ぼくの化けの皮

尾八原ジュージ

ぼくの化けの皮

お父さんへ

 今日にせもののお母さんがかえってきました。お母さんの皮をかぶっているけど目のところがぴったり合っていないので、すぐにせものだとわかりました。

 にせもののお母さんは、まずお兄ちゃんをつかまえて、口から体のなかみをずるずるっとすい出してぜんぶ食べてしまいました。おねえちゃんがきゃーっとすごい声でさけびました。にせもののお母さんは、おねえちゃんもつかまえて、同じように食べてしまいました。

 こわくてぜんぜん動けなくなっていたら、にせもののお母さんはぼくのこともつかまえました。ぼくは食べられてしまうんだと思ってぎゅっと目をつぶりました。でも食べられませんでした。にせもののお母さんはぼくをはなすと、「もりおくん、ただいま」と言いました。ぼくのなまえはちゃんと合っていたけど、ほんもののお母さんはぼくをもりおくんなんてよばないし、ごろごろしてへんなこえでした。

 ぼくがだまっていると、にせもののお母さんはもういちど「もりおくん、ただいま」と言いました。ぼくはあわてて「おかえりなさい」とこたえました。へんじができなかったら食べられてしまうと思ったからです。

 にせもののお母さんはゆっくり立ち上がって、れいぞうこの中を見て、お米をたきはじめました。それからおにいちゃんとおねえちゃんの皮をていねいにたたんで、へやのすみにおきました。

 ぼくは今、このことを、にせもののお母さんがごはんを作っているあいだに、さんすうのノートのうしろのページにこっそり書いています。こわくて字がふるえます。お父さん、ぼくをたすけにきてください。


お父さんへ

 手がみを出しに行けません。にせもののお母さんが外に出たらだめだと言うからです。にせもののお母さんはすごく耳がよくて、ぼくがこっそり歩いただけでもすぐにききつけて、ぼくをしかります。ほんもののお母さんみたいにぶたないけど、とてもこわいです。

 にせもののお母さんは、目のところがずれていて、中に小さい目が四つあって、ぐるぐるうごいています。口の中には小さくてとがったキバがずらっとならんでいます。こえもごろごろして、おかしなこえです。

 にせもののお母さんは、ごはんはふつうのごはんを作ってくれます。ぼくはほっとしました。ぼくも人げんを食べるように言われたら、どうしたらいいかわかりません。でも、そのうち人げんを食べさせられるんじゃないかと思うと、とてもこわいです。

 この手がみを書いたら、たたんでまどからおとしておきます。もしかしたら、お父さんじゃない人がひろうかもしれません。ぼくはこのアパートの204ごうしつにすんでいる、きざきもりおといいます。お母さんはにせものです。だれかたすけてください。


お父さんへ

 とてもつかれて、ねてしまいました。おきたら、にせもののお母さんが、にせもののおにいちゃんを作っていました。ぺらぺらの皮になったおにいちゃんの中に、何かつめて動くようにしてしまいました。

 にせもののおにいちゃんは、さいしょはぐにゃぐにゃで、うまく立てなかったけど、すぐに歩けるようになりました。にせもののお母さんといっしょで、口の中にびっしりキバがはえていて、目のあなのおくも、よっつの目がぐるぐるしています。

 にせもののお母さんと、にせもののお兄ちゃんが見はっているので、やっぱりぼくはぜんぜんにげられません。手がみを出しに行けません。ようやくまどの外に、この手がみをなげすてられるくらいです。

 お父さんはあたらしいおくさんと、あたらしい子どもがいて、もうかえってこないとお母さんが言ってたけど、お父さんは、こまったことがあったらいつでも言っていいと、まえにやくそくしてくれました。今、ぼくはとてもこまっています。どうかたすけにきてください。


お父さんへ

 にせもののお母さんは、にせもののおにいちゃんと同じように、にせもののおねえちゃんも作りました。そして、ときどきどこかにでかけるようになりました。

 にせもののお母さんは、まだちょっと皮がぶかぶかしているけど、こえがふつうになって、話しかたもうまくなってきたので、にせものだとばれないかもしれません。

 にせもののおにいちゃんと、にせもののおねえちゃんは、ぼくといっしょにうちにいます。もりおはびょうきになったので、おうちでねていないとだめだと言われました。でもねつは出ていないし、どこもいたくないので、外に行ってほしくないだけだと思います。ぼくが外に出て、お父さんのところや、けいさつに行かないようにしているんだと思います。

 きのうは、にせもののお母さんがカレーを作りました。スーパーのふくろから、ふつうの肉ややさいを出して作った、ふつうのカレーでした。たくさんよそってくれて、おかわりは? と何回もきかれるので、ことわるのがこわくて、たくさん食べました。

