第二十九話 野戦
「取り込み中のところ悪いが、マルを借りていくぞ」
「ち、ちょっと待って!この際あなたでもいいから、ここの陣営を何とかして」
「何とかとは?」
「土塁を積むとか、塹壕を掘るとか!なんで待ち構える側なのに、有利な地形を作らないの」
シヨのいわんとしていることは分かる。気休め程度の馬房柵は立てているが、それも枯れ枝などを利用した簡易なものだ。その気になればすぐに薙ぎ倒されてしまうことだろう。かといって資材や土を掘る道具があるわけでもない。これ以上のことができるとは到底思えなかった。
「なら、その辺の木を切り倒せばいい。土を盛れないなら、木を積むのよ」
「森を傷つけるなんて!俺たちが住めなくなる」
「それは命があってこそでしょ?負けたらみんな死ぬのよ」
マルのやつが反論しているが、俺はシヨの意見ど同意見だった。マルがなんとかしてくれと視線を向けてくるが、俺は頷くことしかできない。
シヨのいうとおり、今死なないために木を切り倒すぐらいら、やって当然だ。だが、有象無象の雑軍にそんな一大事事業が行えるはずがない。シヨはやる気のようだが、誰も彼女の下で働く者はいないことだろう。
───いや、一つだけ可能性がある。だがその前に…
「時間が惜しいので、単刀直入に聞く。シヨ、お主はこの戦に命を懸けられるか?」
「………ええ、懸けられる。昨日、殺されかけた時にすでに覚悟は決めていたもの」
強く感情のこもった言葉に嘘偽りは感じられない。信用に値すると判断した自分は、写刀を発現させシヨの足枷を破壊した。
「な、何を!」
「段取りはこっちでやる。後は上手いことやってくれ」
「…信用していいのよね?」
「そう受け取ってもらって相違ない」
「懸命なことね…いいえ、そうじゃない。助かったわ、全身全霊で結果を出してみせる」
やる気は十分のようだ。後は俺がガレオ達を、納得させられれるかが鍵となる。シヨの下で動いてくれそうな者達、この組み合わせだけが唯一の可能性だ。
そんな考え事に意識を割いていたら、いつのまにかシヨから手が差し出されていた。そこには一枚の札のようなものが握られている。何処かで見たことがあるのだが、思い出せない。
「これは隠し持っていた水陣瀑布の魔札。魔力を流せば、水類の上級魔法が発動するの…これを信頼の証としてあなたに譲るわ」
ぱっと見は、なんの変哲もないただの紙切れ。故に軟禁中も取り上げれることもなかったのだろう。こんなもので、あの魔法が使えるとは到底思えなかった。
とはいえ、信頼の証とまで言われた物を無碍にすることもできない。魔札を受け取ると、試しに使ってみようと魔力を練り上げる。
「魔力を流すか…こうか?」
「ダメダメダメ!貴方ここを水没させるつもり!?」
「だが…」
「ダメ!それ最後の一枚なんだから、大事に使ってよ」
消費する物だとは思わなかった。少しだけ、自分でも魔法が使えると高揚していたのだが、今は抑えることにしよう。魔法は諦めて懐に魔札を仕まった。
やる気の満ち満ちているシヨだが、自分はマルに用がある。シヨを陣幕内に残し、マルだけを外に連れ出した。マルは訳もわからない様子だったが、エリンからの指示だといったら納得したようだ
エリンの話した内容を伝えると、マルはすぐさま準備に取り掛かってくれた。マルは数人の仲間を集めて、森の中に消えていく。無理難題を頼んだつもりだったが、意外にも快く引き受けてくれた。
「マルなら、なんとかしてくれるか」
この時一抹の不安を感じたが、気のせいだとすぐに忘れることにした。この後、死ぬより怖い体験をするとも知らずに。
マル達の準備を待っている間、自分は休憩中のワーウルフ達の下に向かった。
「旦那、どうかしましたか?」
