第十九話 視点

神樹の森 西端 全軍の拠点


森の西側は短い草とゴロゴロとした石が点在する平原となっている。

平地の中で唯一隆起している丘を背に、全軍東伐部隊の本拠地が構えられていた。

多数の軍幕が設営されており、その中でも一際大きい軍幕内に一人の少女が椅子に腰掛けていた。

衣服には金の刺繍が施され、見るからに高位な人物であることが分かる。

少女はクリクリと自前の朱色の髪をいじりながら、机の上の地図を見つめている。

その表情はどことなく気怠そうだ。

地図を見つめるのに飽きたのか、席を立ち上がろうと腰掛けに手を掛けたその時、一人の兵士が軍幕へ訪れた。


「ミメイ様、チョウシ様率いる先遣隊が帰還しました」

「やっと帰ってきたか!それで首尾はどうだったの」

「そ、それが…」

「我が直接話そう。其方は下がれ」

「は!」


兵士を下がらせたのは帰還してきたチョウシだった。

下がらせた兵士の替わりに軍幕へと入ると、兜を外し束ねていた髪を解く。

さらりとした長髪が背中まで落ち、額には汗が滲んでいた。

軍幕内はチョウシとミメイの二人となる。

ミメイは手振りで席に座ることを勧めたが、チョウシはそれを無視して立ったままだ。


「チョウシ殿、ご無事で何より」

「思ってもないことを…」

「まぁまぁ、ただの社交辞令さ、どう受け取ってもらっても構わない」

「…亜人の村についてだが」

「皆まで言わなくていい、その口振りだと失敗したのだろう?」

「ッ!そもそもの作戦に無理があったのだ。使者を殺しておいて、今更懐柔しようなどと」

「違う違う、あれは『亜人が襲いかかってきた』だ、チョウシ殿」

「…」

「別に失敗を責めているわけではないんだよ。本命の作戦は順調に進んでいることだしね」


上機嫌なミメイは、子供のように快活に話をしているのに対して、チョウシは終始無表情を貫いている。

側から見れば親子ぐらい歳の離れた二人であるが、立場は子供の方が上のようだ


「そういえば、あの子はどうだった?」

「知らぬ、村では見かけていない」

「んー、この機会に帰ってくると予想していたのにな」

「たとえ作戦が順調であろうとも、此度の東伐で我らは手柄を上げねばならん」

「そんな意地を張らず、素直に五龍将の誘いを受ければよかったのに」

「それでは、下州者の誇りが許さぬ。同胞の仇も討たねばならん、止められようと次は本気で首を取りにいく」

「はぁ、お好きにどうぞ」


チョウシは踵を返すとガシャガシャと鎧の音を立てて軍幕を出ていった。

音が遠くなると、また一人の兵士が入ってくる。


「定時報告!樹木の伐採は順調、搬出に少々手間取っていますが、概ね予定通りで作戦は進行しております」

「ククッ、あぁご苦労。これから天気が悪くなるから、今日は早めに作業を切り上げていいよ」

「は!…何かおかしいことがありましたか?」

「ん?そうだね、下州の武人たちはいうことを聞かないなと思ってね」

「軍規違反でしたら、すぐにでも懲罰部隊を差し向けますか?」

「そんな大層なことじゃない、ただ…」


もともと笑みを浮かべていたミメイの口角がさらに上がる。

薄気味悪い笑顔を目にした一般兵士は、少女が魑魅魍魎の何かに見えた。


「無駄な精を出している雄を見ると、滑稽で笑えてくる。それだけのことだよ」


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ビョウ村 北側広場


ガオンが交渉をしている間、ワーウルフ達は指定された広場を間借りして待機していた。

数にして100人、皆屈強な戦士である。

各々が賭け事や体力作りをして暇つぶしをしている中、交渉を終えたガオンが帰ってきた。


「若頭、オンの頭が帰ってきましたぜ」

「親父!交渉はどうなった?」

「ああ、予定通り完璧よ!レオそっちはどうなった?」

「それが全の奴ら急に撤退しやがってよ。せっかくの待ち伏せが無駄になっちまった」

「クハハ、そりゃ旦那のせいだ」


「ガオン!話がある」


エリンが広場で屯っているガオン達、ワーウルフの集団に乗り込んできた。

盛り上がっていた談笑が、部外者への非難に置き換わる。


「誰だこいつ?」

「頭を呼び捨てにしやがった」

「邪魔なんだよ」


「馬鹿共、落ち着け!」


思い思いのことを口走るワーウルフ達をガオンが諌める。


「エリン…こんなところに何のようで?」

「さっきの話の続きだよ。百獣忌団を復活させるの勝手にしろ。だけど私は、団長をするつもりはこれっぽっちもないからね」

「この腰抜けめ」

「なんだと!?」

「なあ、俺たちで百獣忌の夢を叶えてやろうぜ。あの世にいる親父達のためにもよぉ」

「そのためにいったいどれだけの血が流れると思ってる」

「さあなぁ…どっちみちこのままだと、あっしら亜人は人間の争いに巻き込まれてすりつぶされるだけだぜ」

「…」


エリンは険しい顔をしながらも内心では、ガオンのいっていることにも一理あると思っていた。

村の日常は人間の争いに巻き込まれて、壊れてしまったのだ。

ガオンたちと根本的な考えは一緒だった。

全の奴らに一矢報いるために、ハザマの口車に乗ったのだから。

何とか言い返そうと口を開いた時、森から一縷の疾風が吹きすさんだ。


「はぁはぁ、夜分に失礼します」

「あ、あんたはエピナだったか?」

「火急の要件があります。胤ノ介様はどこにおいででしょうか?」


ボロボロの姿で息をあげているエピナの登場に、事態は急変するのであった。

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ビョウ村 エリン邸大広間


エピナが現れたのとほぼ同刻、胤ノ介は天子についてハザマを問いただしていた。


「…ケールさんですね」

「あぁ…そうだ」


ケールから聞いたことは隠していたので、名前を出されたことで少しだけ心拍数が上がる。

後悔しても遅いのだが、もっと上手い聞き方をするべきだったのかもしれない。

気まずい沈黙を乗り越え、ハザマが口を開く。


「別に隠すつもりありませんでした。ただ、分からないんです。僕が天子とどういう関係なのか…」

「そうか…まぁ、分からないならいいんだ」

「何か気になることがあったんですか?」

「なぜ自分に枷をつけるようなことをしたのか、知りたかったんだ」

「力では何も解決しなかった…とか」

「力で解決できぬことなどないだろうに」


話が噛み合わないまま、二度目の沈黙が訪れるかと思ったその時、大広間の扉が勢いよく開かれた。


「失礼致します。胤ノ介様、至急馳せ参じるようにとケール様から要請がありました」

「ケールから…まさか里を掌握するという企みが上手くいったのか?」

「いえ、寧ろその逆でございます。ケール様が帰ってきてすぐに、プレザンス家が蜂起。ノブル家当主は更迭、ヴィルジニテ当主サラッドゥ様は処刑され、ケール様がシュクルットと共に抵抗していますがいつまで持つか…」

