第二十一話 過去
胤ノ介たちが無事に敵を突破し、議会に向かうのを見届ける。
四姫さんがついていくことが気がかりではあるけれど、今はどうすることもできない。
「ハザマの旦那はついて行かなくてよかったんで?」
「ああ、敵の中に気になる人を見かけましたから」
ちらっと見えただけだったが、この奥に確かに彼がいた。
僕を裏切り、この龍華を再び戦乱の世に貶めた主犯の一人シバ、彼には罪を償ってもらはねばならない。
そのために僕も手を貸すつもりで残ったのだが、ガオン率いるワーウルフ達は存外精強だった。
敵も決して弱くはない。
魔鉄の長槍と大楯を両手に持ち、鎧も凱熊の皮をなめした一級品を着込んでいた。
歩兵に求められるものは一通り揃っている筈なのに、ワーウルフは巧みな連携と揺動により、敵を分断し各個撃破を続けている。
次第に隊列を組めなくなった敵の士気は下がる一方で、敗走を始めるのも時間の問題だった。
「やれやれ、これで阿の精鋭というのだから…これではシュンカにバカにされてしまう」
敵兵の奥から老け込んだ顔をした男が、蓄えたヒゲを撫でながら戦場を見渡している。
忘れるはずがない彼がシバだ。
「もうよい、お前達は…死ね」
シバは懐から物々しい動作で扇を取り出した。
骨組みは魔鉄の光沢を放ち、ほとんど透明な面に描かれた陣には微かな魔力を宿している。
魔練武器であろうそれを一振り、仰いだことで魔法が発動した。
「グランドフォール」
仰いだ扇から影がひたすらに広がる。
その影が敵に追撃をかけるワーウルフの下まできた。
「何だこれ?」
「ダメだそれに触れたら」
次の瞬間、影の上にいる物が吸い込まれるようにその中に沈んでいく。
敵味方関係なく皆が悲鳴をあげて影に呑まれる。
ワーウルフの一部は呼びかけに反応したり、敵兵を足場にしてその窮地を脱していたが、それでも半数程度は今の攻撃で犠牲となってしまった。
「な、なんだって!どうなってんだこりゃ」
「オヤジ!どうする?」
「て、撤退だ。あんなのに勝てるわけねえ」
「どうしてだ!最後まで戦おうぜ」
「バカ息子が!ありゃあっしらが逆立ちしても勝てねえ相手だ」
屈強な戦士揃っているとはいえ、突然半分近くのものがやられたのだ、弱腰になっても仕方ない。
この戦で力を誇示することで、百獣忌復活の足掛かりにするつもりだったのだろうが、これだけ戦力を失ってはそれもままならないだろう。
流石にこれ以上戦わせるのは忍びない。
「僕が相手をします。その間にあなた達は下がってください」
「ハザマの旦那…恩にきります。か、かわりに退路は確保しておくんで」
「ええ、ありがとうございます」
ガオンに続いて生き残ったワーウルフ達がゾロゾロと撤退を始めた。
その中で一人、息子と呼ばれた者だけが口惜しそうな表情を浮かべて去っていくのが見える。
なにか波乱が起こる予兆に感じたが、今は目の前のシバに集中するべきだ。
「貴様もこの場を去るなら、見逃してやらんこともないぞ?」
「いえ、僕は初めからあなたに用がありました。寧ろ二人きりのこの状況は好都合です」
「はて、何処かで会ったような…いやはや、最近歳のせいか有象無象のことはどうも」
安い挑発もしくは本当に僕のことを忘れているのか、どちらにせよやることは変わらない。
過去の精算、つまるところの贖罪といったところだろうか。
「覚えていないのならそれもいいでしょう…あなたはここで死ぬのだから」
「稀有なことを申される。死ぬのは貴方のほうですよ…グランドフォール」
おもむろにかざした扇からまたもや影が伸びる。
影の中はどうなっているのか、光すら飲み込む漆黒の底なし沼は、僕を囲むように周囲の地面を黒くなり塗りつぶした。
徐々に狭まるその様子は、まるで首を締め付けられているかのようだ。
「口ほどでもない…遺言があるなら聞いてあげますよ?」
「影は僕には効かない」
何やらシバは勝ち誇っているようだったが、この魔法の弱点はしっている。
目と鼻の先にある影にこちらから足を踏み入れて見せた。
その様子を見たシバはさっきまで表情とは一変して、驚愕した表情を浮かべている。
「な、なぜ影に呑まれない!?」
「僕がこの魔法の原点を作ったからです」
「何をいっているこの魔法は…そうか思い出した。貴様は残留物か!まだこの世を彷徨っていたとは」
