第19話:障壁

 ガランを覗いているものが一つあった。イージスペリカンが動くと鏡の様にピタリとついてくる。それは銃口、先程からイージスペリカン・ヒトガタ形態の頭部からすぐ下の位置を狙っていた。そこは装甲がなく本体が露出していて、さらにその下にはコックピットがあった。

 彼はゆっくりと固唾を飲んだ。スカイルーラーは"本体"と呼ばれるヒトガタがあり、その周りを装甲や武装で身を包んでいる。そしてその"本体"表面を"障壁"という絶対ともいえるシールドが覆っていた。


 この絶対は確かなもので実銃、実弾を使用して撃ち撃たれ、ブレードで斬り斬られるレースというには、あまりにも過激で暴力的なスカイルーラーを、殺し合いではなく安全な競技にする事を可能にしているのだ。それはこれまでの記録で破られた事は無い。

 だからガランはその銃口に怯える必要は無いのだ。障壁がある限り、タートルの攻撃は通らない。しかし、相手もそれを分かりきっている筈だとガランは考えていた。そうなると、もしかしたらという懸念は当然、拭えない。

 小さなノイズと共に音声が流れ始める。タートルからの通信だ。


「お前、イージスペリカンのパイロットでは無いな。本当のパイロットはどこにやった?」


 声が常に裏返っている様な変な声だった。恐らく声を変換しているのだろう。相手の怒りはそんな声でも十分に伝わってきた。


「……」


 ガランは何も答え無かった。彼は質問に対する返答ではなく、この状況を脱する方法を必死に考えていた。

 テロ開始時間が刻一刻と進んでいる。時間はない、悠長に話している暇はない、相手は障壁を破る術を持っているのか否か、判断を迫られる。

 何の返答も無い事に痺れを切らしたタートルがため息混じりに、


「私は時間が無いんだ。早く答えてくれ。お前が正規のパイロットでは無い事はわかってるんだ。何なら根拠を示してやろうか?

 最初のバトルエリア冒頭でミサイルの一斉射、あれはペリカンの手前で爆発してダメージを受けない手筈になっていた。お前はそれをイージスでわざわざ防いで破損させた。

 そして、あいつ、いやペリカンの正規パイロットは岩柱地帯をあのようには飛ばない、この地形は初めてだからな。

 な?わかっただろ?早く答えろ」


 タートルは苛立っていた、いつ撃ってもおかしくない状況だった。

 ガランはマイクをオフのまま、


「トーカ、チャフはあるか?」

「あるよ?」

「カウントするからばら撒いてくれ、やっぱり障壁を破る方法なんて存在しないはずだ。一応、盾を展開しながらここから離れ――」

「障壁が破れないとでも?」


 何かしら手段で聞いていたのか、ガランの言葉を遮る。緊張の糸がピンと張る。


「正規パイロットはどうした?次はないぞ」


 もし障壁を破れるのならば、選択肢は一つしかない。


「ロッカーで眠ってるよ。安全だ」


 機体が破壊されては元も子もない。ガランは相手の話にしばらく付き合う事を決め、正直に答えた。


「そうか…」


 タートルが小さく呟いた。そして次の瞬間銃口が光を帯びた。

 ガランは身構えたが、機体にダメージは無かった。つまり障壁がしっかり機能した事を示していた。


「まあ、当然この銃じゃ貫けない」


 タートルは鼻で笑う様に言った。


「クソっハッタリかよ!時間を無駄にした」


 ガランはタートルに背を向け、急加速し、パーチに向けて飛んでいく。

 それを見ながらタートルは、


「今のままではな」


 機体の背部で爆発が起きる。衝撃が伝わったが損傷はない。ガランほっと息をはいたが、安堵したのも束の間タートルが先程の銃を数発撃った。

 怯んでいたガランは対応に遅れた、ほとんどが装甲のある部分に着弾したが、1、2発が本体が露出している場所に着弾、音が違う。さっきは通らなかったダメージが入る。それは障壁が消えてる事をあらわしていた。


「今なら通る」

「さっきの爆発で障壁が消えた!?いつ爆弾を仕掛けられた!?」

「試し打ちは終わりだ、終わらせる、確実にな」


 タートルの各部が展開し大量のミサイルがガラン達を囲い込む様に飛んでくる。


 ミサイルが機体に着弾、ガランはコックピットで激しく揺さぶられる。正面スクリーンには幾つもの赤文字が流れていき、警告音が鳴り響く。


「ふん!耐えたか、防御型だしな。だが次で終わりだ」


 タートル再び同量のミサイルを発射する。

 先程の攻撃で機体の装甲のほとんどが破壊され、本体の大部分が露出している。盾と大剣は頑丈にできている為かまだ原型をとどめていが、もうカバーしきれない。次ミサイルに当たれば終わりだ。


「ちくしょおぉぉぉ!」


 もう打てる手はない。ガランは悲痛の叫びを上げた。

 ミサイルは美しい流線を描きながらイージスペリカンへ着弾、しなかった。

 ミサイルは示し合わせたようにイージスペリカンから逸れて機体の周りを回っている。

 ガランは驚きのあまり言葉を失っていた。


「この機体の隠し兵装をやっと解析できた!これで大丈夫!」


 トーカが話し始める。


「ガラン、これがこの機体の隠し兵装、"ペリカン"よ」

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