第二十八話 潜む

セザムを助ける。至って簡単な理由だが、今のセザムを救うには影の魔法石を何とかするしかない。そう伝えようと思ったのだが、セザムの話しはまだまだ終わる気配はなかった。

大部分はセザムとの惚気話が占め、出会いから馴れ初め、そして結婚に至るまで事細かに説明してくる。


「それからそれから」

「はぁ」


くだらない話に辟易してきた。これ以上は時間の無駄だと思い出してきた頃、気になることを話し出す。

約五十年前、ちょうどエルフ達がデミを追放したときを境に、セザムの行動に変化が現れた。表立っては変わらず温和で優しいのだが、裏では人が変わったように凶暴となり、昔では考えられない残忍な行いをするようになったのだと。

セザムの意を唱えたものは例外なく行方不明になり、気がつけばプレザンスの家系でセザムに逆らうものはいなくなっていた。さらに外部の人間と取引を行い、陰の魔法を使えるようになったセザムは圧政を強めていったそうだ。

今日の蜂起も独断で決行しており、プレザンス傘下のエルフは何も知らされていないばかりか、財産や家を剥奪されプレザンスの本邸に収容されているのだとか。

勿論、日和見を続けるエルフも多かったのだが、昨日の騒動で大勢のエルフが犠牲になったことを知り、今では我先にとセザムの庇護下に入ろうと集まっているのだとか。

概ね筋は通っているように聞こえたが、素性の知れないこのエルフの話を鵜呑みにすることはできない。

この場面で姿を現したのは何か意図があるはずだ。

まずはそれを見極める必要がある。

とはいえ、直球で問いただしたところで誤魔化されるのがオチだろう。

話に乗るふりをして、しばらく様子を見ることにした。


「分かりました。セザムがおかしくなった原因を取り除きましょう」

「ほ、本当ですか!助かります」

「とにかく、セザムを見つけないと話になりませんね…何かご存知ありませんか」

「それなら少しだけ心当たりが、夫は最後に同胞を連れてくるといってました。おそらく、騒動のせいで逃げたエルフを救助しているのだと思います」

「里を離れている可能性もあると…厄介ですね」


それから会話を続けると、疑問が一つ晴れることになる。デミエルフ達の所在についてだ。

プレザンスに匿われているのは聞き及んでいたが、場所までは知らなかった。

なんの捻りもない、元々プレザンス本邸の地下に隠すように匿っているのだとか。

参加だったエルフも本邸周辺にいるのであれば、かなりのエルフが一箇所に集められている。

この構図は何となく嫌な予感がした。この状況が意図的に作られているとしたら、大勢のエルフが犠牲になるかも知れない。

阻止するべきなのだろうが半端に邪魔をしてしまうと、影の魔法石を回収する機会を逸すると本末転倒だ。

セザムはまだ仕事が残っていると言っていた。本当であれば暫くは事を起こすことはないはず、最終的に自身の領地に戻るのが確実なのであれば。


「あのぉ、お役に立てたでしょうか?」

「ええ、大変参考になりました。無闇に探し回るのは効率が悪そうです。プレザンスの本邸で待ち伏せしましょう。案内をお願いできますか?」

「はい!そこであれば裏道から秘密部屋まで熟知してます」


屈託のない笑顔で明るい返事が返ってくる。

半ば誘導された感が否めないが仕方がない。ここで変に勘繰ってしまっては、このエルフは尻尾を出さない気がする。それに悪いことばかりでもない。集められたエルフと接触できれば、新たな情報を得られる可能性もある。

今は焦ってはいけない。確実に影の魔法石を奪取、もしくは破壊するには情報が足りないのだから。そう自分にいい聞かせ、チアと名乗るエルフの案内でプレザンス本邸に向かうのであった。


━━━


次の日、深い眠りから目を覚ますと、木々の隙間から朝日が差し込み辺りはすでに明るくなっていた。木に寄りかかって寝たわりに疲れは抜けているようだ。よく見たら首から肩にかけて掛け物がされている。誰かが寝ているうちに気を使ってくれたようだ。


「起きたようだね。寝起きのところ悪いが話をしてもいいかい?」

「エリン…ああ、問題ない」


寝ぼけまなこといった感じだったが、話を聞かない理由にはならない。まあ、叩き起こされていないということは、緊急性はないのだろう。エリンも表情は硬いが、声色から焦りは感じない。

予想通り話は経過報告が殆どで、馬房柵の設営や食料の確保その他の籠城戦に必要な物資をかき集めているとのことだった。


「状況は概ね把握した。それでワーウルフ達だが」

「「旦那!」」

「ガレオ、テン!無事だったか」


どうやらエリンがワーウルフの足止め部隊に伝令を出していてくれたようだ。村民がここに辿り着いた以上、足止めの必要はもうない。二人は夜通し戦い抜いたのだろう。屈強なワーウルフとはいえ、疲労の色が伺える。

