第二十三話 怨恨
「そこからはあなた達も知っての通りですわ」
「では次は仇討ちといこう」
「え!?」
「シュクルットの無念を晴らしたくはないのか?」
「そ、それは…でも、まだ気持ちの整理が」
「何を躊躇することがある。正義はこちらにある」
死んでしまったもの達には悪いが、これはいい機会でもある。
身内が殺された仇を討つという建前で、政敵を一掃するのだ。
この筋書きであれば、多少強引な手を使っても有象無象を納得させることができるだろう。
「旦那!まずいことになりやした」
「どうした?」
ケールを担ぎ上げる計画を頭の中で思案していたところ、一人の見知らぬ小柄なワーウルフがやってきた。
ワーウルフ特有の薄い葵色の毛並みに、幼く見える目元が特徴的だった。
「そ、それが、オンの叔父貴とレオの若頭が…」
「オンと…レオ…誰のことだ?」
「すいません。自分たちはいつも『ガ』を省略するので」
話を聞くと『ガ』とは名字のようなもので、身内同士で呼ぶ時は省略するものらしい。
つまりオンとレオはガオンとガレオのことを指している。
「それでその二人がどうしたんだ?」
「はい、それが…」
話によると二人が争っているとのこと、雰囲気で嫌な予感がしていたが、どうやらそれは当ってしまったようだ。
詳しい原因は不明だが、とにかく二人様子を見に行こう。
小柄なワーウルフに続き別邸の入口を出ると、広い露台の上で件の二人が睨み合っていた。
周囲を他のワーウルフ達が囲い、ちょっとした見世物のようになっている。
「おい、何をしている」
「手出し無用ですぜ、旦那」
「その通り…これはあっしらの問題でさ」
こんなことをしてい場合ではないというのに、周囲の奴らは二人を止めるつもりはないようだ。
睨み合っているだけのようにも見えたが、体には無数の傷がついている。
すでに何回かやり取りがあったのだろう。
尋常ではない殺意が二人の間に満ち満ちていた。
「あんたが言ったんだぞ。皆んなで故郷に戻ろうって」
「そ、そうだ。だから、手始めにこの森にいる全、阿のやつらに一泡吹かせてやろうと」
「いいや違う…あんたは欲をかいた」
「なにぃ」
「当初はあの女を抱き込んで終わりだっただろう?でも、全のやつらに策が上手く嵌ったからって調子に乗ったんだ」
周りの奴らも見ているばかりで、止めるつもりはないようだ。
小柄なワーウルフに話を聞けば、群れの長は常に最も強いものでなければならないという考えが根強くあるようだ。
他の皆がそういう考え方をしているため、部外者である俺に仲裁を頼みに来たらしい。
だが、力尽くにでもしなければあの二人は止まりそうにない。
ここは一旦様子をみて、然るべき時を待とうと考えた。
「ぐぬぅ、言わせておけば…覚悟はできているんだろうな?」
「そうやって逃げようとしても無駄だぜ。仲間を無駄死にさせた責任はとってもらう」
「吐かせ!お前のような若造が、百獣忌全盛の頃より戦ってきたあっしに勝てると思っているのか」
「みっともねえ…いつまで過去の栄光にしがみついているんだ?」
「な、なんだと」
「そんなふうに威張っても、あんたは先陣を切って戦ったことはないだろ?この臆病者め!!」
「だまれぇ」
こうして睨み合いは終わり、新たな戦いの火蓋は切られた。
ガレオの安い挑発に動揺したガオンは、安直に飛びかかり大きな爪を振りかぶった。
妖しく光沢を放つあの爪に切り裂かれればひとたまりもないだろう。
対応するガレオは微動だにしない。
わざわざ挑発したのだ、何か策があるのだろう。
「死ねぇ、レオ!」
「死ぬのはあんたの方だ。爪龍牙(そうりゅうが)!!!」
爪が当たると思ったその時だった。
微動だにしていなかったガレオが両手を瞬時に突き出し、爪が届くよりも早くガオンの体を捉えた。
全体重が掛かった攻撃を迎撃されだガオンは、体をくの字に折り曲げながら露台の端まで吹き飛んだ。
「終わりだ」
「はぁはぁ…ちくしょう」
「最後に何かいいたいことがあるか」
「お前はあっしらの百獣忌を知らねぇから、何もかもが思い通りだったあの時代を」
「また昔話か…金色のラオはもういないんだぞ?」
「そんことはねぇ、まだ偉大なライカンスロープの血を継ぐ者が残ってる。奴ならきっとあっしにまた夢を見せて」
「もういい…死ね」
