知らないところで隣の席の女子から好かれていた

武 頼庵(藤谷 K介)

知らないところで隣の席の女子から好かれていた




 お昼を食べた後の5限目の現国の時間はとても眠くなってしまう。先生が黒板に書きだしていく『カリカリ』という音も尚睡魔を呼び寄せる。そんな日常的な時間。


 

「ふぁ~~いぃ」

 俺は大きなあくびをしながら、少しだけ涙ぐんでしまった目をこする。

「クスクス」

「ん?」

 隣から小さな笑い声が聞こえてきて、チラッと視線だけを聞こえてくる方向へと向ける。 

 

 佐藤真さとうまことという、とあるアニメの主人公と名前は一文字違いの俺は、その事でいじられる事もあったけど、通う学校も何も問題の無いいたって普通の学校。特段勉強ができるわけでも無ければ、運動することに自信があるわけじゃない。


だからこそ進学するときにはできる限り普通の学校を選択したわけだけど、それでもやっぱり『放課後デート』なる魔法の言葉に興味がない訳ではない。


但し、それは『彼女がいる』又は『モテる』ヤツ、所謂リア充という種族だけが仕える魔法であり、自他ともに地味目のちょっと上程度を認定してしまえる程『何も持っていない』俺には使えそうもない魔法である。


因みにこの学校の男女比はほぼ1:1なので、自然と隣り合う席には女子が座る事になるのだが、高校2年の春だというのに、席替えの旅に隣の席になる女子とはになった事は無い。


今も、教室の窓から見える外の景色の中には、綺麗な淡い薄桃色の花が咲いているというのに、俺の恋人作る活動――自分だけの略語で『恋活』――は未だに蕾すらつける気配が無い。


「真君眠そうだね」

「え? あぁ……この時間の現国は地獄だな」

「わかるぅ~」

 そういうとまたくすくすと笑いだす、学年が上がってクラスが変わった時から隣の席の斎藤由佳さいとうゆか


彼女は小柄ながら(身長は良く知らないけど)バスケ部に入っているほどの元気な女の子。太陽にあたると栗色に光るショートカットに、大きな黒い瞳をしていて顔は小さい。元気があるおかげでクラスの奴らとも直ぐに仲が良くなったようで、誰からも頼られるちょっと姉御肌な性格の持ち主だ。


そうするともうすでにお分かりの通り、クラスの男子だけにとどまらず、上級生や下級生の男子に人気が出るのは当たり前のことなのかもしれない。


ただ本人はそんな評価など気にしていないようで、女子とも男子とも分け隔てなく接している。


――まぁ、こんな俺にも話しかけてくれるんだから、優しい子なのは間違いないけどな。

 まだ少し笑顔の戻りきらないままで、黒板に書いていく先生をじっと見つめる斎藤の姿を、隣りから視線だけで見ながらそんなことを思う。


斎藤が俺に対して話しかける事は日常からも珍しい事では無い。こんな他愛もない会話なら毎日していると言ってもいいくらい。そんな何一つ『特別感』の無い毎日が続いた。





とある日の昼休み――。


「ねぇ由佳ぁ」

「なぁに?」

 教室で同じ女子バスケ部仲間同士でお昼ご飯を食べていた隣の席の斎藤。その会話が漏れ聞こえて来た。


 隣の席でパンをかじっている俺にも聞こえてしまうくらい、いつもの大きさで会話をしているので聞こえないようにしていても聞こえてしまう。


 因みに俺らの通う学校に学食などというモノは無い。お昼ご飯などは弁当持参か途中で何か買って持ってくる、もしくは唯一の購買でパンなどを買ってくるかの選択しかない。



「どうして告白断っちゃったの?」

「え!? どうして知ってるの!?」

「だって先輩本人が言っているわよ?」

「えぇ~……」

 チラッと斎藤の視線が俺の方へ向けられたような気がする。斎藤に声を掛けたのは茶髪をポニテにしている同じクラスの遠藤香えんどうかおり。斎藤とは部活が一緒という事もあって元々仲が良いらしい。

 俺はひと言か二言くらいしかまだ話した記憶が無いけど。



――へぇ~。やっぱり斎藤はモテるんだなぁ……。

 パンをかじりながらそんな事を思う。しかし視線は向けたりはしない。

スマホで小説を読むことを止めないまま、会話の続きが少し気になってしまう。


「男バスのキャプテンなのにどうして断っちゃったの?」

「成績優秀、高身長でイケメン……断る要素なんてなくない?」

「う~ん……」

 女子バスケ部の女子とクラスの女子――顔は分かるが名前を覚えてない――が遠藤の話を聞いて斎藤に迫る。


その迫力に押されたのか言いよどむ斎藤。


「だって……良く知らない人だし……」

「えぇ~!! たったそれだけの理由!?」

「もったいないわよ!! 私ならすぐにオッケーしちゃう!!」

 斎藤の言葉に大声を出す女子二人。


「由佳って……これで何人目?」

「えっと……」

「今年になってもう5人目よ!!」

「……どうしてあんたが知ってるのよ……」

 斎藤の代わりに答えた女子に少し呆れた様子の遠藤。


――ん?