「至急というのはそういう…分かったすぐに向かう。案内を頼めるか」

「ええ、もちろんです」


エピナに着いていこうと席を立ち上がる。

いつもどうり、無言で四姫はついてきたのだが、今回はハザマもついてくるようだ。

兎に角すぐに移動を始めようと、大広間の出口に差し掛かった時だった。


「旦那、あっしらも加勢しますぜ」


出口の向こう側には、腕を組み背中を壁に預けるガオンがいた。

盗み聞きでもしていたのだろう、裏があるかもしれないが問答している時間が惜しい。

もし味方として戦ってもらえるなら心強い、ワーウルフの戦闘力は身を持って知っている。

エピナの話だと、相当苦しい状況のようなので少しでも戦力が欲しい。

渋々だがそう結論づけ、同行することを了承することにした。


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エルフの里に向かう面子が決まってからは早かった。

風のように移動するエピナに遅れを取るまいと必死に駆ける。

森の中の移動も慣れたのもので、デミエルフの住処に向かった時のように、置いていかれることはなかった。

生い茂る木々に中をひたすら突き進んでいると、エルフの里に到着した。

すでに日は昇り初め、夜は明けている。


「ここがエルフの里か…静かだな」


透明度の高い湖を中心に、何本もの大木が周囲を囲む。

湖に朝日が反射して里全体が光輝いているように見えた。

予想と反して里は静寂に包まれている。

てっきり里全体が血みどろの戦場になっていると思っていた。


「ケール様達は議会で立てこもっているはずです。急ぎましょう」


先導するエピナに従い、里の中でも一際大きい木に向かって移動する。

不思議なことに道中誰とも出会うことはなく、議会のある木に到着することができた。

議会のあるといわれた木は、中身がくり抜かれそのまま建造物として利用されているようだ。

入り口には階段が設置され、入るにはここを登るしかない。

階段の途中には、エルフと見たことのない装備をしている人間の亡骸が横たわっていた。

凄惨な光景を前にしても止まるわけにはいかない。


「このまま議会まで向かえばよくて挟み撃ち、悪くて…」

「そう簡単にシュクルットがやられるはずありません!」

「そうだといいが…もう少しで登りきるぞ」


階段を登りきると、開けた場所に先ほどの装備をした人間が隊列を組み自分達を待ち構えていた。

先頭の隊列は槍と大楯で武装している。

これを正攻法で突破するのは困難だと思えた。


「くそ、待ち伏せか。他に迂回できそうな道はないのか?」

「議会にはここを通るしかありません。こうなったら…」

「まぁまぁ、ここはあっしらにお任せ下さい」

「ガオン…どうするつもりだ?」

「あっしらが突破口を作る。旦那達は先に進む簡単なことでさ」

「………」


あまりに捻りのない戦法に頭が内容を処理できなかった。

確かにワーウルフたちの戦闘力は知っているが、とても目の前の敵をどうにかできるとは思えない。

どう返事をするべきか考えている間に、ガオン達は行動を始めてしまう。


「野郎ども!死にたい奴はいるか!?」

「頭!俺たちにいかせて下さい」

「そうかお前ら死にたいか!よしいってこい」

「ウォォオン」


「お前達何を」


言い終える前に、数匹のワーウルフ達が敵目掛けて特攻を始めた。

敵は完璧に防御を固めている。

案の定、無防備に突っ込んだワーウルフ達は迎撃の槍に体を貫かれた。

だが、それでも動きは止まらない、あるものは貫かれた槍ごと敵を持ちあげ振り飛ばし、別のものは刺された傷をものともせず爪で攻撃を仕掛ける。

