第十八話 狡猾な狼
大地を蹴り一足飛びでチョウシに迫る。
反撃がないのをいいことに、陽動や牽制などは一切仕掛けない。
最短距離で雑に飛び込み、槍の間合いを潰すと写刀で斬りかかった。
「あんまり、調子に乗るなよ!」
「もうすぐ、もうすぐだ」
喉から手が出るほどに欲した神器が目の前にあるのだ、これが冷静でいられるものか。
手に入ればハザマを探しだし、菫を直ちに召喚してもらおう。
そうすれば菫の声が聞ける、菫の柔和な笑みを見れる、菫の体温をもう一度感じることができる。
考えれば考えるほど胸は高鳴り、目の前の槍がただの召喚のための道具に見えてきた。
「俺の邪魔をするな」
「お主、いったい何のつもりで!」
「お前が邪魔なんだよ。槍…神器がいるんだ」
「猿とは話にならん…仕方ない」
一歩も引かない攻防の後、お互いにこのままでは埒が明かないと薄々感じ初めていた。
内心がいくら沸ろうとも、相手の実力が高いことは刀を介して嫌でも伝わってくる。
ものの数分の間に数百は斬り結んだが、その全てを受け流されていた。
技量はチョウシが上で間違いない、自分のことを殺す気であれば槍の間合いに入ったところで死んでいる。
「この場は預ける」
「逃げるのか!?」
「好きなように捉えるがいい…さらばだ」
チョウシに槍を大きく横に薙ぎ払われ、無理やり間合いを取らされる。
一瞬体勢を崩した隙に、チョウシは撤退を開始した。
刀はもちろん届かない、スキルで刀を投射してもよかったが、技量を考えると手の内を見せるだけで、いい結果は得られないことは明白だ。
「(このままでは逃げられる。何か…何かないか?…そうだ!)逃げるとは、全の槍使いは臆病者しかいないのか?」
「何だと?」
思いついたのは、逃げる相手を煽ることだ。
無視されてしまえばそれでおしまいと思っていたが、見事に食いついてきた。
「そうだ、こないだ襲ってきたやつも槍を使っていたが、弱すぎて相手にならなかったぞ?最後は惨めに命乞いまでする始末」
「お主がレンファを?にわかに信じられん…よもや実力を隠しておるのか」
頭を全力で稼働させて、思いついた煽り文句が効いたようだ。
実際は命乞いなどされなかったし、トドメを刺したのも四姫なのだが…
結果として足を止めることができたので、嘘を考えた甲斐もあったというもの。
「さぁ、続きをやろう」
「悪いがその挑発に乗ってやることはできん。だが、盟友を罵られ黙って帰るほど腑抜けてもおらん。故に見せてやろう…“雷角“の真の威力を」
「なんだ?」
「雷陣:雷双撃!!!」
懐から取り出した札を掲げると、二対の雷が螺旋を描き襲ってきた。
咄嗟に手持ちの刀で防御したが、刀に雷撃が流れ体中を駆け巡る。
全身が金縛りのように動かなくなり、電撃が流れた箇所が焼けるように熱かった。
「ガハッ」
「剣の腕はあるというのに、魔法を防御することができぬとは…まぁよい、また会おうぞ」
「ま…て…」
膝の力が抜け、受け身も取れずに打ち伏せで倒れる。
薄れゆく意識のなかで、頬から伝わる冷たい地面の感覚だけがやたらと鮮明だった。
「い……ん…!」
「菫…」
遠くで誰か自分を呼んでいる気がする。
ひどい耳鳴りの中で、気力で持ちこたえていた意識がプツリと途絶えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うぅ、は!?」
目が覚めた場所は固い地面ではなく、柔らかい寝床の上だった。
寝ぼけなまこで周囲を確認すると、ここがエリンの家だとすぐに気がついた。
「胤!目が覚めたの」
「四姫…」
「よがっだぁ」
目元を腫らした四姫がこちらを見上げている。
意識を失う前に聞こえた声は、四姫のものだったのだろう。
おそらくこの場所まで運んで来たのも…また、助けられたということだ。
「あれから、どれぐらい…」
「半刻、胤が倒れて半刻も!死んだがど」
「そんなに時間は、イテテ」
寝床から立ちあがろうと手をつくと、火傷のような痛みが脳に響き、微かに残っていた眠気が吹き飛んだ。
その痛みが負けたという現実を思い出させ、敗北感に苛まれた。
「いったい、あれは何だったんだ」
「(コンコン)失礼します」
「ハザマか…何があった?」
「ええ、そのことについて…急いで大広間に来てもらえますか?」
