第二十話 エピナの戦い
どこから取り出したのか、気がつけばエピナの手には恐ろしく細い剣が握られていた。
はじめて見た刀剣だったが、形状から察するに刺突に特化しているのだろう。
「次はお姉さんが相手してくれるっすか?」
「はい、ご覚悟くださいませ」
「待て、俺も一緒に」
「いえ、胤ノ介様はケール様を連れてここから離れてください…巻き添えを喰らわないように」
「だが…分かった」
何かを覚悟したエピナの表情を目にしてしまい、それ以上食い下がることができない。
なんの巻き添えなのか気になるところではあったが、問答する時間もないように思えた。
血溜まりの中で呆然としているケールの腕を握り、半ば引きずるようにして議会の出口を目指す。
さっきの奇襲で出口を塞いでいた敵は総崩れとなっていたが、流石にこれだけ時間があれば別の部隊がその穴埋めにやってくる。
もう一度、射刃の型で突破口を開くか悩みどころだったが、射刃の型は以外に魔力の消費が激しいようで、倦怠感が時間差でやってきていた。
「わたしが何とかしてあげる」
「余計なことをするな。俺一人の力でなんとか」
「でも、胤はこれ以上スキル使えないでしょ?」
「馬鹿をいうな…何射でも射ってみせる」
「嘘、とにかく私が先にいくから…後からその女と着いてきて」
「おい」
呼び止める声も聞かずに、四姫が落ちていた大盾と槍を拾い上げると出口に向かって走り出した。
出口はすでに封鎖されており、大盾と槍衾により簡単には近づけないようになっている。
四姫は拾った大盾を無造作に投げると、風切り音を立てながら、封鎖している敵の真ん中にぶち込まれた。
ゴンっと鈍い金属と金属がぶつかる音が響き、大盾を受けた敵が数人吹き飛ばされる。
僅かだが敵の陣形に乱れが発生し、槍衾にも穴ができていた。
四姫はすかさずその穴に入り込むと、手に持っていた槍を乱暴に振り回す。
人間が密集して、常人なら振り回すことなどできないのだが、あいにくと四姫は常人ではない。
人外の怪力にさらされた槍は、すぐに折れて使い物にならなくなるが、倒した敵からまた別の槍を奪い取ることで、同じことを繰り返した。
敵の陣形はあっという間に崩れてしまい、蜘蛛の子を散らすように敵は敗走を始めてしまう。
「ぅ…ぅ…バケモノめ」
「胤、早くきて!」
「デタラメな戦いをする…ケールいくぞ」
倒された敵を横目に議会の出口を抜け外へと向かう。
スキルにより命の担保があると知らなければ、四姫の強行突破は捨て身のように映ったことだろう。
命知らずの輩が怪力に物を言わせて強行突破してきたのだ、バケモノと呼ばれても仕方ないと思えた。
「エピナ…」
「ケール!しっかり歩くんだ」
「なんでこんなことに」
「…後で文句は受け付けないからな」
「え、え!?」
このままでは埒が明かないので、苦肉の手段を取ることにした。
ケールの足を持ちあげ体を引き寄せる、俗にいう姫抱きというやつだ。
その様子を四姫が鬼の形相で見つめてきた。
「な、何をするんですの!」
「は?なにそれ」
「置いていくわけにもいかないだろ」
「胤は本当に無垢なんだから…分かった。許してあげる」
何を許されたのか皆目検討もつかなかったが、敵の増援が来る前にいち早くこの場から離れたかったので、余計な詮索はしない方が賢明だろう。
こうして後ろ髪を引かれる思いをしながらも、議会を無傷で脱出することに成功した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あの女の人は何者なんすか!?相手してたのは、阿の精鋭部隊っすよ」
「ケールさま…どうかご無事で」
対峙する敵を注意しつつ、議会の荒れ果てた様子に思考を巡らせていた。
魔法戦の余波により、霊木で作られた机と椅子は無惨にも壊され、壁や床にも大型の獣が引っ掻いたような傷跡が残っている。
