第二十六話 忍びよる者

「魔練武器、飛去来器(ひきょらいき)…覚えておけ、お主の命刈り取る武器の名だ」

「ジンヘイ!一体どこにいるの」


声が森中に谺(こだま)して、敵の位置が分からない。

前後左右だけではなく、直上からも聞こえてくる気がする。

奇怪な術に気を取られている隙に、飛去来器は何処に消えていた。


「面妖な…姿を見せろ!」

「お主に用はない。我の標的はそこの裏切り者ただ一人よ」

「クソ、位置さえ分かれば」

「奇襲が阻止された以上、長いは無用…また相見えようぞ」

「待て!」


呼び止める声が虚しく鳴り響く。

森の中を血眼になって探せども、敵の姿は見当たらない。

周囲の者達も同様のようだ。

キョロキョロと辺りを見渡しているのだが、誰も見つけることができていない。

ただ、一人を除いて。


「帰るんじゃなかったの?嘘つき」

「き、貴様!!ゴハァ」


四姫が唐突に大地に拳を打ち込んだかと思うと、地中に潜んでいた敵を引きずりだした。

敵も反撃しようと棒のような物を突き出したが、四姫の肘打ちがそれよりも早く、人体急所の水月にめり込んだ。

数尺はぶっ飛んだ敵は、呻き声をあげて大木に叩きつけられる。


「ハアハア、気のせいではない…術が効かぬのか」

「まだ、話せるんだ」

「いい気になるなよ小娘…」

「怖いの?」

「くぅっ!?」


ジンヘイは忍び装束のような服から丸い物を取り出した地面に叩きつけた。

するとそこから煙が立ち上がり、あっという間に姿を隠してしまう。

煙が晴れるとジンヘイの姿はなくなっていた。

煙幕に手裏剣のような武器といい、まるで前世の忍者のような奴だ。


「今度は…本当に逃げたかな」

「何だったんださっきの奴は」

「あの男はジンヘイ…チョウシの右腕のような存在です」

「つまり全の斥候というわけか…ガレオたちがしくじったのか?」

「違うと思います。単独で行動していたようですし、おそらく本隊の足止めは成功しているのでしょう」

「確かに…」


シヨの言う通り、ガレオ達がしくじっていたのなら、後詰が現れないのは不自然だ。

それにチョウシの右腕と言われるほどの実力者であれば、足止めを掻い潜り単独で行動していたのも頷ける。

不可解な点があるとすれば、なぜシヨが狙われたのかということだ。


「それより、俺達に協力的だったのが裏目に出たようだな。暗殺者に狙われるとは」

「…あれは半分は嘘でしょうね。仕掛けるにはあまりに機を逸してました」

「その言い振りだと、他に目的があると?」

「さぁ、どうでしょう…」


言葉を濁しているが、シヨの視線が微かに泳いだことを見逃さなかった。

泳いだ先を悟られぬように追うと、そこにはエリンの姿がある。

消えた敵を警戒してか、休憩中の男衆に指示を出し周囲の索敵しているようだ。


「そうか」

(確証は持てないが、狙いはエリンだったのか?)

「胤、さっきの奴どっかいっちゃったから安心して」

「もう他に敵はいないんだな?」

「うん!」


四姫はどうやら、谺する声や土中の敵の位置を見破る術を持っているようだった。

今までの実績を考えると、四姫がいうのだから敵はもうこの近辺にはいないのだろう。

謎は残るが、今は村人達をヴィルジニテの別邸に案内することを優先するべきだ。

索敵を続けるエリンに状況を説明して、村人達に移動を再開する旨を伝えてもらう。

こうして短い休憩は終わりを告げたのだった。


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「小癪なワーウルフどもめ、一度ならず二度も辛酸を舐めされられるとは」


