第二十五話 流れ
「その奥ですわ…」
「待ってろ。休める場所に」
ガラッという音と共に別邸の最奥にある引き戸を開けると、そこは柔らかそうな布団が敷かれた寝室だった。
朝日を効率良く取り込む小窓が設けられており、これなら気持ちよく目を覚ますことができそうだ。
雅な置き物もところどころに置かれているが、もはや慣れてしまった。
「はぁ〜よく寝た」
「四姫、こんなところにいたのか」
ケールを休ませるため寝室に連れてきたのだが、布団の中には四姫が寝ていた。
姿を見ないと思ったら、こんなところで惰眠を貪っていたみたいだ。
「うん、だって昨日からろくに休めてなかったし…」
「それもそうだな」
いわれるまで気がつかなかったが、確かに昨晩ビョウ村に帰ってから今まで休む暇がなかった。
その事に気がつくとドッと疲れが襲ってくる。
だが、まだ休んでいる場合ではなかった。
「それより…どうしてまたその女を胤が持ってるの」
「いいからそこをどけ」
「え!?ちょっと!」
行手を遮る四姫を押し退け、ケールを布団に下ろした。
本人曰く、魔力を消耗しただけで心配する必要はないとのことだったが、大事を取るに越したことはない。
柔らかなとこで横になれたおかげか、心なしか表情も和らいだように見える。
「助かりましたわ」
「話をして大丈夫か?」
「ええ、多少なら…」
「シュンカはどうなった?」
「この世にはもういませんわ。これでシュクルットとエピナも安らかに眠れるでしょう」
「仇を討てたのだな」
「それより貴方は村に急いで、危険を察して逃げてはいるようだけど、追いつかれるのも時間の問題だわ」
「逃げているのか!?いったい誰が…いや、なんでもない。早急に対応しよう」
「お気をつけて、私も回復したらすぐに駆けつけますわ」
聞きたいことはまだあったが、長話をさせると体に障ると思い早々に話を切り上げた。
察するにエリン達はビョウ村を捨てて、すでに逃げているようだ。
性格的にエリンがそんなことをするはずがないので、マルが発案者かもしれない。
何はともあれ、村を捨てるように説得する手間が省けて好都合だ。
そんなことを考えながら、入口外の露台に戻るとガレオとテンが待ち構えていた。
「旦那!それと…」
ガレオが言い淀んだのは、後ろについてきた四姫の存在のせいだろう。
村での一件から四姫とワーウルフの関係は芳しくない。
ワーウルフの方は気にしていないようだが、四姫が一方的に警戒しているのだ。
数人の命を奪っているせいもあるだろうが、両者の確執はいまだに解消されていない。
「四姫のことは気にしないでいい」
「そ、そうなのか?でエルフの姉さんは大丈夫なのか」
「命に別状はないようだが、回復には今暫くかかりそうだ」
「そうか…あの化け物みたいな人間は?」
「あいつならちゃんと報いを受けたようだ」
「すげぇ、あの化け物やっちまうなんて…やっぱりさっきの気は伊達じゃなかったんだな」
「『気』とはなんだ?」
「旦那も使ってるだろ。あの剣を出すときに」
剣というのは写刀のことだろう。
ということは気とは魔力のことを指しているわけだ。
種族間で呼び方が違うのかもしれない。
「あれは剣ではなく刀だ」
「片刃の剣と何が違うんだ?」
「全く違う!刀とは武士の魂で」
「ゴホンッ!旦那、兄貴、盛り上がってるところ申し訳ないですが、そろそろ本題に入ってもいいですか?」
脱線していた話をわざとらしい咳払いで遮り、テンが話に割って入ってきた。
少し怒っているようにも見えるのは、自分が余計な話をしたせいだろう。
エリン達が村からすでに逃げていることを知っていたので、ついつい気が緩んでしまった。
「す、すまないな」
「先ほどの姉さんの様子だと、ビョウ村に危機が迫っているのでは?」
「そのことだが」
先ほどケールから聞いた話を伝えると、テンは額に手を当て考え事を初めた。
時折、ぶつぶつと小声で呟いてはため息をついている。
暫くすると脳内会議が終わったのか、しっかりした声量で話し出した。
「やることは二つですね。ビョウ村から逃げている人達をこちらに誘導する者と、追撃してくるだろう人間の足止めする者の」
「ふ〜ん」
「す、すいません。何か間違いがありましたか?」
