな。俺よりしっかりしている。」華月はポツリと言う。

「でしょ?だから安心して新婚旅行に行ってきて♪」加奈は笑いながら言う。加奈の部屋をノックする音に2人ともドアを見る。

「どうぞー。」加奈は言うと綾乃がドアを開ける。

「失礼いたします。華月様、新婚旅行の準備が整いました。」綾乃はニッコリと笑いながら言う。加奈は笑い転げた。

「...綾乃さんまで...。」華月は黙り込む。

「綾乃さん、既成事実作って来ちゃっていいからね♪」加奈は笑いながら綾乃に言う。

「はい...♪華月様を寝かせません♪」綾乃は艶っぽく流し目で華月を見る。

「キャー♪」加奈と綾乃は女子のノリではしゃぐ。華月は耳を赤くしながら、加奈の部屋を後にする。

(しかし、何者だ?何故紅蓮の存在がバレた?面倒な事にならなければ良いが...。)華月は自室に戻るとすぐに休んだ。

華月が出て行った後、加奈は綾乃に先程の話をする。

「お兄ちゃんはあぁ言ってたけど、ホントの所はどうなのかな?」加奈は綾乃に聞く。

「華月様がそうおっしゃったのであれば、それが華月様の本心ですよ。」綾乃は微笑みながら言う。

「私に継がせたくないとか、私の為に自分が継ぐとかって思ってないよね?」加奈は綾乃に聞く。

「それはないと思いますよ。わたくしは幼少の頃より華月様、加奈様を見て参りました。華月様は本当に華がお好きで、華を活けられておられる華月様は、生き生きとされていらっしゃいます。」綾乃は続けて言う。

「それに家元さまはお亡くなりになる前に、わたくしに遺言を残されました。」綾乃は加奈を見る。


佐奈子が入院していた個室の病室で綾乃は佐奈子から遺言を言い渡された。

「綾乃、すまないね。こんな事になって。」佐奈子は言う。

「お気になさらずに。ご自愛下さいませ。」綾乃は佐奈子に言う。

「もしもこの先、華月も加奈も自分の歩むべき道を見つけたのなら、その背を後押ししてやっておくれ。」佐奈子は言う。

「承知いたしました。」綾乃は言う。

「それから道場も跡取りがいなければ、畳んで構わん。...如月の鬼もな。」佐奈子は微笑みながら言う。

「綾乃...。お前にも苦労をかけたな...。」佐奈子は綾乃の手を握りながら言う。

「わたくしは如月家にお仕え出来て、本当に幸せでございます。」綾乃は優しく笑う。

「ありがとう...。綾乃、出来ればお前にも自分の道を歩んで欲しいと心からそう思っておる。」佐奈子は言う。

「わたくしは華月様、加奈様の行く末を最後まで見届けます。お姉ちゃんですから。」綾乃は笑いながら佐奈子に言う。佐奈子の頬に涙が伝う。

「ありがとう...。ホンマにありがとう...。」佐奈子は心の底から安堵した。


綾乃は加奈に如月の鬼の事は伏せて、それ以外の事は佐奈子の言葉通りに話した。

「家元様は華月様、加奈様お2人にご自分の道を歩んで欲しいと心からお想いでした。そしてわたくしに、それを後押しして欲しいとおっしゃいました。」加奈は黙って聞く。

「それは華月様も加奈様も家元様がお亡くなりになる前に、家元様のお言葉で直接お伺いになったはずです。」綾乃の言葉に加奈は頷く。

「それでも華月様が如月流華道を継ぐとお決めになられたのは、華月様ご自身が家元様を尊敬し、家元様の様に華道を愛しているからだと、わたくしは思います。」綾乃は加奈に言う。

「華月様は幼少の頃より、家元様の手技をよくご覧になられておりました。その頃から、ご自分の手技と家元様の手技の違いを日々模索し、いつか自分も家元様の様になりたいと、よく、わたくしにお話して下さっておりましたよ。」綾乃は思い出す様に微笑む。

「その想いは今も変わらずにお持ちでいらっしゃいます。その証拠に毎日道場で華を活けておられるではありませんか。あれは誰に言われた訳でもなく、勿論、家元様もおっしゃっておりません。華月様がご自身で日課としている事でございます。わたくしの知る限り、1日たりとも休まれた事はございません。それ程、華道を愛していらっしゃるのですよ。」綾乃は加奈に言う。

「...毎日の日課って、お婆ちゃんに言われてるのかと思った...。」加奈は自分を恥じた。2つしか違わない兄は、誰に言われるでもなく、既に先の事を考えて毎日努力している事がわかったからだ。

「焦らずとも、加奈様には加奈様の歩むべき道が見えてくると思いますよ。今はバスケが何よりお好きでしょう?」綾乃は微笑みながら言う。

「うん!必ず全国大会に行きたいって思う。」加奈は力強く言う。

「それで良いのです。何かに夢中になるという事がご自身の頑張ってきた証となるのですから。」綾乃は言う。

「ありがとう!綾乃さん。お兄ちゃんを宜しくね♪」加奈は笑顔で言う。

「はい♪帰って参りましたら、記念すべき初夜のお話をたっぷりとお聞かせいたしますね♪」綾乃が言うと、2人は笑いあった。




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