第二十二話 回想
議会からヴィルジニテの別邸まで想像より距離があった。
皆それなりに疲弊しているようだが、目的のケールを救いだすことには成功したのだ。
前哨戦は俺達の勝利といってもいいだろう。
とはいえ味方の被害もバカにならない。
特にワーウルフ達は数を半分近く減らし、今は五十人ほどしか残っていない。
さらに頭目のガオンとその息子のガレオの様子がおかしい。
今は仲間内で反目している場合ではないというのに。
「何とか逃げ切ることができたな」
「そう…ですわね」
「エピナのことが心配か?」
「後悔してますの」
「後悔?」
「ええ…立って話すことでもないですし、とりあえず中に案内しますわ」
別邸は古木をその姿のまま転用する、エルフ達が得意な技法を用いて建築されている。
太い幹には階段になるように枝が伸び、螺旋階段のように登れるようになっている。
よく見ると階段の枝は挿し木で形成しているようだ。
下段のほうは完全に同化を果たしていなかったが、登るにつれて古木との一体感が増していく。
ある程度登ると、古木から足場が張り出し露台となっている。
幹には大きな開口部が開いており、ここが入り口なのだと一目で分かった。
「今は誰もいませんから、好きに使っていいですわ」
「全員入れそうだが、見張りがいるな」
「その任はあっしが務めましょう」
「助かる。エピナが帰ってきたら通してやってくれ」
「分かりやした」
ガオンの申し入れを受け入れたことで、必然的に他のワーウルフも残ることになった。
当然ガレオも残ることになるので、いがみ合う二人を残すことに一抹の不安を感じたが、今はどうすることもできない。
考えすぎだと頭を切り替え、別邸内に足を運ぶと応接間のような部屋に案内された。
部屋の中には木の香りが充満しており、いかにも高級そうな置き物が並んでいる。
「いったいあの場で何があったんだ?」
「私たちはセザムの魔法で議会に閉じ込められてましたわ。そこで偶然外に待機させておいたエピナを使い貴方に助けを求めたんですの」
「セザム…エピナからは蜂起したと聞いているが目的はなんだ?」
「さあ、そこまでは知りませんわ。ただ一ついえることは黒幕は彼ではない。これだけは断言できますわ」
「何故だ」
「プレザンスの主義を考えると、エルフも人間も死にすぎですの」
「なら、阿の連中が一枚噛んでいそうだな…どうかしたのか?」
「…昨日、貴方達と別れてから何かおかしかったんですの。いいことなんて何もなかったというのに、妙な多幸感が邪魔をして冷静な判断を下せませんでしたわ」
「詳しく教えてくれ」
一旦俯いたケールはボツボツと昨日からの出来事について話はじめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なぜか今日はずっと気分が高揚している。
きっと自分の中の蟠りが解決したからだ。
そう言い聞かせ帰路についた。
「エピナ、シュクルットただいま帰りましたわ」
「ケール様、ご無事で何よりです」
「おかえりなさいませ。首尾はどのように?」
「それは…」
デミ達の住処で起こった出来事を二人に説明した。
姉は残っていたデミは全員殺されていたこと、その犯人が息子のウィルだったこと、そして裏で手を引いていたのは阿の人間達だということを。
二人はことの顛末をにわかに信じられないという様子だった。
それとも姉が殺されていたことに衝撃を受けているのかもしれない。
「とにかく私達は私達の出来ることをしますわ」
「議会を狙うのですね」
「そうですわ。今ならお父様含め三当主が揃っているはずですの」
「時期尚早ではありませんか?」
「すでに阿の人間達がこの森に入り込んでいますの。悠長にしてる時間はありませんわ」
「で、ですが…いえ、その通りです」
「分かったのならいきますわよ。二度と私たちの暮らしをめちゃくちゃにされないためにも」
