第5話:ヒナ

「ってどうしたのその怪我!」


 家の前に立つその少女は、ガランに駆け寄り、ためらいなく顔をぺたぺたと触る。


「っておい!そんなことをよりなんでヒナがここにいるんだよ!"空"にいるはずだろ!?」


 ガランが煩わしそうに手をどけながら言うと、


「近くまで来たからさ、帰って来たくなっちゃって。迷惑だった?」


 ヒナと呼ばれた少女の身長はガランより少し低くく、そこから上目遣いで彼の目をじっと見つめる。


「め、迷惑じゃねえよ。ただ教えてくれたら色々準備したのにってだけだ」


 ガランは顔を横に逸らして、小さな声で呟く。耳の先は薄紅に染まっていた。ヒナは心底嬉しそうに笑いガランに飛びつこうとする。


「キャー!ガランがそんなに思ってくれてたなんて!ヒナお姉ちゃん嬉しい!」


 ガランは片手でヒナの額を押さえそれを防いだ。ヒナの顔の皮が引っ張られ、目が凄い事になっていた。


「やめろ!それにたった2歳違うだけだろ」

「嬉しいくせに!」


 それでも跳ねながら無理に抱きつこうとするその振る舞いは、ガランより年上には見えなかった。


「それはそうと外のは、ヒナの知り合いか?」

「仕事の人だよ。一人で大丈夫って言ったんだけどね。なかなか許してくれなくて」


 二人は少しの会話の後、我が家に入る。


「ガラン!こんな遅くまでどこ行ってたの!」


 腕を組みながらトーカが体を前に倒して怒鳴った。だいぶご立腹のようだ。


「うるせえ!どこでもいいだろ!」


 2人は睨み合い、そして同時にヒナの方を見て


「聞いてくれよヒナ!子供じゃ無いのにこいつ、いつも突っかかってくるんだぜ!」

「聞いてくださいよヒナ様!ガランが全然言うことくれないんですよ!」


 それを見てヒナはフフと小さい笑い、


「ただいま」

「おかえり」

「おかえりなさいませ」




「私がここを出て3年がだったんだよね」


 ヒナは自分の部屋をしみじみと見回した。部屋は綺麗なまま維持されていた。

 彼女は一つの写真を手に取った。ガランとトーカ、それからヒナが写っている。ヒナが家を出る前に撮ったものだ。


「お姉ちゃん嬉しい!泣き虫ガランがこんな立派になって」


 ガランは再び抱きつこうとするのを防ぎながら、


「もう泣き虫は卒業したよ」

「ヒナ様が出た後も割と泣いてましたよ」


 半開きのドア越しにトーカが言葉を差し込む。


「余計なこと言うんじゃねえ!!」


 勢いよく扉を閉めた。ふうとため息をついたガランは話題を変える。


「なんでまたこの地域に、意外と来るのか」

「ううん。滅多に来れないんだけど、ウィールズ社の最新の技術についてフリーダム社のエンジニアとして見学に来たんだよ。でもその予定がキャンセルになって余裕が出来たからここに来れたの」

「へえそうなのか」

「あっそうだ!スカイルーラーの雑誌持ってきたよ。ガラン好きでしょ」


 "スカイルーラー"このワードを耳にした時ガランの表情が少し曇る。

 ヒナは革製のバッグから数冊の雑誌を取り出した。


「…ありがとう」


 ガランは雑誌を受け取りおもむろに開くと様々なスカイルーラーとそのパイロットの写真が載っていた。そして、見出しには大きく“新人のスカイルーラー特集”とあった。


「あっそれのメインの設計わたしがしたんだよ!その機体のコンセプトはね…」


 スカイルラーの話を嬉々として話すヒナ。

 笑顔を作っているがガランの表情が少しずつ曇っていく。スカイルーラーへの道を開くために、市民IDのために稼いだ日々が思いだされる。そして、その結果も。


「ガランにも見せたかったなあ。ガランも運転すごいんだから非公式レースじゃなくて公式レースに出れればきっと…」

「それができれば苦労しねえよ!!」


 ガランの怒号がヒナの言葉を断ち切った。


「お前は良いよな!腕をたまたま認められて、空にスカイルーラーの技術者として上がれたんだもんな。そんなやつにはわからねぇよ!こんな掃きだめの世界でスタートラインに立つことの難しさが!」


 内側から溢れ出る暗いもの、それは嫉妬だった。ヒナはスカイルーラーの技術者としてやれている。自分はその世界のスタートラインにすら立っていない。この現実が彼の心を侵した。


 「そ、そんな言い方ないでしょ!」

 「うるさい!てめぇの自慢話なんて聞きたくない!そんな事なら…帰って来ない方が良かったよ!」


 ヒナから言葉はかえって来なかった。ガランはヒナを見る。表情が固まったまま、目から大粒の涙がポロポロと溢れ出ていた。


(やってしまった)


 熱が急速に覚めた。自責の念に耐えきれなくなった彼はヒナを置いて部屋から逃げるように出て行った。


「ガランもうそろそろ料理ができ…」


 部屋の前にいたトーカを無視してガランは自分の部屋に篭った。そのままベッドにうずくまる。そのまま夜を越した。 


 夜が明ける。よく眠れるハズもなく目を真っ赤にしたガランは部屋の扉を恐る恐る開ける。部屋から出てリビングに行くと、机にしわくちゃの手紙が一枚置いてあった。


『ガランへ

 久しぶりに顔が見れてよかった。昨日はごめんね。ガランも頑張ってるのに無神経なことを言って。

 まだ家にいたいのだけど、もう空に戻らないといけないの。次いつ帰れるかわからないけど、また帰ってきたいな。

 体に気を付けてね。

 ヒナより』


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