第2話:市民ID
人型ロボット、通称"ヒトガタ"が一機、荒野を低空飛行している。少年ガランのレースヒトガタ”テイコウ”である。
「だ!か!ら!どーゆーことなのか説明してほしいんで!す!け!ど!」
「うるせえなあ…言ったじゃねえか手が滑ったって」
「そんなんで納得できるかぁ!」
コックピットの中で男女の怒号が飛び交っている。話の内容は先程のツインナイトとのレースについて。彼らは移動中ずっと言い合っていた。
「チッ。ヒナが帰ってきたらトーカをもう少しおしとやかにチューニングしてもらおう」
ボソッとガランが呟くと、
「おい!聞こえたぞ!」
ノイズ交じりの女の声がコックピット内で響いた。どうやらトーカと呼ばれた女の声はコックピット内のスピーカーからのようだ。無線だろうか。
しばらくして賑やかな二つの声をのせたテイコウはとあるツギハギの家の前で止まり、着陸した。
「家、着いたぞ」
機体の停止と共にスピーカーのすぐ隣のボタンを押すと、スピーカーが前にせり出す。ガランはそこに手を入れ、手の平に収まるほどの黒い立方体を取り出した。
「それにその袋!なんでレース前より膨らんでるの?」
「ヒナめ。なんでこんな口うるさくしたんだよ…」
「聞いてる?」
はいはい、ガランはそう言って黒い箱、AIトーカと座席後ろのお金の入った袋を持って機体から降り、家に入る。
彼らの家は何の素材かわからないような色の違う板を張り付けました!というような外観だが、家の中の印象は違うものだった。床や壁は綺麗に掃除され家具類も充実しており、新品とはいかないものの状態が良いものが多かった。
ガランは玄関隅の円柱状の家事用ロボットの頭部にAIトーカの本体である黒い箱を入れる。小刻みに振動した後、円柱外周に沿ってあるデジタル画面が光を得て、目のような2つの点が現れた。その2つの点はガランの方に向き、胴体から伸びた腕を正面で組んだ。
「まあ、話は後として、疲れてるだろうしシャワーをでも浴びてきたら?ってアレ」
ガランは部屋に入らず、袋を背負って外へ出ようとしていた。
「ちょっとバギーで出てくる」
「どこ行くの?」
「どこでもいいだろ」
「場所くらいいいでしょ? ガランに何かあったら支援AIとして作ってくださったヒナ様に顔向けできない。それに…最近黙ってどこか行ってるし…いつも心配なんだけど」
トーカの声は尻すぼみに小さくなる。
「まあ、夕飯時には帰るよ」
そう言ってトーカを家に残しそそくさと出て行ってしまった。
「…もう…」
トーカは腰に手を当てうなだれ、ため息をついていた。
ガランは今度はテイコウではなく、骨組みがむき出しの無骨なバギーに乗り込み、助手席に袋を投げ入れた。そして、エンジンに火を入れ、
「たぶん、今言ったら行かさしてくれないだろ」
そう小さく呟いてガランはバギーを発進させた。
バギーは亀裂の入ったアスファルトの上をその破片を飛ばしながら進んでいく。
走り初めは何の変哲もない荒野が視界に広がっていたが、進むにつれて別のものが見えてきた。酷く損傷した車両、五体満足ではない大型のロボットなどありとあらゆる鉄塊が道路の左右に積み上げられている。そしてその鉄塊の上には人の姿や重機が見られ、漁っているようだった。
その鉄の道を暫く進むと建物が密集している場所あった。ガランはその街に入る手前でバギーを降り、袋を背負って徒歩で中に入る。
ガランはとある建物の前で足を止めた。3階建の高い柵に囲まれたビルだった。門の前に行くと左右から彼の額に向けて赤い光が照らされる。
『誰だ?』
門のスピーカーから低い声。
「ガランだ。例のものを。金は持ってきた」
『ふん。わかった一階に入れ』
門が金属の擦れる高い音を出しながら開き、彼は中に入る。その間ずっとさっきの光の主である門の上のターレットがガランに狙いを定めていた。低い声の主はよほど用心深いらしい。
門から建物へはすぐだった。家の扉が自動で開き、中に入ると、机に幾つもの書類や機械類がまばらに置いてあり散らかっている。そして、部屋の右の壁にはテレビがあった。電源がついたままだ。今はCMが流れている。
『我々人間は14年前まで戦争をしていました。空と地上。生まれた格差は人の心を蝕み、兵器を用いてその心を体現してしまいました。
そのような醜い争いを終わらせた一人の英雄がいました。彼はヒトガタを駆って勇敢に戦い、この世界に平和をもたらしました。縦横無尽に空を舞う彼はこう呼ばれていました”スカイルーラー《空を支配する者》”と。我々は平和をもたらした彼に敬意を表し最高峰のレースロボット達に同じ名前を付けました。
今年もついにそのスカイルーラーを駆る者達がこの都市にやって来るのです!彼らは――』
「ぶつは?」
部屋の奥から頭の禿げた小柄な男が出てくる。
ガランは袋を掲げて見せた。
「よし。左の壁の箱に入れろ。袋から出してな」
ガランは言われた通り、袋をひっくり返してお金を左の壁からせり出した箱の中に入れた。機械音と共にその額が素早く計算され隣のディスプレイに数字が表示される。
「よし、ぴったしだ。ほらよ」
男はガランにカード状のものを投げた。受け取って見てみるとそのカードには個人情報が書かれていた。
「お前が頼んでいた市民IDだ。中にチップが入ってる。こいつがありゃ都市にも入れるし、お前が望むスカイルーラーへ繋がる公式レースにも出れるようになるだろうよ」
「フォックス、ち、ちゃんと使えるんだろうな」
フォックスと呼ばれた男はフンと鼻を鳴らし、
「ああ問題なく使えるさ。神に誓ってもいい」
わざとらしく両手を上げた。
「わ、悪いな。ありがたくもらうよ」
ガランはそう言うとすぐに部屋を出た。
早歩きで門をくぐり一度立ち止まる。そして急にガランは走り出した。その手は震え、目には涙を浮かべていた。
「よっしゃあぁぁぁ!!」
人目をはばからず両手の拳を掲げ喜びの声を上げる。踊るようにステップを踏みながら、手にした市民IDカードを空に掲げこう叫んだ。
「ヒナ!俺も一歩踏み出したぞ!!」
フォックスはガランが居なくなった部屋の中で小さく笑い、呟く。
「"神に誓って" ? 我ながら傑作だな。こんな世の中に神なんているわけないだろうに」
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