チョウシ率いる一団は、逃げたウェアキャット達に追いつくため、慣れない森の中を進んでいたのだが、ワーウルフ達の奇襲があり行軍の足止めを余儀なくされていた。

ちょうど西から東にビョウ村を抜けたあたり、不慣れな森の中ということもあるが、ここまで手こずっているのはワーウルフ達の巧みな奇襲によるものだ。

獣の道のように細いため追走しようとすると必然的に長くなった隊列の横っ腹に、少数のワーウルフ達が強襲を仕掛けてくる。

鬱蒼と生い茂る樹木により視界が悪く、弓矢も機能し辛い環境ではその強襲を予期することは難しく、チョウシの一団は迎撃ができないでいた。


「被害はそれほどでもないが、これではまともに行軍できぬ…ジンヘイを先に行かせたことが仇となるとは」


隠密、索敵、情報収集などに長けたジンヘイを斥候として向かわせたことに、チョウシは若干の後悔を覚えた。

少なくともジンヘイさえいれば、敵の司令塔の位置などすぐに判明したことだろう。

いくら悔やんだところで、手をこまねいていれば被害が広がる一方なのは明白だった。


「報告、第一隊の損害が拡大。死傷者はいませんが負傷者が増加しています」

「うぬぅ、致し方ない」


チョウシは功を立てることを急いていたが、愚か者ではない。

苦肉策だが、村まで後退すればある程度開けた場所に防御陣地を敷くことができる。

ワーウルフに二度も煮湯を飲まされることになるが、ジンヘイが帰還するまでの辛抱だと思い全隊に命令を下した。


「我が殿を務める。お前達は村まで後退しろ」

「で、ですが」

「二度はいわぬぞ」

「承知しました!」


こうしてチョウシの一団は村まで後退を始めるのであった。

対して優位に立っているように見えるワーウルフ達だが、実はそんな余裕はどこにもなかった。

装備の差や長移動距離による疲労ももあったが、一番の問題は圧倒的な数の差だ。

相手が数千の兵力に対してこちらは、百名割って五十人程度。

正面切って戦えば、必ず負けるといっても過言ではない戦力差がそこにはあった。


「オメェらへばってる場合じゃねぇ、ここが正念場だぞ」

「一撃離脱に努めて下さい。トドメは刺す必要ありません」


ワーウルフ達は地理的有利を取るために、若干周囲より盛り上がっている丘に陣取っていた。

盛り上がっているといっても、生い茂る樹木のせいで敵の位置は正確には分からない。

少しでも敵にみつかりにくくするのが主な目的だった。

机代わりの岩上に地図を広げ、そこからテンとガレオが各隊に指示を飛ばしている。

若干苛立っている様子のガレオとは対照的に、テンは淡々としていた。

テンの考えた作戦は十名程度に分けた部隊による波状攻撃、いくら相手の隊列が側面からの攻撃に弱いとはいえ、同じ箇所で戦い続ければいずれ包囲され撃破されてしまう。

なので長く伸びた隊列の複数箇所に攻撃を仕掛けると共に、時間差をつけて攻撃することで、その可能性を下げていた。

非常に難しい作戦だが、テンの天才的指揮能力とワーウルフの持ち前の士気の高さにより、かろうじて作戦は成功している。


「若頭…じゃなかった。頭!敵が後退していくようです」

「本当か!よしお前ら追撃の準備を」


部下の報告を聞いたガレオは、苛立ちを忘れ目を光らせた。

今こそ追撃を、敵を殲滅するべきだと思ったのだ。


「ま、待って下さい、レオの兄貴!敵の動きが早すぎます。何か罠があるのかも」

「だがよ、今が好機だぜ」


チョウシの一団に罠など設置している余裕などなかったので、テンの考えすぎだったのだが、結果として無駄な犠牲を出さずに済んだことになった。

殿を務めるチョウシと対峙すれば、誰が相手であろうとタダではすまない。

ガレオを筆頭に全部隊で襲い掛ければ一縷の望みあったかも知れないが、敵の司令官が殿を務めているとはワーウルフ側も露にも思っていなかった。


「本来の目的は達成してます。あとは旦那からの連絡を待ちましょう」

「ぐ、だが俺もそろそろ前線に…」


ガレオは考える。

現状維持による足止めか、追撃により大きな手柄を得るか。

テンのいっていることを頭では理解しているようだが、功を上げようと気持ちが急くのはワーウルフの性だろう。

目の前の弱っている獲物に、歯茎を剥き出し襲い掛かれと本能が訴えている。

本能と理性の間で揺れ動いている最中、ふと部下達の様子が目に入った。

誰も彼もボロボロの姿をしているが、その目はギラギラとした眼光を宿している。

それは決して士気が高いだけが理由ではない。

新しい頭がこれから何をするのか、皆が期待を寄せているからだ。


「…お前達は見張の順番を決めたら交代で休め」

「いいんですか?」

「ああ、負傷しているものを優先して休ませてやれ」

「は、はい」


予想外の指示を受けたワーウルフ達は慌ただしくも。指示どうり順番を決め各々が休息とるように動き出した。

テンも他のワーウルフ達と同様に、指示の内容が予想外だったようで目を丸くして驚いている。


「驚いた…てっきり兄貴のことだから、我慢の限界がきたのだと思ってました」

「指示を出した俺が一番驚いてるぜ。少し前までは…」

「叔父貴のようにしていた?」

「そうかもな。だがもう頭は親父じゃない!この群れのあり方は俺が決める」


今のガレオ達は分かるはずもないが、この戦いはワーウルフの歴代の戦いにおいて、最も被害が自軍の被害を出さずに勝利した戦いとなる。

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