そろそろ頃合いだろう。
日和見するのをやめて二人の元に急いで駆け寄る。
トドメの一撃を入れようと、振り上げていたガレオの腕を掴んで止める。
「まぁ、待て」
「旦那、手出し無用といったはずだぜ」
「この勝負、俺が預かる」
「か、勝手なこと、ッ!?」
腕を握る力を強めることで、力量差を暗に示す。
多対一ならまだしも、一人のワーウルフを抑えつけるぐらなら今の膂力なら容易だった。
ガレオもそのことを察したのか振り下そうと、腕に込めていた力を抜く。
「分かった。後は好きにしてくれ」
そういうと、これ以上話すことはないという意思の表れなのか、踵を返して取り囲んでいたワーウルフ達に勝利宣言をした。
誰の目からみても勝敗は明白だったこともあり、行方を見守っていたワーウルフ達はざわめきつつも、新しい長の誕生に歓喜していた。
「あっしを助けたこと後悔しますぜ」
「頼まれただけだ。あの小柄なワーウルフに感謝するんだな」
「テンの奴が?ハハハ、どいつもこいつもあっしをバカにして」
「さっさとこの場を去るんだな」
「そうさせてもらいやす。あっしはまだ百獣忌を諦めきれねぇですから」
ガオンはそう言い残し森の中に消えていった。
我ながら甘いことをした。
次に相見えることがあれば、それなりの対応をする必要があるだろう。
「旦那、ガオンの叔父貴を救って貰い感謝します」
「テン…いや、ガテンと呼んだほうがいいか?」
「お好きに呼んでください」
「うむ、それで何故あやつを救う必要があった?」
「自分はこのしきたりが嫌いで…それにレオの兄貴も本当は望んでないはずですから」
歓声に包まれるガレオの方を見つめるその眼差しには、熱がこもっているとように見えた。
俺たちの視線に気がついたのか、ガレオが歓声を静めこちらに歩いてくる。
「旦那、親父は…」
「俺の独断で放免した。何かあれば俺が責任を取る」
「そうか…旦那、突拍子もなくて悪いんだが、俺たちもこのままついて行っていいか?」
「それは願ってもないことだが」
「俺たちは故郷を取り戻したい。旦那について行けばそれが叶うと思うんだ」
国造りのことを誰からか聞いたのだろう。
これから戦いが増えることは容易に予想ができる。
そんな中、ワーウルフの戦力は魅力的だ。
一人でも並みの兵士何十人分もの戦闘力があることを戦った俺はよく知っている。
だが、こいつらの願いに答えられなければ牙を向けられることになるだろう。
まだ何一つできていないというのに、安請け合いをしていいものか考えものだった。
「待ってくれ、そんなことは保証はできない」
「それだけじゃないんだ。旦那のカチコミがあまりにカッコ良すぎてよ…惚れちまったんだ」
カチコミとはおそらく議会に向かうため強行突破したときのことだろう。
ハザマから耳にしたことがある。
ワーウルフにとって一番槍は羨望の対象なのだと、声や態度からも嘘をついているようには思えない。
あの時は必死に行動しただけだったが、自分の武勇を賞賛をされて悪い気はしなかった。
「そうか、お前達にとっては誉なのだな」
「ほまれ?」
「喜びと言い換えてもいい。一番槍に特別な意味があるのだろう?」
「よろこび…そう、確かにそうだ!旦那なら分かってくれると思ってたぜ」
「あれ?あの生意気なエルフがいないっすね」
頭巾を被った声の主は、なんの躊躇もなくガレオと自分の間を歩いていく。
あまりに平然と歩くので、一瞬誰なのか気が付かなかった。
「貴様は!?」
「こんなにかわいい女の子に貴様はひどくないっすか?」
顔を見なくとも声と装いで分かる、こいつは議会でエピナが足止めしているはずの少女だ。
立ち止まった少女が頭巾を脱ぎ、ふざけているような大袈裟な動作でこちらに向き直ってくる。
特徴的な蛇の耳飾りを身に着けた、黒髪と黒い瞳の少女。
年端もいかない子供が、この場にいることに違和感を感じる。
シュクルットを殺した敵だと知らなければ、普通の少女と思っていたかもしれない。
「エピナはどうした?」
「その事を伝えにきたんっすけど」
「貴女、どうやってここに!?」
「ちょっとケールさん、待って下さい」
ケールが血相を変えて飛び出してきた。
それを追ってきたハザマの様子を見るに、かなり急いできたことが伺える。
「あ、いたっす。お届け物っすよ」