エルフと阿の兵士の死体が無数に横たわり、流れ出た血で白い絨毯が染まっていた。
その中には勿論シュクルットの死体も含まれ、その事実を改めて認識すると思わず愛剣の螺風剣(らふうけん)を握る手に力が入る。
「シュクルット…」
「そこで死んでる雑魚が気になるっすか?」
「雑魚?」
「はは、怒ったすか?まぁ、シュンカが強すぎただけのことっすけど」
「強いのなら何故距離を取るのですか?胤ノ介様たちがいなくなった今、他勢に無勢という訳でもないでしょう。慎重…というよりただの臆病者のように見えますよ」
「シュンカが臆病!?目ん玉腐ってるんっすか?」
「エルフは腐りません。死んでも森に帰るだけです」
「そういう意味じゃ…はぁ、エルフどもはどいつもこいつもシュンカをイライラさせるっすね」
敵が片手に持った直刀をこちらに突きつけると共に、魔力が込められ始めた。
鈍い金属光沢を放っていた直刀が、禍々しい魔力にドス黒く染まりその光沢を失っていく。
何かくる!そう思った瞬間だった。
「アブソープションサーベル!」
「殻風」
とてつもない早い球状の魔力の塊が放たれ、その攻撃を螺風剣の技で受ける。
風の防御に触れた魔力は威力を失い空中で霧散して消えた。
敵の攻撃の速度は凄まじいが、威力は大したことないようだ。
それより今の攻撃で気になることが一つあった。
「かったい」
「貴方のその武器は…」
「ただの魔練武器っすよ。シュンカの魔力を吸ってその魔力で攻撃できるっす」
「…もしかして噂に聞く、ゴブリンの贋作というものでしょうか?」
「そうっすよ。そういうお姉さんも持ってるっすよね?」
「私の使っているのは真打です。貴方の使っているお粗末な物と一緒にしないで下さい」
魔練武器には真打と贋作の2種類がある。
真打はドワーフの職人が希少な鉱物から鍛えた逸品で、意地かこだわりかは知らないが同じものは作られることはない。
本来は装飾や記念の物として拵えるだが、武器としても最上級の代物で、扱える魔力さえ持ち合わせていれば誰でも達人の魔法と同等の事象を発生させることができる。
このように用途以外の部分が作り込まれている辺り、職人のこだわりが垣間見える。
それに対して贋作は近年作られた、真打の模造品である。
戦乱の世となったことで武器の需要が高まり、白羽の矢が立ったのが魔練武器の量産だった。
原物を元に同じものを複製するように、人間がドワーフに強制したのだ。
とはいえ一品ものしか作らないドワーフの意思は固く、寧ろ奪い合いになったことで真打の数はかなり減ったと聞いている。
そんな中、突如として一部のドワーフがゴブリンを使い、魔練武器を量産を始めたと噂が立った。
頑なだったドワーフが何故心変わりしたのか、天子が一枚噛んでいるとのことだったが、真相はエルフの里まで伝わってはこなかった。
量産された魔練武器は贋作と呼ばれ、性能は真打には遠く及ばないと聞いていたので、先程の攻撃で気がつくことが出来た。
「武器なんて使えれば何でもいいんっすよ!アブソープションサーベル!」
「何度やっても無駄です」
敵はさっきと同じ攻撃を今度は連射してくる。
一発でダメなら、手数で勝負というつもりなのだろう。
さっきと同様に殻風で攻撃を受け流すと同時に、螺風剣に練りあげた魔力をめぐらせ反撃の機会を伺うことにした。
「お姉さん受けてばっかなんっすか?エルフお得意の魔法はどうしたんっす」
「ふぅ、使う必要がありませんので」
「あ、もしかして使えないんすね、魔法!」
「貴方が知る必要はありません。そして終わりです」
「あ?」
「風爆衝!!!」
連射されているとはいえ、球と球の密度はそれほど高くない。
一瞬できた攻撃の切れ目に螺風剣を突き入れると、巡らせた魔力を解放した。
刀身が赤く熱を帯びるほどに圧縮された風の魔法が解放されることで、議会全体が揺れるほどの爆発が起きた。
