第276話 仕事漬け。そしてやばいことに気付いた

二ヶ月近く国を離れていた私は、久々に自宅に戻ってまずは大掃除。

私って、おうちに戻るたびに大掃除してないか?


大掃除や食料買い込み、お土産配りを終えて久々にのんびりしようとしてる私に、小包みたいな手紙が届いた。

差出人が王子様ってだけで嫌な予感がするのに、その宛名を見て、開封を躊躇してしまった。

『魔道城辺境支部特殊工房技術総監サラシナ筆頭魔導侯爵宛』。

なにこれ? わたしのおうち、いつの間に魔道城の支部になったの? 技術総監って何? 筆頭魔道侯爵とは?


開けるのためらってたけど、多分開けないと疑問が解消できない。

覚悟を決めて開封したら、手紙が束になってた。

差出人を見ると、彼の国でよく一緒に行動してた魔導師さんたち。そして王子様。

なんかびっくり箱開ける気分で、ドキドキしながら開封した。


王子様の手紙には、箇条書きみたいな説明と長~いリスト。

各国が魔法陣注文して来たけど魔道城の工房は国内生産分や各国への贈答譲与分生産で手一杯。

だから私に魔法陣だけ作れだって。


文中に『俺は魔道具の国際的平和利用ルールづくりで頑張った。ヒナタも当然協力してくれるよな』って書いてある。

『俺』って書いてる時点で、かなりやさぐれてる気がする。

しかもルールづくりと魔法陣作成は直接関係無いのに『当然』ってなってる。

文体も半命令形みたいな書き方だし、普段の王子様的配慮が全く見られない。

これは、相当追い詰められてるな。


宛名の理由も書いてあった。

書状が来たらビビるような大国からの十一通もの正式な依頼文書とは別に、各国の宮廷魔導師からの私宛の私信がどっさり。

宛名はサラシナ魔道侯爵だけど王城では私の住所は分からない。

私は国に居住地なんて届けてないから、城の仕分官が困って相談に来たと。


今後もわらわらと来ることが予想される他国重鎮からの手紙の仕分先が王城で分からないのは困ると、急遽機密部署を設定した。

魔道城に送っておけば、ガイ目当てに辺境にちょくちょく帰るカレンが運んでくれるから、手紙の配達はできる。

これで城の仕分係は迷わない。

その仕分用機密部署名が『魔道城辺境支部特殊工房』


続いては私の称号。

大国の宮廷魔導師がこぞって手紙を出す相手が、小国の一介の侯爵では釣り合いが取れず、国が私を不当な地位で扱っていると非難されかねない。

だから『技術総監サラシナ筆頭魔導侯爵』を名乗れと。

なんじゃそりゃ。ただの権威付けだけのお飾り称号か。

まあいいや。国の面子的問題があるなら、大国に出す手紙の時だけこの称号使えばいいか。


そして国際会議からの発表についても書かれてた。

魔素吸収魔法陣から漏れ出る変質魔素に触れ続けると、徐々に魔人化していく可能性が高いと発表した。

実際彼の国であった多くの事件を実例として挙げたらしいので、世界は改めて変質魔素の恐ろしさを再認識するだろう。

し、か、も。彼の国が魔素吸収魔法陣を秘密裏に設置した場所を公表することが、賛成多数で可決されたそうだ。

国名だけでなく、屋敷の持ち主や施設の名前までもだ。


事前に該当国には通達がなされたって……。

これって、世界の人々が変質魔素を漏出させる魔素吸収魔法陣の恐ろしさにビビったところで『ここにもあるよ』って教えるんだよね。

事前通達された国は、即座に魔素吸収魔法陣の稼働を止めさせて『すでに過去に発見して対処済み』って言うしか無い。


どうしたんだ王弟殿下。

このやり方は、正規の手順より即効性を優先する私みたいだぞ。

国際会議議長国の代表として、そんなことしちゃって大丈夫?

いつでもバックレられる私とは、立場が違うんだよ?

まあ、早く魔素吸収魔法陣が止まった方が私としては嬉しいけど、王弟殿下の変貌ぶりが、ちょっと心配になるな。


で、私にとって肝心の受注リスト。

各国別に魔法陣の種類と数が書かれてるんだけど、桁がおかしい。

飲料用水発生魔法陣x1,000って、一国で!?