火急の要件なのか、迫り立てる勢いで手を引っ張られる
なぜここで話すのではダメなのか、若干疑問に思ったが、大広間に入るとその理由が分かった。
「ようやく、お目覚めかい」
「ほぉ、この人間がさっき話してたお方で?」
「ワーウルフ!?なぜこんなところに」
大広間にはエリンとワーウルフが、机を挟み席に座っていた。
エリンは腕を組み口をへの字に曲げ、見るからに不機嫌そうな様子だ。
対するワーウルフは、歴戦の猛者を思わせる逞しい体に、艶やかな毛並みをしていた。
太々しい表情をしているが、片目が切り傷で潰れており痛々しい印象を受ける。
戦場では見なかったこのワーウルフは、椅子に浅く腰掛け、足を組み、敵地だというのに余裕そうだ。
「先ほどは、うちの若い者が失礼を働いたようで、あっしはガオンというものです。此度はあなた方と同盟を結びたく馳せ参じました」
「同盟だと?」
「お前にも聞いてもらいたくて、起きるのを待っていたんだよ」
エリンに座れと促され、ワーウルフを警戒しながらも椅子に座る。
今すぐ斬りかかるべきなのだろうが、人質でも取られている可能性もある。
慎重に行動した方が得策だろうと瞬時に判断した。
「状況が分からん…どうなっている」
「出来事だけを説明すると、夕刻時にガオン殿が率いるワーウルフに村が襲われました」
「そんな相手と同盟を結べるわけが」
「ええ、ですがこちらに人的被害はほとんどなく…家屋は何軒か壊されましたが」
「被害がないだと?だが、マルは怪我をしていたぞ」
「すまねぇ、それはこっちの不手際だ…まさか人間がこの村にいるとは夢にも思ってもなかったもので」
「だからシヨが襲われ、庇ったマルが怪我をしたわけか」
「おっしゃる通りで」
ガオンの言葉を信じるなら、標的はあくまで人間のみでウェアキャットに怪我をさせるつもりはなかったらしい。
間違ってマルに怪我をさせたワーウルフは、すぐにその場を離れガオンに報告にいった。
だから、マルとシヨは追撃をされなかったのだ。
「確かに筋は通るが…これから同盟を結ぼうとする、相手にする行為ではないな」
「実はあっしら、全の将から取引を持ちかけられてまして。この村を襲えば故郷に帰れるようにしてやると」
「故郷?」
「情けねぇことで…今でこそ、この森に住まわせてもらってますが、10年ほど前に阿の連中に故郷を取られてしまいましてね」
「…全はなぜ、こんな回りくどいことをする」
今回の襲撃は全の自作自演ということになる。
村を襲ったかと思えば、今度は村を助けようとする。
矛盾だらけの行動の裏には何があるというのか…
「さぁ?あっしとしては取引に応じるのも一興かと思ったんですがね…今の状況がどういうものか、旦那ならもう分かってるんじゃないですか?」
「…少し、皆で話がしたい」
「どうぞどうぞご自由に…まぁ、答えは決まっていると思いますが」
ガオンはそういうと席を立ち上がり、こちらをニヤニヤと見つめながら大広間を出ていく。
表情が気に入らないが、大人しく出ていくということは、それだけ同盟を結ぶ自信があるということの現れだろう。
「まずは皆の意見が知りたい」
「私は信用してもいいと思っている」
エリンの口から意外な言葉が発せられた。
性格を考えるとマルを傷つけられたことで、激昂し断固拒否するものと思っていた。
よく考えれば、大広間で二人きりの時間があったのだ。
そこで戦闘になっていないのだから、意外ということはなかったのかも知れない。
「人質でも取られているのか?」
「お前、私のことを何だと思って…はぁ、実をいうと、ガオンとは馴染みなんだ。親父がガオンの父ガロンと盟友でね。その関係で昔はよく一緒に遊んだものだ」
「!?」
エリンの言葉に驚きもしたが、その反面で得心もいった。
弟のことで怒り狂っているとこを見ていたので、エリンのことを少し誤解していたのかもしれない。
まぁ、それでガオンのことが信用に足るのかは別の話だが…
「エリンさんが反対しないのであれば決まりですね。同盟を結びましょう」
「…それしかないだろうな」
「同盟を結ぶとはいえ、信用することなど到底できませんが…真意が分かるまで、表面上は上手く付き合っていくしかありません」
「同意見だ…他に選択肢はないしな」
ハザマも自分と同じことを考えていたようで少し安心した。