中にはもちろん絶命している者もいるのだが、士気は全く衰えていない。

寧ろ、後続に控えている者達が活気ついているのが分かる。


「死を恐れないのか?」

「これが彼らの本来の戦い方です。特攻を生き残った数が多いほど群れでの地位が向上します」

「凄まじいな…だが、突破口はできたようだな」

「旦那、俺らが足止めしとくんで、先にいって下さい。よし、野郎ども続くぞ!」


ガオンは残りのワーウルフを引き連れ、特攻で混乱している敵に追撃をかけた。

命をとして作ってもらった機会を逃さぬように、隊列の一番乱れたと思える箇所を突っ走る。

四姫、エピナと続いたが、ハザマはついて来なかった。


「ハザマどうした!?」

「すいません。僕もここに用ができました。先に行ってください」

「どういつもこいつも勝手なことを…後で理由を聞くからな!生きて帰ってこいよ」


隊列はそんなに分厚くはなかったようで、数人を捌くと議会に続くという道にでた。

しばらく進むと、また敵兵が固まっているのが見えた。


「あそこが議会の入り口です」

「では、今後ろから攻撃すれば挟み撃ちというわけだな」


スキルを発動させて一本の写刀を発現させる。

それをその場に押し留める力と前に飛ばそうとする力を同時にかける。

例えるなら弓の弦引く感覚に近い。

ウィルの弓を見た時に、なぜ初めから思いつかなったのかと後悔したものだ。

写刀を矢と準え、弓をいる…名付けて射刃の型


「くらえ!」


放たれた刀は光跡を残し射線上の敵を一掃した。

当たった敵兵はもちろんのこと、余波により固まっていた敵兵を全て薙ぎ倒すことに成功する。

議会の入り口が開けたことでその勢いのまま、部屋の中に突入した。


「ケール様!」

「エ、エピナ?、シュクルットが…」


部屋に入ると、シュクルットが敵の凶刃に斬られる瞬間だった。

ケールを庇うために敵の前に体を投げ出したのだ。

背中を袈裟斬りにされ、鮮血が床を染める…膝から崩れ落ちるシュクルットをケールが受け止めた。


「ありゃ?援軍っすか?もうシバ様、お仕事はちゃんとしてくれないと困るっす」


シュクルットを斬った敵は、戦場の場に似つかない緊張感のない口調で話し、片手に持った直刀をこちらに向けてくる。

敵は長い髪を高めに結い、軽装を身につけ見るからに動きが素早そうだ。

小柄で華奢な体に色白い肌、それに装いを考えると女のようだが実力は確かなようだ。

ゆったりとした動作で距離を離しこちらの出方を伺っている。


「よくも、シュクルットを!殺す!」

「待て、距離を離した今のうちにケールと合流するぞ。目的を見誤るな」

「……ッ」


怒りを露わにしているエピナの肩を掴み、半ば強引にケールの元へと駆け寄った。

シュクルットを抱き抱えるケールは返り血で血まみれになっている。

血の池の中、力無い声でシュクルットの声を呼んでいた。


「シュクルット、ねぇしっかりして」

「ケール…さま…最後に貴女にお仕えるできて…幸せでした」

「待っていかないで」

「……」


シュクルットの体から力が抜け落ち、だらりと地面に崩れ落ちる。

近づいて脈を確認したが、すでに心の臓は止まり事切れていた。


「いや、私のせいで」

「ケール様!しっかり」

「エピナ…私が悪いの、私が」

「ケール!今は後悔をしている場合ではありません。私が殿を務めますから、早くこの場から撤退しますよ」

「いやよ、エピナまで失ったら私…」


「私を誰だかお忘れですか?ヴィルジニテの紅き剣ですよ」

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