同じ轍はもう踏まない。
日和見精神で世の中を俯瞰していたら、また外部の者達に日常を壊される。
そのためにはエルフ達の意思決定権を統一しなければならない。
「(私が頂点に立ちエルフを導いてみせますわ)」
「今日も僕がいっぱい動いてるよお」
急に森託が聞こえてしまい歩き出した足が止まってしまう。
昨日からどうもおかしい、普段はこっちが聞こうとしなければ聞き取れないのに、やたらハッキリと単語の意味すら分かるほど聞こえてしまう。
「どうかされましたか」
「誰も聞こえてないですの」
「はい?」
「何のことです?」
やはりこの現象は自分だけのようだ。
なぜ急に才能が開花したのか、原因が全く思い当たらない。
だが、この現象に一つだけ心当たりがあった。
「まさかハイエルフ?」
「サラッドゥ様より伝来!直ちに議会に赴くようにとのことです」
伝来を伝えにきたのは父の配下のエルフだった。
呼ばれなくとも今から向かおうとしていたのだ。
むしろこれで怪しまれることなく議会に入れるので、好都合というもの。
「最近派手に動いていたからでしょうか」
「そうですわね。父なら常に森託を聞いていたでしょうし」
「心配しなくともケール様は私が命に変えてもお守りします」
「父に歯向かう覚悟はできましたの?」
「はい。拾ってもらった恩義はあれど昨今の行いは目に余ります。忠臣であれば止めるのもまた義であると心得てます」
「立派な志ですわね」
この時は全てが上手くいくと、根拠のない自信に満ち溢れていた。
誰もが私に付き従い、この里に干渉してくる全てのものを排除することで、昔の平穏で豊かな生活が戻ってくる。
普段では考えられない浅慮な行いに、今思い返せば苦言を呈したくなる。
「ヴィルジニテのケール、当主からの要請により参りましたわ」
本殿から議会までは大した距離はなく、ものの数刻で到着する。
側近の入室は一人までしか認められていないため、悪いがエピナには外で待機してもらうことにした。
心配しなくともすぐに入ることになるだろう。
この場で一番の戦闘力を持っているのは、間違いなくエピナなのだから。
「何故、呼び出されたか分かっているな?」
「ええ、お父様…私はいまから力尽くで議会を排し、この里の長になりますわ」
「ふん、馬鹿げたことを吐かす…シュクルット」
「は!縛錠」
「シュ、シュクルット!?何をするんですの」
「ケール様、失礼をお許しください」
不意に魔法をかけられ手足が拘束される。
シュクルットに裏切られたのだ。
「少し頭を冷やすんだな。愚昧な娘よ」
「とんだ茶番だな。だが、この程度でお主の嫌疑が晴れたわけではないぞ」
ノブル家の当主、ゲベルが父に向かって唾を飛ばしている。
何故ノブルの当主というのは、ああいう品性のない話し方をするのだろうか。
それより、父に嫌疑が掛けられているのは初耳だった。
「何度も申しておろう。森託なぞワシは知らん」
「どうだか」
「まぁ、お二方その辺にしましょう。まずはケールさんの話を聞こうではありませんか」
「セザム…」
ここ最近、唯一変わっていないプレザンスの当主セザム、五十年前にあれほどの仕打ちを受けたというのに、龍華さしては人間達に対する姿勢を変わることはない。
人間を全面的に受け入れエルフとの調和を保つと主張しているが、その裏で何かを隠しているに違いない。
実際に匿われているデミ達の話が一向に耳に入らないのだ。
盟約の効力が失われていることも何故か知っていた。
疑念を挙げればきりがない。
「お久しぶりですわ。この場所でお目にかかるのも五十年ぶりかしら?」
「正確には四十七年と三ヶ月です」
「…私がここにきた理由はさっきも述べましたわ」
「私達を排除してあなたが里長になると…いったいどうやって実現するつもりで」
「話してダメなら、もちろん実力行使しますわ」