冷蔵の魔法陣 大x100 中x200 小x500。

冷凍魔法陣 大x30 中x50 小x100。

魔道車用魔法陣もx1,000。

照明の魔法陣に至っては、大x1,000 中x5,000 小x10,000。

見間違えかと思って、何度も桁を数えちゃったよ。


そんなリストが十一カ国分もある。

各国十分の一ずつ分納でってなってるけど、十一カ国分もあったら、十分の一でもとんでもない数じゃん!

納期書かれてないけど、早よよこせプレッシャーがすごい。

だって、内容がほぼ必需品だもん。早くほしいに決まってる。

私、当分魔法陣作成マシーン決定です。


そして恐る恐る宮廷魔導師さんたちの手紙を開けてみた。

こちらはお仕事増えないみたいでホッとしたよ。

私が彼の国にいた時に指導した各種訓練方法と、相談事へのアイデア出しを感謝する手紙だった。

頂いたアイデアを実行してレポートを送るとあったから、ちょっと結果がたのしみだ。


だけどさ。なんでみんな特別入国許可証なんて同封してくるの?

ぜひ我が国へもお立ち寄りくださいって、私は辺境にこもるの!

まあおこもりに飽きたら海外旅行するかもしれないから、一応もらっておこう。


それからの私は、午前中に私事をこなし、午後からは工房で魔法陣づくり。そんな毎日を繰り返してます。

もうね、びっくりだよ。すでに魔力おばけなはずの私の魔力が、枯渇しそうになるの。

半日でおよそ三百個くらいの魔法陣作るのが時間的に限界なんだけど、出力の大きい魔法陣ばかりになると、魔力枯渇しそうになる。

勝手に一日のノルマを三百個に設定して頑張ってるけど、数回お風呂で意識を失った。

お風呂で溺れそうになって目が覚めるのは、もう遠慮したい。


一ヶ月以上かかってようやく一回目の出荷できたけど、このペースだとあと十ヶ月くらいかかりそう。

王子様にはおこもり宣言しちゃったし、前回の国際会議で立場が望まぬ急上昇してやさぐれてるみたいだから、私がお仕事放り出して逃走したら、多分プッツンするだろう。

王子様の立場が急上昇したのって、元を辿れば全部私にたどり着く。

流石にこの状況での逃走や雲隠れは無責任だろう。


私は辺境でのほほんと自由に過ごしたい。

王子様は辺境か地方領主くらいでゆったりと仕事がしたい。

多分私と王子様は頑張りすぎたんだ。


世界中の人々が魔物の被害に苦しんで人類が逆境期にいる中で、私はのほほん生活を心から楽しめる性格じゃない。

だからせめて、人類が明るい未来に希望を持って進める世界になってほしかった。

そうなれば、私はのほほん生活に浸っても罪悪感を感じないから。


そのために私が自身に課した義務は、ほぼ達した。

魔獣罠や破壊矢の魔法、魔道具が世界に普及を始め、世界が魔物に対して反転攻勢を始めてる。

後は魔物が駆逐され、人類が魔道具によって発展した社会を迎えるのを待つばかり。


これで他者に気兼ねすること無く心の底からのほほんとできるはずだったのに、多分私は駆け足すぎたんだ。

短時間で自身が課した義務を成そうとして、自分が予想したより各方面にインパクトを与えすぎた。


王子様は私が生み出したものを世界に広め、王子という立場の責務を充分に果たしたとして、辺境か地方に引っ込むのが望みだったはず。

だけどそのインパクトが強すぎて、結果各大国と友誼を結ぶにまで至ってしまった。


二人とも気楽にのほほんと過ごすために頑張ったはずなのに、頑張りすぎて注目されてしまったみたい。

『こいつらに任せておけばなんとかなる』

多分そんな妙な安心感を周りに与えちゃって、頼られる存在に昇格してしまったんだ。


……あれ? 私はこの魔法陣づくりが終わったら、徐々に仕事を減らして自然にフェードアウトできそうだけど、王子様やばくない?

このまま行くと、頼れる存在として国王に就任し、国際会議主要メンバーとしての活躍を各国から期待される。

王子様って当初は『第二王子だから国王にはならないし、国王が判断を誤らないための情報を収集して提供すればいい』とか思ってたはず。


……私、王子様を自分ののほほん暮らし達成のために巻き込んで、王子様の夢を潰しちゃってないか?

どうしよう、すごい引け目を感じてきた。

でもこの気持が王子様にバレたら、きっと年中多忙仲間に引きずり込まれる。

やば。どうしよう……。

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