第22話:ペリカン

 空中空港パーチ、"空"と"地上"を結ぶその場所は普段とは違う"色"をしていた。所々に辺りを照らすオレンジ色の炎がパチパチと音を立てて揺れ、上空は立ち上る煙で黒く濁っていた。

 平時であれば、多くの人々が行き交う空港内。さまざまな音で満たされているはずのその空間は今、静寂に包まれていた。

 その中を一人の少女が歩いている。彼女の膝は擦りむけ、点々と血が流れた後の残る傷があった。そして、服にはヒト一人が流せる量以上の血がベッタリとついていた。その少女の名はヒナ、スカイルーラーの技術者として都市に降り、そしてパーチを経由して"空"に帰るはずだった。

 彼女は忍び足で空港内を進んでいく。何が起こっていたのだろうか。空港内のガラスは割れ、椅子や机はひっくり返り、壁や床、天井、ありとあらゆる場所に弾痕があった。

 その中を歩いていく彼女は何かを見つけ、思わず出そうになった声を両手で抑える。辺りを見回して、誰一人立っていないその場所で声を潜めて、一人呟く。


「もう居なくなった…よね?」


 耳をつんざくような轟音が飛び込み、彼女はビクリと体を硬直させる。

 パーチの壁を破壊して一機のヒトガタが突っ込み、上半身を突き出した状態で停止していた。

 突然姿を現したその機体の頭部が後ろ斜めにスライドし、中から人影が降りるというより、ほとんど落ちるように出てきた。

 ヒナな思わず、駆け寄る。

 近づいてみると女性で、ヒナが大丈夫ですかと声をかけると、


「ああ?悪いなあんたそこを退いてくれ」


 女は無愛想に返した。

 ヒナは言われたように顔を逸らしながら横にゆっくりとずれた。

 ヒナの背後、女の視線の先に広がっていたのは大量の死屍だった。鼻をつく血と硝煙の香り、所々にいる護衛隊以外は武器を持っていない、虐殺、その言葉が適切だろう。確かに行われたのだ。また、死屍は老若男女様々であったが共通点があり、服装や身につけているアクセサリーが高価で、生活水準が高かった。

 顔を背けたくなるような光景を前にして女は笑っていた。


「陽動兼"処理"部隊はうまくやったみたいだな。今日は空の要人や空につるんでいる奴が集まる日だったしな。…けど私は失敗した。少しでも埋め合わせをしないとな」


 不穏な発言にヒナは女を背にしてその場から離れようとした。


「スカイルーラーの技術者、ヒナ、確かリストにあったな。抹殺リストに」


 ヒナは駆け出していた。女は薄く笑い、ゆっくりと腰に手を伸ばし、銃を取り出した。ヒナの背中に照準器をピタリと合わせる。引き金を引こうとした、その時、


「ヒナ!」


 少年の叫び声、その声の主は駆けてきて女の銃を蹴り上げた。そして、咄嗟に殴りかかろうとした女の首根っこを掴み地面に頭を叩きつけた。脳が揺さぶられた女の意識は闇の中に放られ動かなくなる。


「タートル、ここに来てたのか」


 ガランはボロボロの機体を見上げた。


「ガラン!」


 ヒナが勢いよくガランへ飛び込む。しゃがんでいたガランの頭を包むように抱く。


「ガラァァァァン!」


 ヒナは名前を叫び、泣き出してしまった。ガランは何もせず動かなかった。しばらく泣いて少し落ちついたヒナは違和感を覚えた。

 服にドロリとしたものが染み込んだ感覚があった。最初は自分の服に付着した血を連想したが、今ついたそれは温かったためすぐに否定された。血、ガランの血、頭に浮かんのだのはそれだった。


「ガラン!大丈夫!?」


 ヒナはすぐに腕を解き、ガランの肩を掴んで顔を見る。そこでヒナが見たものとは、


「ヒナァァァァよかっだぁ!」


 ガランの鼻から一本の白い糸がヒナの服へ付着していた。鼻水だった。ガランの顔はぐしゃぐしゃで大号泣していた。

 ヒナもそれを見て、つられるように大号泣した。

 そして、ガランは泣きながら、


「あんな事言ってごめん!何度でも帰って来てくれぇ!」

「私もごめん」


 2人はその後も軍が来るまでしばらく泣いていた。



 軍の事情聴取を受けた後、くたびれた2人は肩を寄せ合い遠くを見ていた。

 ふと、ヒナがこんなことを口にした。


「トーカは家?」


 ガランは唇を噛み締め、小さく答える。


「…ああ」

「そっか、いつもちゃんと仲良くやってる?」

「ま、まあな」

「フフ、私の願いが通じたのかもね!」

「願い?」

「ガランってね、地域によってはペリカンを表す言葉なの。でね、トーカってのもまたペリカンを表してるんだよ。ガランとも仲良くやって欲しいなぁと思って同じ意味を表す名前つけたんだ」



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機械仕掛けのペリカンはその身を削り彼らを救う イシナギ_コウ @ishinagi_kou

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