「いや、疑っているわけではないんだが、テンが俺たちのことで何故そこまで真剣なのかと思ってな」
「それは…旦那には叔父貴を救った恩返しがしたくて」
「ガオンの?」
テンはガレオの様子を見ながら、どうも言葉を選んでいるように見える。
ガオンを救ったといっても、あれは問題を先送りにしただけだ。
あの様子では、再び俺たちの前に現れ障害になることは明白だった。
その時にどう行動するか、覚悟だけは決めておくことにしよう。
「まぁ、今はそんなことより策を考えようぜ」
「そうだな。ガレオの言うとおりだ」
「旦那もまだ、俺らのことが信用できねぇだろうから、敵の足止めには俺らが出向くぜ」
そんなつもりは無かったのだが、その意見には賛成だった。
大差はないだろうが、自分たちの方がビョウ村の者たちに信用されていることだろう。
「異論はない。だが、お前達を信用していないという部分だけは訂正してもらおう」
「へへ、じゃあ俺らは準備が出来たら出ることにするぜ」
こうして、救出作戦が始まることになった。
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「なあ、本当にエリン達の位置がわかるんだろうな?」
「うん、任せてよ」
作戦の打ち合わせが終わった後、そのことをケールに伝えると森託により、エリン達の現在位置を教えてもらった。
ただ、エリン達も常に移動しているので、自分たちが向かう頃にはその場所にはいないだろう。
故に移動先を予測をして、しらみ潰しに探すしかないと思っていたのだが、四姫が近くまでいけば位置が分かるというので先頭を任せてその後ろを着いて行く。
とりあえずケールに教えてもらった場所に赴き、そこから痕跡を探って追跡する算段を立てていた。
「まぁ、そんな都合よく見つかるわけが」
「見つけた!」
嘘だと思ったが、四季が鬱蒼と茂森の奥を指さす方をみると、そこにはゾロゾロと歩くウェアキャット達の姿があった。
列の前方と後方の守りを若い男達が務め、中心付近に年老いたものや子供が集まっている。
行進の速さではなく全員が生き残るために編成された隊列は、エリンの誰も見捨てないという思いを感じ取れた。
「胤ノ介、それと四姫…」
俺たちが近づくと、後方の男連中に混じっていたエリンが顔を出してきた。
おそらく、何か非常事態があった時にしんがりをするつもりだったからだろう。
表情は険しかったが、俺たちの姿を見て少しその表情が和らいだように見える。
「無事で何よりだ。それで何があった?」
「何もなかったよ…ただ、マルとあの女がどうしても村を脱出するべきだと意見してきてね」
「あの女?」
「私のことです」
捕虜として捕まえているシヨが、中央の列から抜けて声をかけてきた。
移動するので足枷は外されていたが、手錠はそのまま付けられている。
この大移動はシヨが提案したのであれば、よくエリンを説得できたものだ。
こちらとしては未来の国民である、村人を失わず済んだことは非常に喜ばしいことなのだが、その分だけ何故という疑問も浮かんでくる。
「お前は敵だが一応感謝しておく。おかげで無益な犠牲が生まれずに済んだ」
「その反応だと、やはりビョウ村は襲われていたんですね」
「ほ、本当かい!?」
エリンが驚いた表情をこちらに向けてきたので、無言で頷きシヨの言葉が事実だと肯定した。
自軍の事とはいえ、情報を遮断されている状況で奇襲を予測するとは、シヨのやつ相当頭がキレる。
そこから軽く情報交換を行う。
エルフの里での出来事から、村に全の軍勢が侵攻してきたことなど大まかな流れを説明した。
ビョウ村では俺たちがエルフの里に向かったあと、復興を続けようとしたらしいのだが、襲撃者の正体を知ったシヨがマルを説得しすぐに村を脱出するように促したらしい。
「チョウシのことはよく知ってます。策が上手くいかなかったのであれば、次は力尽くで村を襲うだろうと」
「何というか一貫性がないな。懐柔したいのか滅ぼしたのかどっちなんだ?」
「この東伐はあくまで阿への牽制が目的で…いえ、それは中州の者の言い分ですね」
「ん?」
「下州の…チョウシたちは手柄を欲しているんです。自分たちの居場所のために」
「武功を立てるのが村を襲う理由か。いつの世も人の考えることは一緒だな」