「…覚悟はできていますね」
「ほざけ!残留物なんぞに遅れを取るものか。フラムナイフ」
別の魔練武器を取り出したと思うと、今度は炎の大蛇が襲ってくる。
見た目は派手だが、魔法としてみれば粗が目立ってしまう。
何も付与してない防御結界で十分対応できる。
「クソ!クソ!」
「遺言があるなら聞いてやる」
「ば、化けもッがは」
特に言い残すこともないようなので、腕を龍に変化させたその爪でシバの胸を貫いた。
がっぽりと胸に穴を空けたシバが地面に崩れ落ちる。
滴る血を振り払い、返り血を受けた場所を魔法で綺麗にした。
「それは…やはり天子様は…」
最後の言葉を言い終える前にシバは絶命した。
どうやら腕のみを部分的に変化させるつもりが、勢い余って全身が変化していたようだ。
偉丈夫たる姿に変わらぬ金長髪と碧眼の組み合わせ、体の変化に伴い言葉遣いも当時に戻っていた。
この姿を知っている者がこの場にいないことは、不幸中の幸いというべきだろう。
すぐさま元の少年の姿に戻ることにした。
「い、今の姿は…」
この場には誰もいないと油断していた。
声のした方を向くとそこには先に議会に向かったはずの胤ノ介さん達がいた。
状況は分からないが、エピナさんはおらずかわりにケールさんが抱き抱えられている。
「ケールは知らないのか?ハザマは魔法で体格を変化させることができるぞ」
「そんなこと…でも今の姿で確信しましたわ。この方は間違いなく天子でしてよ」
「…今はとりあえずこの場から離れよう。どこかいい場所はないのか?」
「ヴィルジニテの別邸なら隠れることができるはずですわ」
「ではそこに行くことを優先するぞ」
気を使ってくれたのだろう。
さっきの姿について、特に聞かれることはなかった。
思えば自分が浅慮だったのだ。
議会の状況次第では、胤ノ介さん達が折り返してくる可能性を考えなかった。
いずれ僕のことを話す必要がある。
だが、それは今ではない。
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数多の死体が転がる議会と異なり、ここにあるのは初老の男の死体一体だけだ。
「あれぇ、シバさん死んだんすか?」
死体に愉しそうに話しかけるのはシュンカだった。
乱れた長髪を頭の後ろで雑に結んで、手には螺風剣が握られている。
その後を阿の兵士が続く、四姫に蹂躙された者たちだ。
「残念っすねぇ、シバさんのことは忘れないっす」
「私が死するはずがないだろう…」
「あ、生き返ったっす」
シュンカが話しかていたシバの死体が、開いた口のまま話しだす。
胸に大きな穴を空けて話すその姿は、異様と表現するしかなかった。
「し、死人が!?」
「あ、アンデットか」
「あ、ああ」
その様子を見ていた阿の兵士が驚愕のあまり錯乱し出していた。
中には武器を向け今にも攻撃を始めそうな者もいる。
シバの死体はぬるっとした動作で立ち上がり、焦点の合ってない瞳で兵たちを見渡す。
「邪魔…だな。グランドファール」
放射状に影が伸びていき、その上いる兵達が餌食になる。
抜け出そうと足掻けば足掻くほど、影は纏わりつき呑み込む速度が上がる。
阿鼻叫喚だったのも束の間、数十秒で兵士たちは影に消えた。
「あ〜あ、せっかく生き残ったのに」
「弱者に生きる価値などないですよ。それより状況はどうなりました?」
「ん?あ〜ちょっと邪魔があってっすね」
「まさかあのエルフを逃したのですか」
「そもそも、シバさんがちゃんと封鎖してないのが悪いんっすよ」
「あの程度が幾ら束になろうと、あなたの相手にならないでしょうに」
バツの悪そうなシュンカを横目にシバは自前の髭を撫でながら、何か考え事をする素振りをした。
「まぁ収穫も会ったことですし、後のことはプレザンスに任せることにしましょう」
「は〜い、あ!でもちょっとだけ寄り道してもいいっすか?」
「その悪趣味な物のことでしょう?」
「わかるっすか!こいつをお届けしてくるっす」
「なら、私は先に帰るとしましょう。くれぐれも遊びすぎないで下さいよ」
こうしてシバと別れたシュンカは意気揚々とその場を離れたのだった。
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