第十七話 混戦

デミエルフ住処 


胤ノ介達が後にした住処に、一人の少女が現れた。

軽く耳にかかる程度に切り揃えられた黒い髪と黒い瞳。

軽装から見える手足は、同年代に比べても細く華奢という印象を受ける。

体には外套、頭には頭巾を被り、どこからどうみても旅人の見た目だが、時折頭巾から見える蛇の耳飾りだけが異彩を放っていた。


「はぁ、別にあたしに命令しなくても…シヴァ様も人使いが荒いっす」


上官から理不尽な命令でもされたのだろうか、深いため息をついている。

目的地に到着した少女は相変わらずボロ屋が立ち並んで、陰気な場所だと思った。


「よーし、誰もいないっすね」


少女は誰もいないことを確認して、ある場所に向けて歩き出した。

向かう先は、昨日胤ノ介達が埋葬したウィルの墓標だ。

墓標の前に辿りつくと膝をおり、墓石を撫でるように手でさする。


「あーあ、ウィル君死んじゃった」


墓石に刻まれた名前を確認すると、その場で黙祷を捧げるように俯いた。


「はぁ、ほんと使えねぇ口だけのガキ…後はシュンカがやるしかないっすね」


その後も罵詈雑言を墓石に向けて吐き捨てると、シュンカと言う名の少女は森の中へと消えていった。


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ビョウ村 付近の森中


朝はあれだけ曇っていた天気も回復し、午後からは晴天に恵まれた。

それはそれは、快適な帰路になる…はずだったのだが


「くそ、こんなはずでは」


時刻は夕暮れを過ぎた頃、人生で初めて迷子となる。

それもこれも、同じような光景が広がる森のせいだ。

快適な帰路とは程遠く、見知った場所に戻るのに日暮までにかかってしまった。


「この場所は見覚えがある。村まであと少しだな」


今日は運がいいことに満月が出ている。

夜になろうと、月明かりを頼りに進むことができることは救いだった。

村の近くまで帰れたことで、一つ不安要素が消えた。

残すは…


「よかったね。ここまでくれば野宿しないで済みそう」

「………」


四姫とは住処を出てから、まともに会話をしていない。

住処を出る時は、あんなにも機嫌が悪かったにも関わらず、途中からすっかりよくなっていた。

確か道に迷い出したころだったか、言葉にしていなかったが動揺していたのがバレたのだろう。

嘲笑うかのように笑みを浮かべたと思うと、そこからずっとニコニコしている。

こうなると、意地を張っているこちらが馬鹿らしいと思うものの、どうしたらいいのか分からない。


「(こちらから謝罪をするべきか?だが、それは何だが釈然としない…俺は何も悪くないのだから)」

「ねぇ、胤…今すぐ謝ってくれるなら、許してあげるし村の方向も教えてあげるよ」

「は?何を偉そうに!そもそも」

「しっ!ああもう…なんでそんな大きな声出すの」

「意味の分からんことをいうからだ!声も大きくなる」


謝罪をされるならまだしも、なぜ逆に謝罪を要求されているのか理解できなかった。

確かに表面上は謝ることができれば、丸く収まるかもしれない。

だが、なけなしの自尊心がそれを許すことはしなかった。


「話にならん」

「やっぱりダメか…でも胤のそういうとこが可愛くて好き」

「っ!?」


「はぁ、はぁ、誰か…いるの?」


草むらの向こうから、ガサガサという音と女の声がした。

よほど慌てているのだろう、気配を隠すこともなくこちらに近づいてくる。

敵の可能性を考え身構えていると、草むらから二人の陰影が現れる。

うち一人は怪我をして、もう一人に肩を担がれていた。


「止まれ!止まらないなら切るぞ」

「ま、待ってください。敵…かもしれませんけど、今は違うから」

「マルと…それにシヨか!」


月明かりに照らされて、二人の正体がマルとシヨのだと分かる。

どうやらマルは怪我をしているようで、その影響か意識がハッキリしてない。

シヨの手足につけていた拘束具がなくなっている。

無理矢理外された痕跡がないので、誰かが鍵を外したのだろう。


「その怪我はどうした?」

「襲われた私を庇ったせいで…」

「襲われた?お前は牢に入れられていたではないのか」

「その牢ごと襲われたんです。村のあちこちが同じように襲われたみたいで、その混乱に乗じてここまで逃げ仰せたの」

「状況が見えんな。一体村で何が…」

「うぅ…その声は胤ノ介さんか?」

「おい、大丈夫か?」


シヨにその場に下すように目配せして、マルを地面に座らせる。

背中についた切り傷は、まるで大型の獣の爪にやられたような痕をしていた。

マルは血を流して苦しいだろうに、何かを伝えようとしてくれている。


「皆を…エリンを助けてくれ」

「いったい何があった?」

「く、詳しくは分からない…ワーウルフのやつらが急に…」

「ワーウルフ?確か森に住む、もう一つの種族…」

「っう、そ、そうだ…」

「それ以上は喋るな。後のことは何とかする」

「また、頼ってすいません」


これ以上のことを聞き出すと命に関わる。