エリンに反対されても何とか説得する自信はあったが、ハザマに反対されればどうしようもない。
雇い主の要望は満たさなければならない。
「選択肢がないとは、どういう意味なんだい?」
「ガオンは表向きには村を襲ったのだ。それがどういう意味か分かるか?」
「そうか!あいつらまだ、全の奴らに尻尾振ることもできるのか」
「そうだ。同盟を拒否すれば、ガオンはここを去るだろう。そうなれば、全の思惑を知る手がかりも消えてしまう」
「ガオンのやつそんなに頭がよかったか?まぁ、胤ノ介やハザマがいうなら間違いないんだろうよ」
「(ゴンゴン)そろそろ、戻ってもよろしいですかね」
「ああ、問題ない。入ってくれ」
聞き耳でも立ていたのか、丁度いい時に扉が叩かれる。
入ってきたガオンのニヤついた表情は気に入らないが、気が変わらないうちに話を進めることにした。
「話し合いの結果どのようになられたので?」
「あぁ、同盟を結ぶことにした」
「さすが旦那、話が早い」
「それで、全の奴らとの取引はどうするつもりだ?」
「そっちは上手くやっておきます。なぁに旦那たちの悪いようにはしませんよ」
「お前の願いとおり同盟はなったのだ。そろそろ真意を話してくれてもいいのではないか?」
「ふむ」
ガオンは腕を組んだまま首を捻って何かを思案しているようだ。
その状態でどれくらい時間が経ったことか、実際は数刻も経過していないだろうが、重苦しい部屋の空気のせいで体感時間が何倍にも感じる。
その空気に耐えかね、さらに問いを重ねようと口を開いたその時だった。
「あっしらが望んでいるのはただ一つ…百獣忌団の復活でさ」
「ひゃくじゅうき?どこかで聞いたような…」
「同盟はそのための第一歩!そして復活のあかつきにはエリン、お前が団長をやってくれ」
「はぁ?」
素っ頓狂な声が大広間に響き渡る。
エリンが驚くのも、唐突に団長をやれといわれれば無理もないのかもしれない。
百獣忌団とはその昔、龍華全域で最大の勢力を誇っていた亜人の集団のことらしい。
ウェアキャットとワーウルフはその中核を担っており、初代団長がエリンの親父であり、先代の村長ラオ・キャスパリーグ、副団長が先程名前の上がったガオンの親父ガロンが務めていた。
70年ほど前、天子率いる人間の軍勢に敗れ両名共に戦死、求心力を失った百獣忌団は事実上消滅してしている。
「百獣忌、百獣…そうだ、ケールの話で聞いたのだ」
「何を悩んでいるのかと思えば、そんなことか」
ガオンは同盟が成立すると、話もそこそこに大広間を後にしていた。
全との取引で後始末があるとか…引き止めることも考えたが、流石に表面上は対等な立場のものに、やるべきではないと思い留まった。
大広間には自分とエリン、ハザマそして眠そうにあくびを噛み殺している四姫が残った。
「遅くなりましたが、胤ノ介さん、四姫さんお帰りなさい。デミエルフの件はどうなったのですか?」
「ああ、話しておくべきだな…」
デミエルフの住処でおこったことをこと細かに話をした。
ハザマと天子の関係をする箇所は伏せるようにして…
「ではグーワンが全の将を狙ったというのは…」
「本当のようだ。もしかしたらシヨが嘘をついている可能性も捨てきれないが…そういえばマルはどうした?」
「今は別の家で治療を受けて休んでるよ。後で見舞いにでもいってやってくれ…それにしてもグーワンのやつなんで」
「他に手がかりはないのか?」
「ない…もういいんだ。そろそろ現実を受け止めるべきなのかも知れないよ」
諦めたような口調だが、弟の凶行を未だに信じられないのか、エリンの表情はどこか悲しそうだ。
そのまま他に用があるとのことで、エリンは広間を出ていった。
手助けしてやれないことを歯痒く思うが、グーワンの凶行は実際にあったものと仮定した方がよさそうだ。
「エリンさん大丈夫でしょうか?」
「さぁな、受け入れるにも時間が必要なのだろう」
「胤ノ介さん?僕の顔に何かついてますか」
ハザマを訝しむような視線を向けていたことに気がつかれたようだ。
誤魔化そうかとも考えたが、ここで誤魔化せばいずれ蟠りになることは明白だった。
意を決して、気になっていたことを聞くことにする。
「ハザマ、単刀直入に聞く。お前は天子なのか?」
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