第二十七話 侵される者

日が暮れた頃、ヴィルジニテの別邸に到着する。

ジンヘイが襲ってきた後は、特に妨害されることなく移動することができた。

流石に全員を別邸内に入れることができなかったので、子供や負傷者を優先して元気がある者は外で野宿の準備を進めていた。


「お前ら!完全に日が暮れる前に準備しな」

「おお!」

「エリン、何か足りないものはあるか?」

「大丈夫だよ。この場所に案内してくれただけでも十分すぎる」


エリンの的確な指示によるものだろう。

野宿の準備は順調そうに見える。

これで今晩は乗り越えることができるはずだ。


「そっちのお姫様の調子はどうなんだ?」

「ケールのことか…正直、分からん。帰還してからというものずっと眠っている」

「そうかい…まぁ、生きているならよかったよ」

「とりあえず、明日まで待とう」

「ふ、胤ノ介も満身創痍のようだからね」

「見抜かれていたか」

「ここは私に任せて早く休みな」


エリンにケツを叩かれたこともあり、休める場所まで移動する。

やっと休めると思うとドッと疲れを感じ出した。

少し散策すると適当な大きさの木を見つけたので、そこに体を預ける。

座ったのもいつぶりだろうか、まるで棒のようになった足を広げると、一気に眠気が襲ってきた。


「ふあ…そういえば、ハザマの奴は無事だろうか」


ふと、敵を追いかけていったハザマのことが気になった。

影の魔法を何とかするといっていたが、具体的に何をするつもりなのか皆目検討もつかない。


「まぁ、あいつのことだ…上手くやるだろう」


抗うことのできない眠気により瞼が強制的に閉じられる。

およそ二日ぶりに寝ることを許された脳は、本能的に眠ることを選択したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「やはり…死体どころか、痕跡すらありませんか」


ハザマは日が落ち暗くなったのを見計らって、エルフの里を再び訪れていた。

日中に殺したシヴァのことで気になることがあったからだ。

その懸念はどうやら当たったらしく、あるはずのものがその場からなくなっている。

何か痕跡が残ってないかと辺りを隈なく探したが、特に成果は得られなかった。

これ以上は無駄だと思い、この場を後にしようと歩みを進めた時、一人のエルフが現れる。


「おや、誰か侵入して来たのかと思ったら天子さまでしたか」

「あなたは…セザム」

「光栄です。天子さまのような高貴な方に覚えておいてもらえたなんて」

「僕はハザマ…あなたの知る天子ではない」

「んふふ、まぁいいでしょう。それではハザマ殿、改めてご挨拶申し上げます。私がこの里の長セザム・プレザンス・エルフこの度はどのようなご用件でいらしたのでしょう」

「………」


いやらしく口角を上げ、大袈裟な動作でお辞儀をしてくる。

話によればセザムはノブル長を引き連れ、議会から消えたと聞いていたが今は一人のようだ。

それはつまり、目的の物を手に入れて来たのだろう。


「だんまりですか…寂しいですねぇ」

「それを手に入れて、あなたはどうするつもりです」

「それ?」

「惚けなくても結構ですよ。あなたの懐から、邪悪な魔力が溢れ出ていますから」

「ああ、もしかしてこれのことですか」


セザムは拳大の大きさの石を取り出した。

もちろん、ただの石ではない。

魔力を常に纏い薄紫に発光しており、見る者全ての心を掴んでくるような、不思議な魅力がその石にはあった。

ノブル家が代々隠し持っていた家宝であり、並の者は手に持つだけでその魔力に侵される。


「影の魔法石…『三重落下』の原石」

「よくご存知で、私もついさっき手に入れたのですよ。これでやっとシヴァ殿と肩を並べることができる」

「やはり彼はまだ生きているのですね」

「勿論ですとも…ああ、早く仕事を終わらせて酒でも交わしたいものです」


魔法石は自然に存在する魔力を帯びた石の総称である。

それ自体は珍しくも何ともないのだが、稀に魔力を込めると魔法が発動するものが存在した。

一説によれば魔法の始まりは、その現象を真似したからだといわれている。


「悪いことはいわない…早くその魔法石を手放したほうがいい」

「なぜ私があなたのいうことを聞かなければ」

「その魔力は精神を蝕み、侵し、あなたは影に支配されてしまう」

「んふ、そのことでしたらお構いなく」


セザムの片目が突然真っ黒に変化した。

それは影に侵食された証でもある。

一度侵食が始まればもう止めることはできない。

緩やかにそして確実に、影に意識を乗っ取られてしまう。


「あなたは既に!?」

「ええ、その通り私はもう半分は影ですので」

「そうであれば、僕はあなたを止めなければならない」

「んふふ、せいぜい頑張って下さい。それでは私は仕事が残っていますので失礼します」


そういうとセザムは暗闇の中に姿を消した。

おそらくこれも影の魔法の一種なのだろう。

シヴァやセザムといい、想定していたより影の侵食が早い。

このままでは取り返しのつかないことになってしまう。


「どうやらシヴァのことは後回しにするしかないようですね」

「あのーすいません」


シヴァのことは気掛かりだったが、セザムを放って置く訳にもいかず、追いかけるために議会の出口まで戻ってきた時だった。

物陰からエルフの女性に声を掛けられる。

身長は自分と同じぐらいで、エルフにしては低身長の部類に入る。

煌びやかな装飾品を身についており、家が裕福なのかも知れない。


「あなたは?」

「私はチア・プレザンス、あなたに折いってお願いがあります」

「………」


プレザンスというとセザムと同じ家の出ということなのだろう。

エルフ御三家の一角であれば、装飾品についても納得できる。

とはいえ警戒することに越したことはない。


「あのぉ」

「話だけなら聞きましょう」

「あ、ありがとう!私の夫…セザムを救って貰いたいのです」

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