村へ急がないとならないが、マルをこのままにはしておけない。

誰か付き添うべきだが、四姫は当てにできない…となると


「私のことを疑わないの?」

「他に選択肢はない。ここまでマルを見捨てなかったお前を信じる」

「えっ!?…わかった。マルさんは私が面倒を見ておきます」

「頼んだぞ」


シヨにマルのことを任せて、村へ向けて駆け走った。

村に近づくと騒がしい音が聞こえてくる。

進むについてその音はより大きく、よりハッキリとなっていく。


「胤はどうしてあの娘を信じることにしたの?」

「あいつはマルを見捨てていれば、一人で逃げることができていた。今更、マルをおいて逃げるとは思えん」

「すごい、胤はまるで相手の考えていることが分かってるみたい」 

「スキルじゃあるまいし、そんな都合のいい能力など持ち合わせてない」

「ふーん、あ!それとさ」

「もしかして、謝罪のことか?それなら、幾らでもしてやる。だから騒動がおさまるまで待ってくれ」

「それはそれで嬉しいんだけど…村にいくのやめない?」

「はぁ?ふざけているのか?」

「だって、また胤を守れるか分からないし…」

「そんな必要は…くそ、いいから行くぞ」


昨日、簡単に死にかけた自分に、反論できる言葉は用意することは出来なかった。

とはいえ、四姫の言葉通り村に行くのをやめるつもりもない。

半ば強引に会話を打ち切り、村へ乗り込むことにした。

村へ到着し、損壊している門を潜り抜けた先の広場に、ワーウルフと思われる者たちが屯っていた。


「あん、なんだお前ら?」


ワーウルフは目にして、初めに連想したものは二足歩行をする狼だった。

顔を含めた全身が体毛で覆われ、長く伸びた鼻筋の先には小さな鼻がついている。

筋張った手足の先に生えた強靭な爪は、例え鉄板であろうと易々と切り裂いてしまうだろう。



「お前らがワーウルフか!村を襲うとは覚悟はできているんだろうな」

「あいつ人間か?予定より早いな…まぁいい、人間なら手加減の必要はねえしな」

「歯向かうものには容赦せんぞ」

「は!一人のくせに威勢がいいな!お前らやるぞ」


掛け声に応じて、ズラズラと物陰にいた者たちも集まりだした。

その数約30人、一人一人が戦士だと、月明かりに照らされた屈強な肉体が物語っている。

啖呵は切ったものの、この人数を同時に相手にしたことは、いまだかつて経験したことがない。

一抹の不安を覚えたが、それより敵の最後の言葉が引っかかる。


「一人?」


振り向くと門を潜るまでは確かにいた、四姫の姿が見えない。

相変わらず気配を消して行動するのが上手い。

だが、不思議とそのことに不安はもう感じない。

次に何が起こるのか、容易に予想できてしまうからだ


「この人数を相手によそ見をするとは余裕だな!」

「お前たちこそ、余裕そうだな」


間合いをジリジリと詰めてきたワーウルフ達に対して、写刀を円輪の型で展開させた。

自分の周囲を回る刀は、防御の役目を果たす。

相手にスキルを見せることになるので、奇襲性が落ちるが今回はその必要はない。


「な、何だその武器は!いったいどこ、ガハァ!?」


ワーウルフ達はスキルを目にしたことがなかったのだろう。

ザワついた集団の中で、一際動揺していた一人が襲われる。


「何だこいつ!どこから!」

「一匹しか殺せなかった…この犬かたい」


囮を演じて正解だった。

物陰から機会を伺っていたであろう四姫の奇襲により、一人の首が反対を向いている。

続け様に隣のワーウルフに蹴りを見舞ったようだが、それは防御されてしまったようだ。


「予想通りと、あとは続くのみ!」

「くそ、嵌めやがったな」


先手必勝とまではいかなかったが、四姫の奇襲で敵は十分混乱していた。

投射や強襲の型を使うと、四姫を誤射してしまう可能性があったので、満足に扱えるニ本の写刀のみでワーウルフの集団に突っ込んでいく。


「ひ、卑怯者め」

「どの口が!お前たちも群れているだろう」


振り下ろした刀に対して、相対したワーウルフは爪で応戦してくる。

数度のやり取り、交差する度に弾ける火花、そして一瞬の隙をつき脇腹を横薙ぎに一閃した。

斬られたワーウルフは吹き出る鮮血と共に地面に倒れ落ちる。


「まずは一人、討ち取ったぞ!もう終わりか」

「お前ら何をやってる!敵は少数だ!囲め」


頭分の怒号により、混乱していたワーウルフたちも落ち着きを取り戻しつつあった。

自分のことを取り囲みつつも、距離を取り刀の間合いには入ってこない。

突破しようと前進するも、今度は死角となった後方から攻撃される。

反応して刀で受け流すのも限界があった。

だんだんと間合いを測られ、攻撃の感覚も短くなってきた。


「これはまずいな」

「終わりだ」


スキルを使えば打開するのは容易だろう。

だが、高確率で四姫を巻き込むことは必至…死んでも蘇るとはいえ、その手段を取るつもりは毛頭なかった。

一途の望みにかけて、捨て身の一旦突破をはかろうかと悩んでいたその時、


ドガーンッ!!


