第21話:トーカ

「ちくしょう!全速力だ!」


 大型ミサイルが煙を吐きながらパーチに向けて飛んでいく。ガランは、スロットルを全開にしてイージスペリカンを加速させる。座席からの振動が速度が上がるにつれて大きくなる。

 しかし、ミサイルとの距離は縮まったが、ある一定の距離から変わらなくなる。


「速度上げてるはずのに追いつけない!トーカ何か方法が無い?」

「ある…けど…」

「教えてくれ!」


 何故かトーカはすぐには答えなかった。間を空けて言葉を紡ぎ出すように、


「ガラン…股のレバー…あるでしょ?…それひいてくれない?」


 ガランが指示された場所を見ると、黄色と黒の縞模様の衣類ハンガーをひっくり返したようなレバーだった。これは、


「おい!これ脱出用のレバーじゃねえか!!」


 それは航空機に標準的に搭載されている緊急脱出用のレバーであった。

 これは、ガランの要求する加速とは何の関係もないように思えた。


「こんな時に何の冗談だよ!ヒナを置いて逃げろってか!?」

「私は本気よ!加速させる方法は確かにあるよ!特定の部位をパージしたり、スラスターのリミッターを解除したりすれば、あのミサイルに追いつけるよ!」

「ならそうしてくれよ!」

「パイロット保護システムが大分壊れているのよ!」


 パイロット保護システム、それは高速戦闘を行うスカイルーラーにおいて、必然的に体にかかる負荷を軽減するものである。これが無ければ人間などすぐに内臓が潰れてしまうだろう。それほどの負荷が常にかかってる。


「これ以上…これ以上、速度上げるとガランが負荷に耐えきれない!」


 ガランは、ああトーカは自分のことを気遣ってくれているのだとそう思っていた。ゆえに彼は提案した、


「なら、そうだ!自動操縦でこの機体をミサイルにぶつけよう!そうすれば負荷は関係ない!忘れてた、スカイルーラーには自動操縦の機能もあるんだった。設定したら2人で脱出しよう!」


 スカイルーラーには自動操縦という機能がある。文字通り、自動で操縦してくれるもので、スタート位置に移動する時やコースから外れてしまった時に使用する。

 今現在ミサイルの軌道は実に単純で、空中空港パーチへ向かって一直線に飛んでいる。複雑な動作があまり得意ではない自動操縦であっても、接近し体当たりする程度なら容易に出来る。

 ガランはいい案だと思った、すぐに返事が返ってくると思っていた。しかし、トーカはしばらく沈黙していた。この時、いやトーカが脱出を提案した時、気づくべきだったのかもしれない。何故トーカが2人ではなくガランのみの脱出を促したのか、深く考えるべきだった。


「…ガランに言ってなかったんだけどね。この機体がタートルのミサイルを受けたあの時からね。機体の制御のシステムもほとんどやられてて、今、私が制御してる。私が降りたらこの機体は飛べない」


 そう、ガランのみが脱出できた、トーカは機体に縛られていたのだ。

 今度はガランが沈黙する番だった。


「き、きっと他にも方法が」

「ガラン…もう時間がない…」

「で、でもよぉ、そうしたらトーカが」

「ねえガラン、ここに来た目的は何?ヒナ様を助ける事でしょう?」

「お前もいなきゃ意味が無いだろうが!」

「ヒナ様を救うにはそれしか無いの、わかってよ!」


 相手を思うが故に互いの言葉は強く、そしてすれ違う。

 2人が口論をしている間も、ミサイルが着実にパーチへ近づいていている。


「ガラン!脱出装置には今、私からも干渉できないの、早く!間に合わなくなる!お願い!」


 トーカの言葉にガランの心が揺れる。ヒナを救う為にはトーカを見捨てなければならない。


「ちくしょう…ちくしょう…」



 あれはカラッと乾いた日だった。


「ガラン!新しい家族!トーカよ!」

「んあ?」


 唐突な同居人の紹介にスカイルーラーの雑誌を眺めていたガランは、間抜けな反応をした。

 彼が玄関をみると、ヒナと手をつないでいるジャンクから作り上げられた一台の家事用ロボットがいた。名はトーカ。

 これが2人の出会い。


 そして、しばらく経ったある日、


「おいふざけんな!」

「整理整頓!」

「あなた達もう仲良くなったの?」


 遠慮なく怒鳴り合う2人に、ため息混じりにヒナが言う。2人はスカイルーラーの雑誌を手に顔を近づかけ睨み合っていた。


「聞いてくれよヒナ!こいつ俺の雑誌を勝手に片付けやがった!ちゃんと順番があるのに!」

「聞いてくださいよヒナ様!何度いっても片付けなかったんですよ!わたし、引っかけてこけたんですよ!」


 互いに指差してヒナに言いつけるように話す。そして、こう付け加えた、


「ヒナがちゃんと指導しないから」

「ヒナさまがちゃんと指導しないから」

「え?これ私が悪いの!?」


 他愛もない日常の記憶、3人でつくった日常、一緒に食卓を囲み、遊び、レースに参加した。ずっと一緒だった。


 ヒナがスカウトされ旅立ったあの日もトーカはガランのそばにいた。

 しばらくの間、ガランはため息をついて元気が無かった。 

 そんなある日、ジャンクの換金からガランが返ってくると、どこから拾ってきたのか状態のいいスカイルーラーの雑誌を手にいっぱいに持って、


「これ上げる」


 トーカはガランに差し出した、ボディには泥がついていた、傷もあった。元気づけようと一生懸命探してきたのだろう。


「ありがとう」

「正直私も寂しいんだけど、2人で頑張ろ」

「ああ、心配かけて悪かったな」

「本当によ!」


 トーカはガランにとって大切な家族、その家族が今現在懇願している、わたしを見捨てろと、家族を、ヒナを救えと、


「最期のお願いよ!ガラン!」


 ガランは震える手でレバーにゆっくりと手をかけた。その手に一滴の赤い雫が落ちる。続けて透明な雫が落ちて赤が滲む。

 ガランは唇を強く噛み締めていた、プツンと切れたした唇からは血が出ていた。目には涙を浮かべ溢れ出ている。彼は大きく深呼吸をした。数度繰り返し、口を開く、


「トーカ、ごめ――」

「謝らないで、これは私が望んだこと。私こそあなたに苦しませてごめんなさい」


 ガランは頭を左右に振る。そして大きな声ではっきり言い直す。


「ありがとう」


 ガランは笑顔をつくった精一杯。うまくできてるかわからないけど、涙でぐしゃぐしゃだと思うけど、それでも。

 それを見たトーカは心底嬉しそうに、


「ヒナさまをお願いね、ほんと楽しかった」


 ガランはレバーを勢いよく引いた。パイロットに飛行機能を付加する保護スーツがガランを包む、そして座席ごと上方に射出した。トーカの乗るイージスペリカンが遠くなっていく。

 ガランが脱出して、すぐに機体の不要な部分がパージされ、スラスターの火の色が変わる。そして、大きな加速を得て飛んでいく。

 人の居なくなったコックピット。スクリーンに映るミサイルに近づいていく中、


「もし生まれ変わったら、また2人のそばにいたいな」


 トーカが一人呟いた。


 爆発。空一面を染めてしまうような大爆発。

 雲を吹き飛ばし、後には何も残らなかった。


「トーカァァァァ!」


 ガランの悲痛な叫びだけがこの空に響き渡っていた。


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