ある程度指向性を持って解放された風は、敵の放った魔力球を吹き飛ばし本人に向けて押し返していく。
「ちょ、ちょっと」
敵は咄嗟に防御結界を張って、自分の攻撃と風爆衝の風圧に耐えている。
この攻撃で決まるとは思っていない。
初めから対応させることで隙を作るのが目的だった。
案の定、敵は突然の反撃に体勢を崩し隙を晒していた。
「もらった!」
すかさず、距離を詰めると敵の急所に目掛けて螺風剣を突き刺した。
敵の防御結界は限界、こちらの殻風は十全に機能している。
シュクルットの仇を取ったと思ったら、急に昔の思い出がよみがえってきた。
あれはそう…ヴィルジニテに入った時のことだ。
「あんたがヴィルジニテの白い盾?」
「ええ、その通りですよ。ノブルの猟犬さん」
「その呼び方は嫌いだ。エピナという名前がある」
「それは失礼…それで覚悟はできましたか?」
私はエルフの中でも無能と呼ばれる存在だった。
森託も聞こえなければ魔法も不得手、取り柄といえば体を動かすことぐらい。
ならばそれだけは誰にも負けまいと努力する毎日を過ごしていた。
幸いなことに、家業である狩猟や里周辺に出没する魔物の討伐などは魔法がなくともやっていけた。
反骨精神からか家業に奔走していたら、いつの間にか猟犬なんて不名誉なあだ名をつけられていた。
ノブル家の中でそれなりに出世したせいで他のエルフから疎まれていたのだろう、あらぬ疑いをかけられ家を追い出されてしまった。
そうして里を放浪している間に、名家であるヴィルジニテに拾われて今に至る。
「誘いを受けた時、とっくに覚悟は決めていた」
「よろしい。では今日から貴女は正式にヴィルジニテの一員です」
「なら早速、手合わせしてくれ」
「なぜ?」
「あたしはこれしか価値がない…あんたに勝ってそれを証明してみせる」
「はぁ、いいでしょう」
「いくぞ!」
結果は惨敗、手も足も出ないとはこのことだと思い知らされた。
その後も何度か立ち向かってみたが、結果は全て一緒。
途中から負けた時にいうことを聞くという条件をつけられ、負ける度に言葉遣いや所作など基本的な教養を身につけることになった。
そしてヴィルジニテの悲願であるハイエルフへの回帰、それに続く純血主義について何度も耳にすることになる。
「分かりましたか?現在この家で最も古い血が濃いのはフルール様、そしてケール様です」
「何度も聞きました。いざという時は、身命を賭して守ることをこの剣に誓っています」
「頼みましたよ。今の貴女の実力であれば大抵の火の粉は振り払うことができると信じています」
何度もシュクルットに挑むうちに剣の腕は確実に上がり、まるでダメだった魔法についても最低限使えるようになっていた。
その実力を認められたのか、ヴィルジニテの赤き剣なんて呼ばれるようになり、昔のあだ名で呼ぶやつは一人もいなくなっていた。
そんな遥か昔の記憶を何で今更思い出したのか、仇を取ったというのに。
「なんで…」
「全部演技だったんすよ。お姉さんはシュンカに近づきたかったんっすよね」
急所に刺さったと思った剣が見当違いの場所に逸れていた。
敵が隙を晒したのは誘いだったのだ。
逆に隙を晒すことになった私は、敵の切返しを横腹にもろにくらっていまう。
「確かに急所に入ったはず…それに殻風もなぜ」
「あれ、いわなかったっすか?アブソープションサーベルは魔力を吸収するって」
「ごほっごほっ、不覚をとりました。影の魔法まで使えるとは…」
「へぇ、知ってたんっすね。まぁ、お姉さんとの戦いは少し楽しかったっす」
「ケール様…シュクルット…申し…わ」
「これで終わり」
剣が影の魔法で逸らされたことに気がついたがもう遅い、切られた痛みで動けない私にトドメの刀を振り下ろしてくる。
その光景を目にしたところで私の意識は途絶えたのだった。
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