「ふはは」
「馬鹿馬鹿しい」
父は笑い、ゲベルは眉間に皺を寄せている。
私に力がないと思っているようだが、隠れて魔法の鍛錬は積んでいたのだ。
少なくともこの場ではシュクルットの次に強い自負がある。
パチパチパチ
静粛な場に似つかない、拍手の音が議会に鳴り響いた。
拍手の主であるセザムは、感極まったような表情でこちらを見下ろしている。
「素晴らしい!エルフとはいえ、この短期間で変わることができるものなのですね」
「何のことですの」
「ケールさん貴女は正しい。この里を変えるには力で変えるしかない。でも残念なことにそれを成し遂げるのは私だ」
「え!?」
当主席にいたセザムが穴に落ちるように消えた。
すぐに当たりを見回したがどこにもその姿はなかった。
「ぐはぁ」
「貴様だけはこの手で殺すと決めていた」
気がつくと父の後ろにいたセザムは黒い手刀で胸を貫いていた。
黒く塗りつぶされているのは腕に何かの魔法が付与されているからだろう。
貫かれた胸からは血が一雫も垂れてきていない。
「セザム…何のつもり」
「五十年前の盟約でデミエルフを里から追放した件について…といえばお分かりでしょう?」
「ワシは何も」
「誘惑(チャーム)で上手に操ったようですけど、魔力の残滓が残っていましたよ」
「く、くそぉ」
手刀が抜き取られると父の体には傷ひとつ付いていなかった。
だがその体に命は宿っておらず、ただの抜け殻だけがそこには残っていた。
「当主様!」
「お父様…」
「さて、お二方にはここに居てもらいましょうか。心配しなくとも然るべき時になったら出してあげますよ」
「お主気でも狂ったか」
「ゲベル殿、私は狂ってなどおりませんよ。これは所謂大義に突き動かされてるにすぎない」
「何をいっても無駄か…」
「貴方にはノブルの秘蔵書を頂かねばなりません…断ればどうなるかはお分かりですね?」
「チッ、あんなもの何に使うつもりだ」
「いいから、貴方は案内すればいい」
セザムはゲベルをつれて議会の外に出た。
外には見慣れぬ格好をした者たちが列をなしている。
雰囲気はエルフではなく人間に近いように思えるのだが、言葉にできない違和感をその達から感じ取ってしまう。
命はあるが動かないもの、まるで木のような生命を彷彿とさせる。
「あれは一体何なんですの?」
「ではお二方、私はこれで失礼します。次会う時までに身の振り方は考えておいて下さい」
セザムはそういうと議会の入り口が黒い幕に覆われてしまう。
厚みは大してないだろうに、この黒が全てを呑み込んでしまう深淵だと分かる。
「縛錠解放」
「色々いいたいことはあるのだけど、弁明があるなら初めに聞きますわ」
縛錠程度なら自分でも外すことができたのだが、そうする前にシュクルットが解除してきた。
それは魔法の師匠にあたるシュクルットなら、分かっていたことだろう。
あえて解除しなかったのは、あの場面でなぜ裏切ったのか知りたかったからだ。
「すべてはケール様を守るため…当主様がその気になればあなたは」
「そう、本当に裏切ったのではないならよかったわ。でもそれなら予め伝えておくべきことではなくて?」
「申し開きのしようもございません」
まだ全てを話していないようだったが、これ以上問い詰めたところで暖簾に腕押しだろう。
隠し事がある以上、信頼するわけにはいかないがここを出るまでは歪みあっていてもしょうがない。
幸いエピナに胤ノ介を呼びにいかせることに成功した。
待っていればいずれ助けが来ることだろう。
「先ほどエピナの様子が見えませんでしたが」
「貴方に縛錠を掛けられてからすぐに助けを呼ぶように伝えましたの。今頃、里を抜けてビョウ村に向かっていますわ」
「い、いつの間に」
「今のあなたに教えるつもりはありませんわ」
エピナには予め中で何か不足の事態があれば胤ノ介を頼るようにと伝えてあった。