疲れているだろうに、テンが礼儀正しく迎えてくれる。この誠実さに甘えることになるのは心苦しかったが、他に頼れる者もいない。簡潔に事情を説明すると二つ返事で引き受けてくれた。
断られても文句はいえなかったが、どうやら、テンもこの布陣に思うところがあったようだ。地形の有利を活かしても負かされた相手に、果たしてこんな布陣で勝てるものなのかと。だが、ワーウルフ達に野戦築城の知恵はない。あるのは底なしの体力とみなぎる闘志だけだ。
幸いにも、外部から移住してきたワーウルフ達は木を切ることにも手を加える抵抗はない。奇しくもシヨとの組み合わせも悪くなかった。テンにはこれからシヨの指示に従う様にとお願いして、自分はその場を後にする。
「やれることはやった。後は俺達の働き次第だな」
「ワクワクするね!」
どこからともなく四姫が現れる。毎度のことながら心臓に悪い。何がそんなに楽しいのか分からないが、上機嫌であることは間違いない。こういう時は、大概碌なことではないと決まっている。
「だってあのいけ好かない、チョウシとかいう奴を殺りにいくんでしょ?」
聞いてもないことをずけずけと、殺し合いになるかどうかは、向こうの出方次第だろうに、四姫の中では殺すことが確定しているようだ。自分としては神器さえ大人しく渡せば、命まで取るつもりはない。
しばらくすると準備を終えたマルが合流してきた。どんな準備をしてきたのか、童心に返ったように爽やかな笑顔を浮かべて。
「首尾はどうだ」
「バッチリだ。いつでも飛べるぜ」
「飛ぶ?」
「ああ、丁度いい“ばねの木“があって助かった」
思わず聞き返ししてしまったが、マルは本当に飛ぶつもりらしい。一瞬、鳥のように飛ぶ姿を想像するも、どうも違うようだ。
通称ばねの木、変わった形状の木でよくしなり、よく戻ることが特徴的で、小さい木は子供の遊び場になるなど、森の住人にはミカシュに続き身近な木らしい。今回は大きな木の反動を利用した、大投擲で空を飛ぶ作戦のようだ。
───そのため、大人のウェアキャット達を引き連れて森で準備をしていたと…だが、これは
実際に準備されたばねの木を目の当たりにして、言葉を失った。奇怪な渦を巻いた枝は、見るからに固そうなのに、引っ張れば引っ張るだけ伸びていきそうな、不思議な印象を受ける。
それが、今にも折れて倒れそうなほどに折り曲げられ、先端を太い縄で固定されていた。つまりこれに飛ばされた後は、空中に身一つで投げ出さられることとなる。
「おい、着地はどうする」
「ん?、あぁそうか。胤ノ介達は人間だから…俺達はどんな高さから落ちても平気だから忘れてたぜ」
「おいおい、ちゃんとしてくれよ」
「ん〜、まぁ胤ノ介達なら大丈夫だろ」
「はぁ?」
「あはは、胤の顔おもしろい」
おそらく苦虫を噛み潰したような顔をしている自分と違い、隣の四姫はやたら楽しそうだ。四姫にはスキルがあるのだから、死ぬかもしれないことに平然なのかもしれない。
どれだけ飛ぶのか分からないが、敵の後方まで向かうのだ。軽く数理は飛距離があると考えていい。考えるだけで股が震え上がるのが分かる。先ほど感じた不安はこのせいだったのだ。
「いいから、早く飛ぼうよ」
「まて、まだ心の準備が」
四姫が怖気付いた気持ちなどお構いなしに、グイグイと腕を引っ張る。一足先に先端付近の枝を掴んでいたマルに、抱き寄せられると
「二人とも覚悟はいいな」
「うん、早くやってよ」
「だからまっ」
結局自分の制止する声は誰にも届かない。無慈悲にも、しなりを引き留めていた縄が切られると、一瞬のうちに空中に放り出されたのであった。
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