 ねてるあいだにたべられてしまう気がして、こわいです。でもどんなにがまんしても、ぜったいにねむくなってしまいます。とくに、おなかがいっぱいになるとすごくねむくなって、がまんできません。にせもののお母さんがふとんをしいてくれて、ぼくはたくさんねむってしまいました。おきたとき、食べられていなくてほっとしました。

 にせもののみんなは、ぼくをいじめたりしないけど、口のなかにびっしりキバがならんでいて、やっぱりこわいです。

 お父さん、早くたすけてください。アパートのちかくまで来て、手がみをひろってほしいです。


お父さんへ

 まだ手がみを見つけてくれていませんか。ぼくは、にせもののおにいちゃんと、にせもののおねえちゃんにはさまれてねるので、みんながねているあいだもにげられないし、にせもののお母さんはぜんぜんねむらないので、ぜんぜん外に出られません。

 学校にはもともとあまり行っていなかったけど、今はすごく学校に行きたいです。ふつうの人げんに会いたいです。でも学校に行って、みんなにせものになっていたらと思うと、すごくこわいです。

 まどの外におとした手がみは、アパートのかんり人のおじさんがすててしまったかもしれません。もしかすると、かんり人のおじさんも食べられて、にせものになってしまったのかもしれません。どうやって手がみをとどけたらいいでしょうか。


お父さんへ

 お父さんはまえと同じですか? ほんもののお父さんですか? にせもののお父さんになってしまっていませんか?

 今日は、にせもののお母さんがオムライスを作ってくれました。とり肉とかたまごの、ふつうのオムライスです。にせもののおねえちゃんが、ケチャップでぼくのなまえを書いてくれました。にせもののおねえちゃんなのに、ゆびがよく動いて字もじょうずです。皮がぶかぶかで目のいちがあってなかったりしたのに、だんだんふつうのにんげんみたいになってきています。そのうちほんものと、くべつがつかなくなるかもしれません。

 にせもののみんながやさしくて、いじめられたりしないので、だんだんこわくなくなってきて、それがこわいです。にせものの母さんは、どうしてぼくだけ食べなかったのでしょうか。ぼくも食べてしまって、にせものにしてくれなかったのは、なぜでしょうか。

 小さい字で書くようにしているけど、ノートがだんだん少なくなってきました。にせもののお母さんは、あたらしいノートをかってくれるかな。


お父さんへ

 ぼくはたぶんまだほんものだと思うけど、だんだんじしんがなくなってきました。お父さんはまだほんものですか。あたらしいおくさんや子どもはほんものですか。知らないあいだににせものになっていませんか。

 べんきょうしたいと言ったら、にせもののお母さんがあたらしいノートをかってくれました。よくべんきょうをして、もりおくんはえらいねとほめてくれました。


お父さんへ

 お父さん、おげんきですか。ぼくのことをおぼえていますか。

 今日はひさしぶりに外に出ました。にせもののおにいちゃんと、にせもののおねえちゃんと、手をつないでこうえんにいきました。たいようがすごくまぶしくて、あたたかかったです。にせもののおにいちゃんと、にせもののおねえちゃんといっしょに、ながいすべり台やぶらんこであそびました。

 にせもののおにいちゃんも、にせもののおねえちゃんも、ほんものみたいにぼくをばかにしたり、なぐったりしません。いっしょにいるとたのしいです。こんど、ぼくのたんじょうびを、みんなでおいわいしてくれるみたいです。

 お父さん、ぼくは今たのしいけれど、まちがっていますか? ほんもののかぞくといっしょじゃないと、へんですか? でももう、たすけにきてくれなくてもいいです。




「お父さん。


 けさ、おきたらみんないませんでした。

 きのうまでいっしょにたのしくしていたのに、たんじょうびのおいわいもしてもらったのに、あさになったらだれもいなくて、お母さんとおにいちゃんとおねえちゃんのからっぽの皮が、おふろにくちゃくちゃになっておいてありました。

 夜までまったけど、だれもかえってきませんでした。あさになってもきませんでした。かなしくなっていっぱいなきました。それでもかえってきませんでした。やっぱりぼくだけにせものじゃなかったからいけなかったんだ、と思いました。もう一回かぞくがほしくてたまらなくなりました。

 それで、いえにあったお金をぜんぶもって外に出ました。ちゃんとじゅうしょをおぼえていたので、えきいんさんにきいて、でんしゃにのって、お父さんのあたらしいいえにいきました。

 お父さんのいえには、ぼくよりちょっと年下くらいの男の子がいました。でも、ぼくよりも体が大きかったので、これならだいじょうぶだと思いました。それで、」




 それで息子の顔の皮を剥いだのだ、と言って、森雄もりおは静かに口を閉じた。

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