 また視線を感じてチラッと顔を向けると、斎藤と遠藤が俺の方を向いていて、俺の顔を見るとサッと視線を直ぐに逸らした。



――え? なになに? 

 明らかに『俺』を避けた感じに戸惑う。


その後は特に何も起こらないままお昼休みは終わった。そしてまた眠くなるのを我慢する地獄のような午後の授業が始まる。


 隣をチラッと見るけど、特に斎藤からは変わった様子はない。先ほどの事は気のせいかな? と思いなおし、俺もまた地獄の中で頑張る決意をして黒板の方へと視線を戻した。



 斎藤が少しだけ耳を赤らめている事に気が付かないまま。





「由佳ぁ~部活いくよぉ~!!」

「ごめーん!! 今日は掃除当番だから少し遅くなる!!」

「あぁ~わかったぁ~。それじゃ先に行ってるねぇ~……」

 その日の最後の授業が終わり、短いホームルームが担任先生の退室と共に終了すると、部活組の生徒が走り出すように教室から次々に出て行く。


 同じように部活に行こうとしていた遠藤も斎藤に声を掛けたが、申し訳なさそうな声で一緒に行けない事を伝えると、遠藤は廊下にこだまするような声を残しながら走り去っていった。


「さて……と。やりますか!!」

 隣の席で気合を入れる斎藤。

 掃除当番というのは、放棄を使って綺麗に教室内と廊下を掃除し、ゴミ箱に溜まったその日のごみを焼却炉に持って行くまでの仕事。

 ただし、俺達のクラスにはその掃除当番に一つのリールが存在する。それは『さぼったり、忘れた者は次の日も掃除当番をする』というモノ。


 このルールのおかげで、今の所さぼったりするやつは出ていない。どうしても外せない用事がある場合は変わってもらう事も出来るのだが、その時はしっかりと後で掃除はしているようだ。


 俺は最後のノートを机からカバンへと移動し肩に掛けると、「うんしょ!!」と言いながら机を移動している斎藤を見て、一つ大きくため息をついた。


「斎藤!!」

「え? なに?」

 手を止めて声を掛けた俺の方を見る斎藤。


「俺も……手伝うから、早く終わらせよう」

「え? でも……」

「いいから。ほらやるぞ」

「う、うん」

 肩にかけたカバンを机にかけ直し、斎藤の手伝いを始める俺。


「ありがとう……」

「……どういたしまして?」

「クスクス」

「む? 何故に笑う」

「だって、真君疑問形なんだもん」

 そういうと笑いながらも机方史を進めていく斎藤。そんな斎藤を見ながら俺も机を片し始める。


――二人でやれば早く終わる。そうすれば早く斎藤も部活に行くことが出来るだろう。

 俺はそんな思いから斎藤を手伝っていた。






またとある日――。


 ドン!!

「きゃぁ。な、なに?」

「斎藤!!」

「え? あ、真君?」

 廊下をものすごい量のノートを持ちながら、正面から歩いて来る斎藤を見かけた俺は、少しだけ早歩きして斎藤の前に立つと、前が見えないまま歩いて来たのか、斎藤とぶつかった。


 そのまま驚いた声を上げる斎藤。そんな斎藤に声を掛けると、ぶつかったものが俺だと分かったのか、チラリとノートの奥から少しだけ顔をのぞかせた。


「どこまで行くんだ?」

「教室に行く途中」

「そっか……。半分持ってやるよ」

「え? でも……」

「いいから。女の子にこんな重い者持たせたのは何処のどいつだ?」

「担任だけど?」

「うん。ごめんなさい……」

 すぐに斎藤の持っているノートを10冊程抱え込む。


「あ……」

「ん? どうした?」

 自分の持っているモノを見て、俺の方へと視線を移した斎藤。元々大きな瞳がもう少しだけ見開かれた。


「ううん。ありがとう……」

「いいってこれぐらい。それよりもこういう事は男子に行って手伝ってもらった方がいいぞ」

「うん。でも私が言われた事だし……」

「何言ってんだ。斎藤が声を掛けりゃみんな喜んで手伝ってくれるさ」

「……ん~!!」

「どうした?」

「なんでもない!!」

 何故か頬を膨らませる斎藤。そのまますたすたと先に歩き出してしまう。


――どうしたんだ? あいつ……。

 ちょっと機嫌が悪くなった気がしていたけど、俺も斎藤の後を何も言わずに歩き始めた。

少しだけ斎藤の様子が気になったけど、何が原因か分からないので聞く事を止めた。





「――という事で、そろそろクラスにも慣れて来ただろうから、第一回席替えをします!!」

「「「「「「「おぉ~!!」」」」」」」


 顔と名前が一致し始めた頃に、担任からそう提案されたとある放課後前のホームルーム。既に席替え用のクジは作って来ていたようで、教団の上にドンと置かれた二つの箱がひと際クラス中を盛り上げる。