議会の中のことは風の魔法で空気を振動させ、エピナにだけ伝わるようにしていたので状況はわかっているはずだ。
シュクルットも知らない、私達の秘密の魔法。
「とにかくできることをしますわ」
「あの魔法はみたことがありません。どの類にも属さない新種の魔法でしょう」
本当にそうだろうか。
自分はかつてあの魔法に近いものを目にした記憶がある。
吸い寄せられるようなまるで引力の塊のような魔法。
「影の魔法?」
「ご存知なのですか?」
「ええ、昔ちょうどこの場で影の魔法をみましたわ。あの時は重力が何十倍にも増える魔法でしたけど」
「全てを呑み込み無に消し去る禁断の魔法…本当に影の魔法なのであれば手が出せませんね」
その後も脱出するために試行錯誤をしたがどれもいい結果は得られなかった。
議会の壁や天井は霊木を丸ごと利用しており、これを破壊して外に出ることはエルフとしての矜持が許さなかった。
最終手段としてはやむを得ないかもしれないが、今はその時ではない。
助けが来るその時まで力を温存しておくべきだ。
入り口を塞ぐ影を魔法で相殺できないかとも思ったが、呑み込まれるばかりで魔力の無駄だと悟った。
セザムのいい方だと脱出の好機は必ず訪れる。
その時に備えて無駄な体力を使わないように交互に休息を取ることにした。
そうして半日程度経過した頃、突然その時は訪れる。
「はぁ、なんでちゃんと殺しとかないんっすかね」
「同族に対する情が残っているのでしょう」
「えぇ、意味わかんないっす。それなら初めから仲良くしてろって話っすよ」
「あなたのように皆が物事を単純に捉えられるとは限らないのですよ」
「ふ〜ん、まあ何でもいいっすよ。今回のお仕事はあの二人を殺すことっすよね?」
「そうです。そうすればこの里は我が国の手中に収まります」
入口の魔法が水が蒸発するように中に消えると、二人の人間が入ってきた。
老獪そのものといった様相の男と、活発で明瞭な少女といった何とも変な感じの組み合わせだ。
何かを話した後、男の方は踵返し議会を後にし少女だけがこの場に残った。
相変わらず外には人間が列をなしており、簡単には逃げ出せそうにない。
「さて、二人とも死ぬ覚悟はできてるっすか?」
「ケール様、ここは私が」
シュクルットが半歩先に踏み出した。
共闘した方がいいのは分かっていたが裏切られたことが引っ掛かり、その手段を取ることができなかった。
これが私の後悔…ここで信じることができていればシュクルットは死ぬことはなかったのだ。
「いいえ、あんな人間なんて私一人で十分ですわ」
「お、お待ち下さい。奴からはただならぬ気配が」
「エルフの癖に威勢がいいっすね」
「所詮は短い命なのですから、痛い目を見る前に引き下がったほうが身のためですわよ?」
「ババアがなんかいってるっす」
「…その減らず口今すぐ塞いでやりますわ」
前にいたシュクルットを押し除け一歩前に踏み出した。
両手に魔力激らせ、扱える魔法の中で一番威力のある魔風龍の陣を創る。
強い言葉を使ったが頭は至って冷静そのもの、ほんの少し、ほんの少しだけ癇に障ったが、だからといって殺すつもりもなかった。
魔風龍を放てば、人間なんてひとたまりもないだろう。
かといって霊木を傷つけるわけにもいかないので、龍の見た目で脅すのが主な目的だった。
「え!?」
「ダメっすよ。魔法使いが前に出ちゃ」
瞬間移動でもしてきたのか、さっきまであんなに遠くにいた敵が目の前にいた。
しまったと思う間もなく、いつのまにか手にしていた獲物が一閃される。
咄嗟の防御魔法も間に合わないそう思い目を瞑った。
「ケールさま…ご無事で」
「シュクルット?」
「クッ…最後までお守りすることが出来ず…申し訳ありません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます