第二十四話 至る者

「いやー楽しかったっす。あの表情は今思い返しても、ぶふぅ」


木々が茂る森の中を風よりも早く進むシュンカは、すでにヴィルジニテの別邸から数里は離れていた。

人を逸脱する速度で走っているにも関わらず、息すら上がっていない。

追いつける者などいないだろうに、足跡などの痕跡も残らないよう魔法で足場を作る徹底ぶりを披露していた。


「流石の逃げ足ですわ」

「声?いや、そんなはずないっす」


この速さについて来られるものはいないという自負からか、足を止める様子は見られない。

だが、その声は幻聴ではない。

シュンカの目の前に魔力の光が集まったかと思うとエルフが一人現れる。

金色の瞳に全身に淡い光を纏うその姿は明らかに普通ではなかった。


「その見た目はどうしたんっすか?」

「知る必要はありませんわ…貴女はここで死ぬのだから」

「面白いこというっすね。誰がお姉さんの剣と盾を葬ったとおもっているっす」

「確かにそうですわね」

「なんか思ってた反応と違うっすねぇ、まぁそのことを知ったのは殺した後っすけど」

「いいんですわそんな些末なこと、だって貴女の運命はすでに決定しているんですもの」


ケールが右手をさっと振るうと、その軌跡に高密度の魔力が漂う。

目にも止まらぬ速度で紋様が描かれ、あっという間に陣が展開した。

だが、その隙を見逃すほどシュンカは甘くはない。

外套の下からアブソープションサーベルを取り出し、瞬く間に切りかかった。

黒い魔力を纏わずに攻撃したのは、陣から発せられる高密度の魔力を感じ取ったからに他ならない。

自分の魔力より吸収した方が強力になると判断したのだ。


「避けた方がいいですわ」

「なっ!?」


陣を切り裂きその魔力を我が物にしたシュンカだったが、瞬時に身を引いたケールの体までは刃が届かなかった。

避けられたといっても、普通の魔法使いが相手であれば陣を失ったこの時点で、シュンカの勝ちが決まっていたことだろう。

なぜなら接近戦となれば次の陣を展開するより、剣で切りかかる方が早いからだ。

魔法を放つにはそれなりに隙ができる。

だが、ケールはすでに普通の魔法使いの範疇には収まらなかった。


「乱羽旋風(らんぱせんぷう)」

「ちょ、ちょ、ちょっと待つっす」


ハイエルフの莫大な魔力量は陣を複数同時に展開することを可能にしていのだ。

シュンカは囮の陣に重なるように展開された陣の存在に、魔法が放たれるまで気がつけなかった。

反応が遅れたせいで、本命の魔法が直撃する。

鎌のように鋭い嵐のような風の激流により、地面に叩きつけられと共に全身を切り裂かれた。


「ぐはぁ!じ、陣を同時に展開できるなんて聞いてないっす」

「もう終わりですの?」

「だ、騙し討ちが上手くいったからって、いい気になるなっす!」

「負け惜しみが強いことですわ」

「くっっ!次は二つとも吸収してやるっす」

「はぁ…誰が陣が二つといいましたの。風縛牢(フウバクロウ)」


ケールの言葉に呼応してシュンカの足元に陣が展開された。

陣を描く魔力を最低限にすることで、魔法発動の直前まで相手に気がつかせなかった。

これは緻密な魔力操作と、遠隔で陣を描くことができるケールだからこそできる高等技術だ。

発動した魔法は風の檻となりシュンカの周りを取り囲む。


「こんな魔法、アブソープションサーベルの前には無力っすよ」

「その贋作のことですの?」


指さす先に目を向けると、吸収した魔力に耐えきれずヒビ割れてしまったアブソープションサーベルが握られていた。

あまりに高密度の魔力を吸収したせいで、許容できる負荷を逸脱したのだ。

今にも折れそうな剣を目の当たりにして、シュンカは驚愕の表情を浮かべる。


「嘘っす!?こんな」

「仮に万全だったとしても、貴女がこの魔法を破ることは無理でしょうけど」

「ま、まだっす。シュンカが魔力を放出すれば、また吸収が」

「無駄ですわ…これから起きることは、魔力を帯びていませんもの」


魔力の檻は半径数十尺の長さがあり、シュンカ一人を囲うには余りにも大きかった。

ケールが目測を誤ったのではない、何故なら檻の大きさは術者が任意に変更することができるのだ。

その大きさの変更に際限はない。

ケールは檻の大きさを、豆粒大になるまで収縮するように念じた。

それはつまり、外界と隔絶された大気が一気に圧縮されるのと同義である。


「ま、待っ」

「死んであの世で後悔するといいわ。可斂葬(カレンソウ)」


シュンカの命乞いも虚しく、一瞬のうちに檻がその大きさが縮小した。

逃げ場のない大気に莫大な力が加わることで、太陽と見間違うほどの眩い閃光が走る。

しばらくしてケールが魔法を解除すると、シュンカの存在していた空間には炭のような燃え滓だけが残っていた。


「ふぅ、終わりましたわ…後は…うぅ」


ケールは力無くその場に座り込み、肩を大きく上下させて息をしている。

全身を覆っていた薄青い魔力の光波も消え、瞳の色も元の赤い色に戻っていた。


「はぁ、はぁ…こんな時に何ですの」


魔法の同時使用により、満身創痍となった身体を、キラキラと光る宝石のような物が包み込んできた。

まるで我が子を心配をして、優しく寄り添っているようにも見える。

実際に特定の者にしか伝わらない言の葉で、重い思いにケールのことを気にかけていた。


「そんな…早く伝えないと」


だが言の葉が伝えたある情報により、ケールは休むことができなくなる。

節々の痛みを堪え、胤ノ介達が待つヴィルジニテの別邸に目指すのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「旦那、エルフの嬢さんは大丈夫なのか?」

「さあな、だがあの口振は自分でケリを付けたかったのだろう」

「なるほど、それなら追いかけるのは野暮ってやつか」

「兄貴、旦那、いま大丈夫ですか」


申し訳なさそうに声をかけてきたのはテンだ。

ガレオと並ぶことで、ワーウルフでは小柄なことがよく分かる。

何の要件かは知らないが、特段急ぎの用事があるわけでもないので話を聞くことにした。


「なんだ?」

「これからの動きについて、相談したいことがあるのですが」


確かにエピナを失ったことは残念なことだが、ケールを救援するという依頼は果たしたのだ。

ワーウルフも正式に仲間となった今、これからの行動を皆ですり合わせをした方がいいだろう。


「そういうことであればハザマもいた方がいいな。呼んでくるから少し待っていろ」

「分かりました」


ケールを追いかけて別邸の外に出てきたハザマは、何か考え事をしているのか、入口で口元に手を当て神妙な顔をしている。

ちなみに四姫は別邸に着いてから姿を絡ましていた。

別にどこで何をしていても構わないが、一言あってもいいとは思ってしまう。


「(たとえこの場に居合わせようと、何も話はしないだろうがな)」


ともかく今はハザマを呼びつけよう。

探すのは用事が済んでからだ。


「おい、ハザマ少しいいか?」

「なんでしょう」

「テン…ワーウルフが話をしたいそうなんだが」

「なるほど、話ですか…せっかくのお誘い申し訳ありませんが、僕のことはお構いなく進めて下さい」

「は!?」

「今後は胤ノ介さんの考えで動いて下さい。僕は少し皆さんの下を離れようと思います」

「理由はなんだ。お前のことだ何か考えがあるのだろう」

「はい…議会の出来事で思うことがありまして。シヴァやセザムが使用した影の魔法、あれは一つ間違えば龍華そのものが滅んでしまうほど危険なものなのです。ですので」

「皆までいうな。ワーウルフ達を一瞬のうちに半数に追いやった恐ろしい魔法のことは聞いていた。ハザマは独自に調査するつもりなのだろう?」

「その通りです」


自分は目にしたことはなかったが、影の魔法の存在は話で何度か聞いていた。

龍華を滅ぼせるほど強力な魔法なのか、いまだに半信半疑なところだったが、ハザマが嘘をつく理由もないはずだ。

菫を召喚しても居場所がなくなってしまったら元も子もない。

ここはハザマを信じて、自分は神器を手に入れることに集中しよう。


「…あまり長くは待てんぞ、お前にはやってもらわねばならないことがあるんだ」

「分かっています。では」


そういうとハザマは露台から飛び降り姿を消した。

事情を知る味方が減り、少しだけ不安を感じたが裏を返せばこれは好機なのだ。

所在は掴めているのだから後は全の者たち、取り分けチョウシを倒すことだけ考えればいい。


「旦那、どうなったんで?」

「あぁ、待たせてすまない。やはり話は俺だけが聞こう」

「わかりました。それでは僭越ながら自分の考えをお話しします」


テンは懐から綺麗に折り畳まれた古めかしい紙を取り出し、地面に広げ始める。

見慣れぬ染料で描かれたそれを、初めは浮世絵か何かかと思った。

だがよく見ると一面を新緑で染め上げられ、所々にクネクネと曲がる青い線が入っている。

そしてその線が集まり、水溜りのようになっていることで気がついた。


「これは地図か?」

「ええ、その通りです。そしてこの青いところが」

「俺たちのいるエルフの場所だな」

「はい、そしてこっちがビョウ村です」


テンは自分たちの居る場所から西の所を指さす。

ただ緑色に塗られている箇所だったが、そこには小さな文字が刻まれていた。