 席順に男女一人ずつくじを引いて行き、引いたやつらが黒板に書かれた数字と見比べながら一喜一憂を見せている。


 俺の順番が来てくじを引く。


「14番か……。お、一番後ろの席だ、ラッキー!!」

 引いたくじと黒板を見ながら喜ぶ俺。


「よし!! 全員引いたな!! では番号通りの場所へ机と椅子を持って移動!! そこまでして今日は解散!!」

「「「「「「「よっしゃ~!!」」」」」」」


 担任が教室を出て行くとすぐに、皆が移動を開始する。俺もみんなに会わせて移動をし始めると、騒がしかった教室内は新たな席順になった周囲と話す声で尚更騒がしくなった。


 そんな中でふと視線に斎藤の姿をとらえた。

 俺とは反対側の教壇の前の方で、しかも廊下側と窓際という位置。その周りにはバスケ部女子の遠藤など、仲が良い人達と近くなったことを喜んでいる斎藤の姿がある。


――良かったな斎藤。

 俺も新たに周囲の席になった奴らと、新たなコミュニティーを築くべく、会話の中へと入って行った。




 

「ごめんなさい!!」

「え? どうして? 付き合ってるやついないんだろ?」

「いないけど……」


 秋の風が体に巻き付くようになり、寒さが一段と深まってきた11月の末。

 普段は滅多に近寄らない中庭の一本の大きな記念樹。学校が出来て第1期生が卒業の時記念に植樹したと言われているその場所は、その周りにも同じように記念樹に囲まれた場所でもある。

お昼休みも終わりに近づいて来た時間帯。そこから男女の声が聞こえて来た。


 その場所は校内告白場所ランキングでも常に上位になる場所で、そういう場所だからこそ、俺たちの様にその場所へ行く用事が無い奴は近寄らない様にしている。


 ただこの日は、クラスの男子数人と共に、次の授業教室へ早めに移動していたこともあり、ばっちりとその場へと遭遇してしまった。



「あれ? 斎藤じゃね?」

「あ、本当だ……」

 友達二人は直ぐに女子が斎藤だと気が付いたようだ。


「もう一人は……アレってサッカー部の二俣ふたまただな」

「あぁ~あのイケメンって噂の……。もげてしまえ!!」

 恐ろしい呪詛を吐くクラス名と二苦笑いを返しつつ、俺もその場へと視線を移す。



――やっぱり斎藤はモテるんだなぁ……。

クラスの男子や女子がする噂では、斎藤はモテるという事は頻繁に話題に上るので聞いたことが有る。それを目の当たりに目撃したことで確信した。



「私……好きな人が居るんです」

「え? だれ? 俺でしょ?」

「……違います。ごめんなさい!!」

「あ、ちょっと!! 待てって……ちっ、人が居たのか」

 走り去る斎藤を追いかけようとした二俣。しかし俺たちがその場にいた事に気が付いたのか、そのまま歩きて別の方向へと進んでいく。


「あ……」

 走ってきた斎藤が、俺達の方へと近づいてきた時、ちょっとだけ俺と視線が合った。するとさらに走っていくスピード上がり、何も言うことなくその後ろ姿だけを俺たちは見送る。



「斎藤って好きな奴いたんだな」

「俺じゃね?」

「ばぁ~か!! お前じゃねぇよ!! 俺だって!!」

「言ってろ!!」

 クラスメイト達はそんなことをいいながら、次の授業が行われる教室の方へと歩き始めた。


――好きな奴いるのか……。

 走り去っていく斎藤の後ろ姿を見ながら、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。


「行くぞ真!!」

「お? おう!! 待ってくれ!!」

 声を掛けられてハッとしながら、慌ててクラスメイト達の後を追った。



 高校生活ではいろいろなイベントがある。修学旅行や文化祭。体育祭や遠足などなど。それらを楽しみにできる奴は『それなりに』学校内でも存在感があるやつだけだ。


 俺達の様にそこそこのやつにとっては、何のこともないただの行事の一つ。


 そういえばわかるとは思うが、俺にも俺の周りにも特段の変化のないまま、時間だけが過ぎていった。




 街の中にもその仄かな甘い香りを漂わせる、淡いピンクの花。新しい生活を始める事に胸躍らせる『新人』が学校に入学してきたと同時に、俺も3年生になった。



「あ、真君だ」

「え? 斎藤……」

 新しいクラス割理を男子だけ確認して、少し離れた3年生の教室に着くまで、まだ門出を祝うように咲く桜を見ながら自分のクラスへと歩いていく通り慣れた道。


教室に入り、自分の席順通りに座ったその席で見知った顔を見つける。


「良かった」

「え? 何が?」

 椅子を引きながら、斎藤の言葉に返事を返す。


「また、真君の隣になれた」

「は? それ……どういう意味?」

「えへへへ」

 俺の質問に笑顔を返してくる斎藤。



そして――。


「また、好きな人の隣になれた」

「っ!?」


 俺の顔を見つめながら、ニコッと微笑む斎藤。

その後方に春の優しい風に誘われて、淡いピンクの花びらが開けられた窓から教室へ舞い落ちてくる。


 最後の高校生活はどうやら俺も側へと行けそうな気がする――。


 

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