第9話:出会い

 雲一つない青い空が広がっていた。しかし、目線を下に落とすと、一様に広がる空と対照的に歪な瓦礫の山が無秩序に連なっていた。そんな瓦礫を縫う様に伸びる一本道、蛇行するその道を風が駆け抜け鳴いている。

 身体の底に響く低音の唸り声が静寂を破った。

 道を通る複数の機影。それはホバーバイクと呼ばれる代物であった。直径2.5メートル球体状のボディからのびるスラスターのついた短い手足を動かし、低空を滑るように駆け抜けていく。

 我先にとせめぎ合っていた。ホバーバイクのレースの先頭集団から誰も抜け出せずにいた。

 痺れを切らした一機が急なカーブで無理矢理前へ出ようと加速するが、曲がりきれず道端の瓦礫に接触し体勢を崩してクラッシュ、そのまま瓦礫の山に衝突した。山はドミノ倒しのように連鎖して崩れ始め、先頭集団の上から瓦礫の雨が降る。

 次々とホバーバイクが転倒していく中、1機が無慈悲な雨を抜け、先頭に躍り出た。

 最後の直線、ゴールは目前、その機体の一位はかたい…はずだったが、

 突然、機体の脚部からくぐもった音がして、黒煙が上がった。そして左へ右へよろめきながら徐々に失速していく。その間に瓦礫を抜けてきた別のホバーバイク数機に追い越され、最終的な順位は6位まで落としてしまった。


「くそがぁぁぁぁぁ!!」


 機体上面のハッチから飛び出してきたのは小柄な少年だった。

 レース後、彼はホバーバイク以外の移動手段を持ち合わせてなかった為、その場で機体を移動ぐらいには使えるようにと、修理していた。

 

「あーあ、あと少しだったのになっ!」


 その場しのぎではあるが修理が終わった少年は、石を不満気に蹴飛ばし、コックピットに乗り込もうとした。その時、


「やあやあ!君の走り凄いね!」


 1人の少女がバイクに取り付き少年に話しかけてきた、


「誰だ、お前」

「私はヒナ!ガランくんだよね?私ねメカニックしているだけど、どう?君のマシーンをもっと速く出来るよ!」

「別に求めてねぇよ、危ないから降りろ」

「OKしてくれるまで離れない!」


 ガランは舌打ちをすると機体を起動し左右に軽く揺すった。軽くとは言っても人が掴んでいられる勢いではない。ヒナは小さな悲鳴をあげて尻から地面に落ちた。そして、頬を膨らませ右拳を掲げ、


「危ないじゃない!」

「だから危ないって言ったろ、じゃあな」


 ガランはヒナに背を向け、ホバーバイクを走らせた。


「諦めないからね!」

 


 ―― 数日後—

 次のレース、ガランは先日の故障の度合いが思っていた以上に酷く、当日までに整備が間に合わなかった。その為、辛うじて走れたものの、レースの結果は散々たるものだった。彼は深いため息をつき帰路につこうとホバーバイクに乗ろうとした時、肩を何者かに叩かれる、


「ねえ、私必要でしょ?」


 ヒナだった。


「いいって」


 ガランは振り切るようにホバーバイクを起動した、が、

 クラッカーを弾いたような軽い音がして、またホバーバイクが黒煙をあげた。


「ゲホゲホ!まじかよぉ」


 機体の修理中


 ガランがメンテナンスハッチを開き、手を突っ込んでいると、


「あーそこそうやっちゃうんだ」


 しゃがんでいるガランの頭の上からヒナがニヤけながら言った。


「うるせぇよ」

「ほらやっぱり私必要-」


 ヒナの言葉が突然詰まる。ガランが何かをヒナに向けていた。


「なにもそんなもの持ち出さなくても…」


 それは拳銃だった。


「こんなご時世だ、そうやすやすと人を信じれねぇんだよ。機体を整備すると言って意図的に破壊された事もあるしな。

 走るのが好きでレースやってるのもあるが、何より賞金が手に入る。生活の為にはそれが必要なんだ。このホバーバイクが無くなればそれも狙えない。何処の誰かもわからないお前に易々と触らせられない。頼むからどっか行ってくれ」

「…わかった」


 ヒナは肩を落とし、離れていく、時々振り返り何かを言おうとしていたが、結局何も言わずに何処かへ消えていった。


 さらに数日後


「ったく、なんであいつ俺に来だんだろう。まぁ、あれから来ないしいいか」


 ガランは使えそうなパーツがないか瓦礫の山を漁っていた。


「ねぇな。ここらへんはもう取られてんな。うぉっ」


 ガランは咄嗟に一際大きな瓦礫に隠れた。


(なんであいつが)


 ヒナが瓦礫をどかし、その山の中に入っていった。


「こんなところ住めたもんじゃないと思うが」


 何となくついていく。


「こんなところが」


 瓦礫の中にシェルターがあった。


「はぁー。ガランって子、うまくいけると思ったんだけどな」


 ヒナはため息をつきながらシェルターを歩いていく、


「あの子の起動はまだできてないし」


 立ち止まる、そこには二つの墓があった。


「お父さん、お母さんやっぱ、寂しいよ」


 ヒナはしゃがみこみ、大声うなだれていた。


「私が売れるものってお父さんお母さんから受け継いだメカニックとしての技術だけだし、大人に話しても相手にしてくれないし、歳が近そうなあの子ならって思ったんだけどなぁ。…友達とかになれるかなぁって…ダメダメ!もうダメなんだから考えない!」


 そう言って貯水タンクからバケツに水を出した。


「水浴びてスッキリしよっ」


 ヒナは服を脱ぎ始めたその時、

 ガタンッ

 音の聞こえた方を見るとガランがいた。


「いや!これは違うたまたまで!」

「覗いたの?」

「いや!」

「まあいいわ」


 ヒナはガランの顔に息がかかるほど顔を近づける。


「それでお詫びは?」

「ふぇ?」


 目を逸らそうとしていたガランが情け無い声をあげる。


「出るレースで言いふらすよ。覗きだって」

「そ、それはやめろ!」


 ヒナがガランの肩をがっしりと掴む。


「じゃあ機体をいじらせて?」

「ひ、卑怯だぞ!」

「じゃあ――」

「わかった、わかったから、一回だけだぞ!まぁ今、俺じゃどうしよもできない状態だけど」

「それじゃあ契約成立ね!」


 ヒナが手を伸ばし、ガランは渋々握手した。そして顔を真っ赤にしたガランが、


「それはそうと…服をきろぉ!」




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