こことビョウ村までの距離は、地図上で見るとそこまで離れていない。

森を抜けるにはその3倍の距離はある。


「この森はこんなにも広かったんだな」

「旦那は森を出たことがないのですか?」

「まだここに召喚されて、1週間程度だしな」

「しょうかん?」

「お前達には話していなかったな。俺と四姫は…」


ガオンには軽く事情を伝えていたのだが、どうやら他の仲間には教えていなかったようだ。

一通りこれまでの経緯を説明すると、なぜかガレオは目元を抑え涙ぐんでいた。

対照的にテンは、目をキラキラと輝かせ興味深々のようだ。


「ガレオはなんで泣いているんだ?」

「いや、ずずぅ…ただ、辛かったろうなと思って、気にしないでくれ」

「そ、そうか」

「確かにおかしいとは思っていたんです。龍華黎明期にこの森に入植した人間は故郷に戻るか、デミエルフと暮らすごく一部の老人だけだと聞いていたので」

「話を戻そう。テンが話したかったことはなんだ?」


自分が余計なことを話したばっかりに本筋から脱線していた。

これまでのことではなく、これからのことを話さなければならない。

ハザマは言葉にしなかったが、国を作るのを諦めたわけではないだろう。

つまり、神器を奪いその過程で国の基盤を作らねばならないということだ。


「そ、そうですね。では改めて現状から説明をしたいと思います」

「頼む」

「今この森には全と阿の両国から、侵攻を受けています。全は西から阿は領土的には北からの筈ですが、すでにほぼ中心地のここまできています」

「北からなら俺たちの縄張りを抜けるはずだぜ」

「ええ、兄貴のいう通りそこは引っかかっていたのですが、エルフに内通者がいたのであれば得心がいきます」

「セザムのことか…確かに長年この森に住んでいるのであれば、抜け道の一つや二つ知っているかもな」

「それだけではないかもしれませんが…とにかく阿の対処は難しいかも知れません」


阿の足跡が掴めないのは影の魔法のせいかも知れないと思ったが、憶測だけで話をして場を乱したくはなかったので心の中に留めておくことにした。

ハザマが奴らを追うので、しばらくはこちらに手を出すことは困難になるはずだ。

自分たちは全の対応に注力したほうが建設的だろう。


「阿の対応はハザマがやる。俺たちは全の対応に集中しよう」

「そ、そうですか。全の移動手段である騎馬は森の中では機動力に欠けます。定石であればビョウ村の人々にこの里まで来てもらい、補給線が伸びたところを奇襲するのが効果的だと思います」

「お前、頭がいいな」

「そうでしょう旦那!ビョウ村の策もこいつが考えたんだぜ」

「え、へへ」

「なるほど、それで…」


テンの策は理にかなっている。

村を捨てるように説得するのは骨が折れるかも知れないが、一時的なものとして納得してもらうしかない。

エリンをどう説得するか考えを巡らしていると、露台に続く階段から何者かが登ってきた。


「ハァハァ…胤ノ介…」

「ケール!無事だったか」

「急ぐんですわ。ビョウ村に人間達が…」


息も絶え絶えで階段を登ってきたのはケールだった。

特に外傷はないみたいだが、額に汗が流れ倒れぬように体を壁に預けている。

さっきのハイエルフの姿から元の姿に戻っていた。


「それはどういうことだ!」

「森託でビョウ村に…人間達の軍勢が…」

「これ以上は話さないでいい」


ケールは安堵したのか、芯が抜けたようにその場に倒れ込む。

急いで担ぎ上げ、別邸のにある寝所に連れていった。

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