少女はニヤついた表情を浮かべながら再び向き直ると、外套の下から一本の剣を取り出しケールの方に放り投げた。
よく見れば、エピナが所持していた剣と酷似している。
それが意図することは一つ、エピナはこの少女に敗れたのだ。
ケールも同じことを感じ取ったのか、膝から崩れ落ちその場に座り込んでしまう。
「これは…エピナの螺風剣…」
「ほんとは首をちょん切って持ってきたかったんすけどねぇ。途中で消えちゃって」
「あ、あぁあ」
「ははは!いい表情っす。いやぁ、わざわざ寄り道をした甲斐があったっすね」
何故だが分からないが、愉悦に満ちた笑いに腹が立った。
別にエピナやシュクルットと長い付き合いがあったわけでもない。
だが、この少女の非道で醜悪な行いは目に余る。
この世界に来て抑え込んでいた、自分の中の熱い何かに火をつけるには十分だった。
「射刃の型」
「うぉ!?危ないっすね」
後ろに目でもついているのか、不意打ちは虚しくも紙一重で避けられてしまう。
だがそれならそれで、このまま投射の型で攻め続けてやる。
いくら視野が広かろうが、写刀の波状攻撃にいつまでも対応できるはずがない。
相手に反撃をする隙を与えずに首を討ち取るつもりでいた。
「ちょっと、お兄さんいきなり何なんすか?」
「お前のような外道を生かしておけない!」
「おわ!こ、これ魔法っすか?」
絶えず写刀を打ち出しているにも関わらず、僅かな隙間を掻い潜り全てを避けていた。
その動きは蛇のように滑らかで、波打つような緩急がこっちの狙いを惑わせる。
ここまですばしっこいのであれば、遠距離からの攻撃はほぼ無意味だろう。
強襲の型であれば仕留めることができるだろうが、そのためにはかなり近づく必要があった。
「旦那、加勢するぜ。蒼顎(ソウガイ)!!」
ガレオが両腕を突き出すと、今まで何もなかった空間から遠吠えのような咆哮と共に大狼の顎が現れた。
いや、正確にはそのように見えたと表現した方が正しいかもしれない。
突如現れた蒼霧が顎を形作り、それが狼のそれに酷似していたのだ。
刹那のうちに蒼霧がシュンカを飲み込むと、足場の露台諸共その姿を消してしまった。
「あっぶな!今のはちょっと焦ったっす」
「ちぃ!ちょこまかと」
「う〜ん、お兄さん達とは相性が悪いっすね。目的も済んだし、ここは素直に逃げるが勝ちっす」
「な!?卑怯者め、お前に正義は信念はないのか」
「シュンカは自分が楽しければそれでいいんすよ。じゃあ、失礼するっす」
そう言い残すとシュンカはガレオが開けた穴から飛び降りた。
すぐに穴に近づき見下ろしたが、シュンカの姿は見つけられない。
急いで追いかけようと階段の方に向かおうとした時、周囲の異変に気がついた。
今まで吹いていた風がピタッと止まり、周囲の空気の粘度が一段増したのだ。
何事だと辺りを見回すと、ケールが唯ならぬ気を発しているのに勘づいた。
「逃がさない…必ず報いを受けてもらいますわ」
「な、なんだ」
「ああ、聞こえる、見える、感じる…私が貴方たちの子供?これがエルフの本当の在り方ですのね」
一際大きい爆風と共にケールが立ち上がった。
明らかにその様子がおかしい。
全身から淡く薄青い光を発し、瞳の色も金色に変化している。
何もない虚空に話しかけると、嬉しそうに笑ったり悲痛な表情をしたりしていた。
その姿が物語から飛び出してきたように神秘的すぎて、敵を追おうとしていた足をつい止めてしまう。
「エルフの嬢さんの様子が変なんだぜ」
「そうだな…いかん早く追わなければ」
「は!?その通りだぜ旦那!」
「その必要はありませんわ」
ケールはこちらを見向きもせずに話すのだが不思議なことにその声はよく通る。
耳元で話されているようにハッキリと、それでいて不快ではない奇妙な感覚だった。
隣にいたガレオも同じようで、マヌケな面をして周囲をキョロキョロ振り向いている。
「何を言っている!?ふざけている場合では」
「私が片付けますの」
そういうとケールは予備動作もなく、その場から消えた。
確かに話していたはずなのに、何故かそれすらも確信が得られない。
まるで存在そのものがこの世から消失したかのようだった。
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