第4話:サーバル
どれくらい時間が経ったのだろうか。格子のついた小窓から見える空には星が輝いていた。ガランの意識は、いまだモヤがかかったようにはっきりしていない。
吐く息が聞こえるような静寂の中で、金属が勢いよくぶつかる音がした。鉄格子越しの向こう側、廊下の端の扉が開いていた。
「うわああ!!やつらだ!テロリストどもが来た!!」
ガランはその声に聞き覚えがあった。彼に何度も拳を叩き込んだ門番の男だ。ガランは一瞬、門番の男が言っていた拷問の時間なのかと思ったが、それにしては様子がおかしい。声は怯え、震え、顔はひきつっている。今笑顔をつくろうとしても到底出来そうない。
扉から飛び出した門番の男の足取りは不安定で、案の定つまずいてしまい、盛大に顔から地面に倒れる。鼻からは血を垂らし、べそをかいている。そんな情け無い表情のまま、男は四つん這いで必死に四肢を動かして前に進もう前に進もうとあがいていた。
空気を切る音と共に花が咲いた。叫んだ門番の男の頭から真っ赤な血の花が。男は頭を地面に強く打ち付け自身の血の池に顔を沈める。もうピクリとすら動かない。
死んだ、門番の男が死んだ。その光景を前にガランの本能が警鐘を鳴らし、意識は完全に覚醒させられた。
この場にいては危険である事は疑いようが無かった。ガランは体を動かすが、先程の拷問中の時と状況が変わっているはずもなく、身動きがとれない。
扉の向こう側から靴がコンクリートの床を叩く音が聞こえてきた。
ガランは目を見開き、言葉を発さずに、より一層必死に身を捩らせて拘束を解こうとする。しかし、ベルトは体に食い込むばかりで一向に解ける気配はない。
足音が止まる。扉から現れた影は二つ。黒いツナギを身に纏い、顔を布で覆っていた。手の自動小銃が不気味に煌く。彼らは鍵を一捻りしてガランの収容されている独房に入ってきた。
そして、小さな板状の端末を取り出してガランとその端末を交互に見る。どうやら何か確認できたようで、二人は顔を見合わせて頷き、内一人がガランに近づいてくる。ツナギは後ろに手を回しナイフを取り出した。
ガランは思わず目を閉じた。殺される、そう思った。
「君、大丈夫よ。もう大丈夫」
女の声。プツンとベルトが切られ体の拘束が緩くなり、ガランは自由に動かせるようになった。少し体を動かしただけであちこちがまだ痛む。
「立てる?肩いる?」
手袋に覆われた手がガランへ差し伸ばされる。ガランは拘束を解いてくれたツナギを敵ではないと判断し、その手をつかむ。彼は女ツナギの肩を借りながらゆっくりと腰を上げる。すると、
「キャッ」
「おっと」
女がバランスを崩し倒れそうになった。そこをもう一人の声から男と思われるツナギが二人を支え、倒れるのを防いだ。
「俺が彼に肩を貸しますよ。あなたにケガがあったら、いくら完璧な作戦でも意味がない。それにまだ大事な仕事がありますよ。よっと」
男ツナギが女ツナギを立たせようと手を引くと、
「これくらい大丈夫よ!昔にみたいに柔じゃないんだから!」
女ツナギは男ツナギの手をはらい自力で立ち上がり、牢屋を出ていってしまった。その後ろから見える耳は淡く紅に染まっていた。男はやれやれと頭を振り、ガランを引き上げ、後をついていく。
門の施設の牢屋に囚われていたのはガランだけではないようだった。数十人の人々がツナギ達に誘導されて進んでいく。施設から出てすぐに大型のホバートラックが横に着けてあった。ガラン達はその荷台の中、並んだ簡素な座席に腰かけた。ホバートラックの運転席と繋がる小さな扉が開き、
「これで不法に拘束されていた外の住人は全員か?」
「ええ」
「ああ」
運転手の問いに助けてくれた二人がそう短く答えると、さらに数名のツナギも乗り込み発進した。門番たちの銃撃の中をくぐりぬけ彼らは都市の外の世界に出た。
門番の追跡を振り切った後は、収容されていた人々の各希望の場所に順次降ろしていった。ガランは最後だった。
「君が最後ね。気をつけて」
ホバートラックから降りたガランは振り返り、尋ねた。
「あんたらは?」
「私たちはサーバル。格差に抗い、外の世界のために戦うものよ。大丈夫。もうすぐ世界は変わる。変えて見せるから」
ホバートラックが夜の闇に消えていき荒野に残るのはガランの影たった一つ。
「何してるんだ俺」
とある言葉がよぎる。
(プライドがないんか!)
レースをしたツインナイトのパイロットの言葉だった。
「プライドが無いわけないだろうが!負けて良いわけないだろうが!それでもお金が必要だったんだ!市民IDが欲しかったんだ!スカイルーラーへの道が欲しかったんだ…」
荒野にぽつぽつと雫が落ちる。
「何してるんだ俺」
ガランは一人泣いた。これまでの人生でこれほど泣いたことはなかった。夜空の下、一人の少年の声が虚しく響いていた。
泣き疲れ、暗い表情のガランが歩く先にようやく彼の家が見えてきた。ガランは両手で涙をぬぐい、頬を叩く。
涙でゆがんでいた視界がもとに戻り、異様さ気づく。
「誰だ」
家の前には大勢の人がいた。そして皆、寂れた外の世界にはあまりにも不相応な綺麗なスーツに身を包み銃器を所持していた。
「ひどい身なりね。外じゃこれが普通なのかしら。君がガラン君ね。あなた達、通してあげなさい」
深い皺が目立つが背筋はピンとしている老齢の女性がスーツ達に指示を出す。
ガランが進むのに合わせて左右に分かれていく。そして家の前に来ると1人の少女が立っていた。
彼女は跳ねながら犬がしっぽを振るように手を振った。
「おかえり!ガラン!」
ガランは目を白黒させて、驚きの声を上げた。
「…ヒナ!?」
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