第三十三話 幼い縁

「あんたこれからどうすんだい?」


 エリンは窮地を救ってくれた腐れ縁に問いかける。ガオンが今更戻ってくる訳がない。そんなことは分かっていた。


「百獣忌なんて忘れて戻ってこいよ」


 だからあえて言ってやる。昔から頑固な性格なのはよく知っていた。こうでも言わなければ、帰るという選択肢すら思いつかないだろう。


「今更どの面下げて帰れっていうんでえ」

「素直に謝ればいい。なんなら付いててあげるよ」

「だ、誰がお前なんかに!?」

「なら好きにしな」


 最大限のことはやった、これでダメならもう知らない。どこえなりと消えればいいんだ。


「…あっしはお前を担ぎ上げるのが夢だったんだ。そして昔のように」

「知らないね。そんなに百獣忌を復活させたいなら、あんたが首魁をやればいい」

「!?」


 ガオンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔する。自分が頂を張ることなど、頭になかったのだろう。

 

「あっしが百獣忌の…そうかその手があったか!」


 何かに気がついたようだ。


「やっぱりあっしは帰るわけにいかねぇ。一人だろうと、この手で百獣忌を復活させてみせる」

「…らしくなったじゃないか」


 ガオンは傷の手当てもせずに森の中に消えた。残されてしまったせいか、少し寂しい思いがする。


「痛てて…後はあいつらに任せよう」


 エリンは立ち上がろうとしたが、背中の痛みが酷く動くこともままならない。動くことを諦めて、空を翔けていった胤ノ介達に思いを馳せるのだった。


─────────


 別邸で死闘が繰り広げれていたころ、胤ノ介は見知らぬ森の中を彷徨っていた。


「流石に死ぬかと思ったぞ」


 胤ノ介が悪態をつくのも無理はない。普通の人間なら、あの高さまで放り投げられれば死んでいた。


「まぁ、生きてたんだからいいだろ」


 マルは何の気なしに言ってくれるが、彼らウェアキャットは、どんな高さから落下しても大丈夫なのだ。言葉の重みが自分とは全く違う。

 とはいえ、これ以上文句を垂れても仕方がない。さっさとことに当たろう。ちなみに四姫のやつは、何事もなかったかのように着地していた。やはり身のこなしが常人離れし過ぎている。


「胤はさぁ、まだ召喚をする気なの?」

「当たり前だ」


 この問答も何度したことか、菫を召喚されるのがよほど都合が悪いらしい。自分の意思は固い、神器が手に入ればすぐにでも召喚をやってもらうつもりだ。

 その後も森の中を進んでいると、先導していたマルの足が止まった。

 

「あれを見てくれ」


 マルの指差す先には行軍中の全の兵士がいる。そして兵を率いているのは勿論。


「見つけたぞチョウシ…」


 神々しい輝きを放つ神器を片手に、自分達の拠点に向けて進路を向けている。このままでは先行している部隊と合流するのも時間の問題だ。何としてもここで討ち果たさないとならない。


「あいつの首は俺が取る。残りを任せていいか?」

「あの人数を?無茶いうなよ」

「ならマルがチョウシと戦ってみるか」

「分かったよ。やるだけやってやる」


 こうして役回りは決まった。自分が大将首、マルが雑魚狩りだ。四姫には何をいっても無駄なのはわかりきっている。せいぜい邪魔をされないことを願うばかりだ。

 作戦は単純明快、奇襲による先制攻撃をおこないチョウシの首を取る。ここが命の張りところだ。目的を達する以外に生きる道はない。


「では行くぞ。ここが正念場だ」


 スキル:写刀強射の構えで、同時に十本の刀を射る。精度と威力は落ちるが、攻撃範囲に優れ奇襲するにはもってこいの技だ。

 十本の刀は目にも止まらぬ速さで、行軍していた兵士達を貫いた。陣形が崩れ、隙だらけとなっているところに、マルが追い打ちをかける。そして自分は大将チョウシの前に立ちはだかる。


「来たか」

「来たぞ。さぁ神器をよこせ」


 奇襲だというのに、チョウシから焦りや怒りを感じない。何か達観しているかのような、悲しげな表情を浮かべている。


「生涯の最後が、お主のような小物とは思わなんだ」

「何を!?」

「まあよい…最後に一花咲かせて見せようぞ」


 チョウシが何のことをいっているのかわからない。だが、侮辱されていることは確かだ。そう理解してしまうと、腹の底から怒りが込み上げてくる。これで心置きなく命のやり取りができそうだ。

 手始めに写刀よる飽和攻撃で出方を見る。対応出来ていなければ、このまま物量で押しつぶすことも可能だ。

───こんな、攻撃で討ち取れる相手ではないだろうがな


 予想は当たり、チョウシは写刀を全て打ち落としていた。その所作はまさに神業、まるで舞を踊っているかのように軽やかで無駄がない。

 このままでは埒があかないと、写刀による飽和攻撃をやめた。その瞬間、チョウシは間合いを詰めてくる。神速の突きが放たれるも、寸前のところで身を躱すことができた。

 今の突きは、予測出来ていなければ躱せなかった。当たれば死ぬ、それほどの殺気がチョウシから放たれている。これからの一挙手一投足が生死を別つ、もう様子見など通用しないだろう。


「どうした逃げてばかりか?」

「に、逃げてなどいない!」


 舌戦も巧みだ。理解していても、感情が揺さぶられてしまう。この世界に来て初めて、脳裏に敗北の二文字が浮かび上がる。

───何を怯えている…死なら経験しただろう!


 震えは全て武者震いだと自分に言い聞かせ、再び写刀を発現させる。今の実力で扱える最大魔力の写刀を手に取った。やはり本物に比べて軽く切り結ぶには心許なく思えてしまう。

 

「いまの胤じゃあいつに勝てないよ」

「四姫!?」

「娘…死にに来たというのなら容赦はせん」

「殺せるものならやってみなさいよ」

「はは、そこの震えてる小僧より、キモが座っておるわ」


 これも挑発なのだろうが、四姫より下に見られることが、ここまで屈辱的だとは思わなかった。噛み締めた下唇から血が滴るのを感じる。菫の仇も打てず、生き返らすことも叶わない。これほど惨めなことはなかった。


「胤…多分わたしもあいつには勝てない。時間は稼ぐからその間に逃げて」

「ま、待て」


 静止も聞かず四姫は死地へと赴く。何故だ。何故あいつはここまで自分を守ろうと必死なのだ。思えばこの世界に来てから、ずっと自分のことを守ってくれている。

───あいつだって死にたくはないはずなのに…


 四姫を置いて逃げるわけにはいかない。折れそうな心を無理矢理奮い立たせた。その時、懐からひらりと一枚の紙が落ちる。


「これは…」


 落ちたのはシヨから託された魔札だった。それを見た瞬間、胤ノ介は必勝の策を思いつくのだった。

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龍華戦記〜召喚されるは誰が為に〜 サテブレ @amearare-zero

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