第3話:偽造ID

「トーカもきっと驚くぞ!!」


 ガランはハンドルに手をかけながら、もう片手で市民IDカードを表に裏に翻しては頬を緩ませている。街から出てずっとこの調子である。

 彼のこれからの計画は、一度家に帰り、トーカ見せびらかした後で、都市の新しい家を下見をするというものだったが、


「トーカには悪いけど、少しだけ都市を見に行くか!!」


 都市に行きたいという気持ちが抑えきれないガランは、家路に向いていたバギーのハンドルを大きく切る。あまりにも勢いよく動かしたので危うく転倒しそうになりながらバギーは都市の方へ走り出した。


 太陽が頂を越えて下り始める頃、代わり映えしない風景を経て、


「見えてきた、見えてきた!!」


 荒野の中にそびえ立つ巨大なビルの密集地が見えてきた。自然の中で一際異様な存在、"都市"である。ガランは目を輝かせバギーの速度をあげる。

 近づくにつれてその大きさが際立つとともに、もう一つ見えてきたものがあった。壁だ。ビル群及びその周辺を高さ20メートル近くはあろう壁が大きく囲み、外の世界と中の世界を隔てていた。


「入口は…あそこか!」


 壁に向かって伸びる一本の列があった。乗り物が並び、壁の中の世界に通じている。警備の関係上、都市へのアクセスは極端に少ない、そこは地上から都市に入る数少ない入口であった。

 ガランは列の最後尾にバギーを滑らせる。長蛇だった割にはスムーズに列は進み、ガランはすぐに入口まで来ることができた。

 入口には縦横十数メートルにもなるゲートが口を開け、その中は青の光のカーテンで満たされ、ゆらめいている。ガランは固唾を飲み、慎重にバギーを進めると、


「ID確認、ようこそルイス様」


 ゲートを抜けると音声が流れ、上から吊り下げられているディスプレイに名前と誘導指示が表示される。ちなみにルイスとはガランの市民IDに書かれている名前である。フォックスによると実名での登録はできなかったらしい。

 ガランは誘導されるままバギーを進める。その間も落ち着きのない様子でキョロキョロとあたりを見回していた。

 しばらくバギーを走らせたその先、終着はガランの想像していたものとは大きく違った。彼は華やかな世界を期待していたのだが、今いるのは殺風景な鉄の壁に阻まれた袋小路。彼はソワソワしていたとはいえ指示どおり動いた、道を間違えたわけではない。ガランは頭ひねる、都市とはもしかしたらこういうところなのかと。


「ようこそ」


 突然、後方で扉が滑る音がした。その方を見ると壁の一部がスライドし銃器を持った者が5人でできた。彼らは無駄のない動きでバギーの周りを素早く取り囲んだ。

 運転席側に立っていた一人がガランに歩み寄り、彼の耳元に口を近づけ、


「あなた様がルイス様でしょうか」


 はい、ガランそう返事した瞬間、背中にまるで電撃に打たれたような痛みがはしる。彼の意識は突然、闇に放られたのだった。



「うう…」


 ガランはうめき声と共に目を開けた。


「寒い」


 仄かな寒さが彼を包む。歪んでいた視界、世界の輪郭がだんだんとカタチを成してきた。ガランの目に映ったのは横に並んだ鉄の棒、鉄格子であった。彼は驚きで体をよじったが、びくともしない、身動きが取れない。手足を見ると革製のベルトが体に食い込むほど強く、彼を椅子に縛り付けていた。


「うーん。ガラン君。君はID偽造が重罪だと知っているかな」


 唐突に横から声を掛けられる。視線を椅子からそちらに向けると、いつの間にか、あるいは最初からいたのか、男が立っていた。男は服がはち切れそうなほど筋骨隆々で、薄く笑っていた



「何を言って――」


 ガランの頬が波打ち、熱を帯びる。男は彼の顔に拳を打ち込んでいた。続いて、腹部に鈍い痛みが走り思わず大きく咳き込んだ。

 表情を変えずに男はもう一度問う。


「知っているかな」

「し、知ってるさ!だが、それは正規のIDだ!!」

「ほほう。そうかね。では質問を変えようか」


 男は自分の顎を撫でて、満面の笑顔を作った。


「フォックスは元気かね?」


 ガランは表情の見えぬよう顔を逸らし、


「誰の事だか」


 吐き捨てるように言った。そうか、と男はポケットから何かを取り出した。それは、白い厚手の手袋。男それにゆっくりと手に通しながら、


「フォックスには感謝せんとな。いつも様々なレパートリーのおもちゃを提供してくれるからな。フフフ、今回の拷問は何を使おうかね。そうだなあ前回は電気椅子だったな」


 男は拳を固め大きく振りかぶった。


「今回はシンプルに拳なんてのはどうだろう!!」


 赤い液体が床に飛び散る。鉄の味がした。


「いやあホント、フォックスには感謝しかないよ!馬鹿な輩が偽造ID手に入れてここにくるからなあ!薄汚くて、醜い、敗北者の住む都市外に足を運ばなくても健康的なおもちゃを送ってくれるんだからな!殺したところでIDを持っていないお前らは問題ないな!!」


 何度も繰り出される拳がガランの体にめり込んでいく。


「フォックスからきいたぞぉ? スカイルーラーに出たいってなぁ。いい夢じゃないか。だが外のゴミが抱くには大きすぎたなぁ!!」


 男は息を荒げ、目を血走らせ、暴力をふるうことに喜悦していた。ガランはうめき声を上げながらも歯を食いしばり必死に耐える。そうする事しか出来なかった。


 数分間殴られ続けた。最終的に椅子が衝撃に耐え切れず、足が折れ、ガランは地面に倒れる。拳は自然と止まり、男は肩を上下させながら汗をぬぐった。


「いい運動だった。まだ続けたいが、俺はあいにく門番の仕事があるからな。まぁほとんど自動化してるとはいえ、スカイルーラーが近いせいで忙しくてな。まあ今日は夜が空いてるから楽しみにしてくれ、よ!」


 倒れているガランの頭へ上から一撃。視界が揺らぎ、男の高笑いが遠のいていく。そして意識が希釈されるように、ゆっくりと再び闇の中へ溶けていった。

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