「…無意味な戦い」
どうやら全の内部も一枚岩ではなさそうだ。
個々の思惑が絡み合っているのだろうが、こちらのやることは変わらない。
その後は村人たちに半刻ほど休憩を与えた。
こんな森の中でゆっくりできるか分からなかったが、各々かなり疲労しているのが伺える。
話し合いの結果、案内する予定となったヴェルジニテの別邸までは、それなりに距離があるのだ。
動く前に休憩を挟むべきだと判断した。
「エルフの里も安全とはいえないかも知れないが、森を放浪とするより幾分かはマシだろう」
「仕方ないね。まぁ、せいぜい強くなったケール様に守ってもらうとするよ」
「…まさか、その別邸とやらに籠城するつもり?」
「そうなるな」
「だ、だめよ!」
「他に行き場がないのだ。何いざとなったら俺が何とか」
「その辺の有象無象ならそれでもいい…でも中州逃亡戦の雄であるチョウシを甘く見ないほうがいい」
中州逃亡戦…上州の覇者モンドが己の威光を広める為、中州に侵攻したことが発端で起きた戦の名前らしい。
圧倒的な武力を前に成す術がなかった中州の統治者カトクは、盟友の下州の有権者ソンショウを頼りに逃亡戦をしたのが大まかな流れだった。
民を見捨てないというカトクの覚悟により、武将達の戦いは熾烈な極めることになる。
戦の中でも一番の障害だった渡河作戦を、最低限の犠牲で成功させたのがチョウシだという。
その活躍はまさに一騎当千、数万の敵を蹴散らし民の逃げる時間を稼いだだけにとどまらず、敵陣に取り残されたカトクの親族を単身で助けに行き、見事に無傷で下州に届けたらしい。
この戦の結果、上州と中州を手中に収めたモンドは阿を建国し、下州に逃れたカトクは紆余曲折ありながらも全を建国した。
「チョウシがすごいのはよく分かった。だが他に策があるのか?」
「…村人を囮にします」
「そんなこと、私が許すわけないだろ」
「援護の期待できない籠城戦より全然マシです」
エリンが鬼のような形相でシヨのことを睨みつける。
だが、その視線を真っ向に受けてもシヨは動じない。
てっきり、竦んで震え上がり何も言い返せないと思っていた。
お互いから、曲げることのできない強い意志を感じとれる。
仲介に入らなければこの睨み合いはいつまでも続いてしまうことだろう。
「まぁ、二人とも落ち着け」
「胤ノ介はこの女の味方をするのかい」
「そういうわけではない、だが正しいことをいっていることは分かる。シヨは兵法の基本的なことをいっているだけだ。敵の意識を守りを固める村人に向けさせ、その隙に敵を挟み撃ちにする。こういうことだろう?」
「…その通りです。少しは話が分かる人がいてよかった」
「ぐぬぬ、でもな!」
作戦に納得がいかないのは分かるが、基本的に籠城戦は攻め側が多くの兵力を必要とする。
この少ない人数で被害を最小限に抑えるためには、どうしても囮が必要だ。
正直これ以上の策はないと思えた。
チョンチョン
エリンの怒りを宥めていると、腕の裾を四姫に引っ張られた。
「なんだ。こんな時に」
「あっちに敵がいる」
四姫の指さす方に意識を向けると、何かが風を切り裂きながら飛んできた。
速いのだが迎撃できない速度ではない。
直ちに写刀で切り払おうと一歩踏み出した。
「何かが違う…伏せろ!」
攻撃が届く寸前で、殺気を全く感じない事に違和感を覚えた。
思ったのも束の間、何かの軌道が変化する。
その先には、攻撃に気がついてないシヨの姿があった。
「はい?んきゃ」
咄嗟にシヨの頭持ち、地面に押し倒した。
目標が倒れたことで空を切った何かは、弧を描き飛んで来た方向に戻っていく。
すかさず写刀を射出することで、勢いを殺しその場に叩き落す。
地面に突き刺さった何かの正体は、くの字の形をした鉄の投擲物だった。
手裏剣の違いかと思ったが、脇差ほど大きさをしている鉄塊を果たしてそう呼んでいいのか分からない。
一つだけいえるのは、殺気を感じなかったのは、初めから狙いが自分じゃなくシヨだったからだ。
「い、いきなり何を!?」
「見れば分かるだろ。敵襲だ!」
「え…これはジンヘイの魔練武器?」
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