二人には申し訳ないがそのまま戦況を聞くことにした。

初めは敵部隊を村まで後退させることに成功したようだが、ある時を境に敵は再び進軍を開始した。後退させた時と同様に奇襲を仕掛けようとしたが、今度はことごとく看破されてしまったようだ。

未確認だが一人の人間が加わったことにより、戦況が一変したとか。機を考えれば自分たちがジンヘイを撃退した直後のようだ。


「斥候に出していた部下を死なせちまった」

「兄貴…すいません。僕がもっとはやく戦の流を予測できていれば」

「二人ともよくやってくれた。ゆっくり休んでくれ」


二人には下がってもらい。再びエリンと向き合う。

新たな情報も出揃ったところで、本格的に作戦を煮詰める段階に来ていた。


「ワーウルフってやつは腰抜けばかりかと思ってたけど、骨のあるやつもいるもんだね」

「そうだな…敵の到着予想は分かるか?」

「うちの者に様子見にいかせた。いずれ分かるはずだよ」

「ではこちらは陽動組と防衛組を決めよう。陽動隊をエリン達に頼みたいのだが」


エルフの次にこの森を知っているのはエリン達ウェアキャットだ。敵の補給線を分断するのであれば、これ以上の適任者はいないと思った。防衛戦は初めてのことだが何とかするしかない。最悪は四姫に頑張ってもらう、もしくはケールが目覚めてくれれば持久戦に持ち込む自信は大いにある。

だが、エリンから帰ってきた返事は自分の意見とは異なる内容のものだった。


「いいや、陽動は胤ノ介。あんたがやりな」

「向こうが短期決戦を仕掛けてきたら、チョウシが出張ってくるかもしれないんだぞ。そうなれば…」

「私が人間なんかに負けるとでも?心配しなくても奥の手は用意してあるよ。マルを貸してあげるから存分にやっておいで」


ドンっとはち切れんばかりに胸を張る。

ここまでいわれては、返す言葉も出てこない。そのまま勢いに流され陽動は自分が引き受けることになった。

陽動組は自分、マル、そして四姫は聞くまでもなく同行してくるだろう。防衛組はエリンを筆頭にテンとガレオが補佐として着くことになる。


「村長!敵の動きが分かりました」

「でかした」


様子を見にいっていたウェアキャットなのだろう。息が上がっていることから、かなり急いで来たことが伺える。その者からの報告によると、全の軍勢はほぼ真っ直ぐにこちらを目指しているようだ。

特に足の速い騎馬隊が先行しているようで、早ければもうすぐここに到達するとのことだった。裏を返せば歩兵は遅れているということ、戦力が2分してでもこちらの態勢が整う前に叩くのが狙いなのだろう。些か稚拙な進軍に違和感を感じたが、この好機を逃す手はない。直ちに出陣することを決意した。


「チッ!移動の痕跡を消すほど余裕が無かったからね」

「エリン、マルはどこだ?今すぐ出張るぞ」

「えらく急だね…なるほど、胤ノ介の狙いは分かった。マルならきっと、あの女のとこにいるよ」

「シヨのところか」

「こないだ奇襲があってからやたらとご執心でね。何を考えてるのか私にもさっぱりだよ」


二人が互いをどう思っているのか気になるところだったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。さっさとマルを見つけて、敵の戦力を削らなければ。

別邸近くにある大木の根本に、ボロ布と枯れ枝で造られた簡易な陣幕がある。今更逃げるとは思えなかったが、捕虜であるシヨを、非戦闘員の村人達と一緒に別邸に匿うのは憚られた。

本人は特に何もいってなかったが、今のところ協力的な態度である以上、野晒しで縛りつけておくのも違う気がしたので、折衷案でこうして陣幕の中で軟禁してる。


「なんなんですか!この陳腐な陣営は私が指揮できたら、この数倍はいい物になってます」


陣幕の前についたら、中からシヨの怒声が響いてくる。何となく、面倒なことがおこる気がしてきた。

一息つき覚悟を決めた。「入るぞ」と一言声をかけてから、陣幕の暖簾をかき分け中に入る。


「そんなことをいわれてもなぁ」

「あ・な・た、にいってるんですよ!私の代わりにあの女の亜人に」

「無理無理、今のエリンは俺のいうことなんて聞きやしない」


議論が白熱しているせいか、二人は自分が陣幕に入ったことに気がついていない様子。マルが強い言葉で問い詰められているように見えるが、なんだか楽しそうだ。二人のやりとりをもっと眺めててもよかったのだが、こちらの用も急を要する。残念だが、会話に割って入ることした。


「二人とも取り込み中のところ悪いんだが」

「「!?」」


本当に気がついていなかったようで、二人は驚きのあまり声にならない声をあげた。その反応をみると、何だか悪いことをした気になるが、こっちはちゃんと一言かけて中に入ったのだから過失はない。ともあれ、これでようやく話ができそうだ。

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