直しかけの村の門が爆発音と共に吹き飛んだ。


「者共かかれぇい!」


雷のような、けたたましい号令が村中に響き渡る。

どうやら門が打ち破られ、そこから何者かが侵入してきたようだ。


「あ、新手か!?」

「本隊のご登場か…まぁいい、野郎どもさっさとそいつをやっちまえ」

「「「おおう!」」」


新手の出現に、ワーウルフの集団から一瞬だけ意識が逸れてしまった。


「しまった!」


そう思った時にはもう遅い、全方位からの攻撃に対応することが出来ない。

すでに新たな写刀を発現させられる空間はないに等しく、手持ちの二本では全てを捌くことは不可能だった。

反撃を受けることを覚悟した、ワーウルフ達の捨て身の攻撃に致命傷を覚悟したそのときだった。


「ふん!」

「どういうことだ」


先ほど号令をあげた者が、先陣を切り突っ込んできたかと思うと、華麗な槍捌きで攻撃してきたワーウルフを軒並み弾き飛ばしてしまった。

月光に照らされた鎧はギラギラと、怪しい光沢を放ち細部に渡り装飾が施されている。

8尺はあろう長身に、兜に収まらない長い長髪が後頭部で結いまとめられていた。

そして何より目を引いたのは、手にしていた槍だ。

不思議な光沢に螺鈿細工を思わせる煌びやかな装飾、一目でただの槍ではないと分かる。

何はともあれ謎の武者に助けられたことで、休止に一生を得ることができた。


「我が名はチョウシ!故あって助太刀いたす」

「チョウシ…そうだ、レンファが最後に呼んでいた。お前は全の者か!」

「胤!こっち」


やはり乗り込んできたもの達は敵で間違いない。

だが、チョウシに続いて他の兵士たちも、次々とワーウルフに戦いを始めた。

状況を理解できないまま、四姫に連れられ戦場を離れる。

敵と敵が入り乱れる混戦に、巻き込まれないよう、少し離れた小屋の屋根へ飛び乗った。


「無事…だったか」

「胤こそ何ともない?あの犬ころ強かったよ」

「怪我はない」


死にかけたなど、口が裂けてもいえなかった。

気持ちを切り替え、状況を把握しようと戦場に目を向ける。

四姫のいう通りワーウルフは強い、人数では圧倒的に全の兵士が多いにも関わらず、戦況は拮抗しているように見えた。

むしろ、損害が大きいのは全の方かもしれない。

チョウシが先陣を切っている箇所を除き、全は前進が出来ていないのだ。

戦況を一通り把握したが、さっきから気になって仕方ないことが一つあった。


「あのチョウシとかいう奴の槍、もしかして…」

「普通の槍だよ。きっと」

「いや違う!あれは間違いない神器だ」


一目見た時から魔練武器ではないことを確信していた。

この距離でも共鳴するような何かをヒシヒシと感じるのだ。


「見つけたあ!!!あれさえあれば、菫を!」

「ちょっと、胤どこに」


見つけた神器に衝動が抑えられずに戦場に舞い戻る。

写刀を発現させ、狙うはもちろん…


「そいつをよこせ!!!」

「何をする!」

「その槍、神器だろ?分かるんだよ」

「意味のわからんことを」


奇襲に難なく対応され、槍で刀を受け止められたが反撃がこない。

これは好都合とばかりに連続で斬りかかり、槍を腕ごと切り落とし奪おうとした。

助けられた手前、気が引けるが、これも菫のためと思うと心に鬼が宿り良心の呵責が外れる。

むしろ大人しく渡さないチョウシが悪党だとも思っていた。


「なんだあいつは?まぁいい、そろそろ潮時だ。野郎ども退くぞ!」

「くっ…に、逃すな!追え!」

「で、ですが」

「私のことはいい、早く行け」


親分のワーウルフが合図すると、応戦していた者達が一斉に撤退を始めた。

全の兵士達も一瞬躊躇しながらも、号令に従い追撃をかける。

嵐のような戦い過ぎ去ると、広場には無数の骸とチョウシそして自分だけが残っていた。


「死んでしまえば敵も味方もないな」

「お主、助けられた恩を忘れたか!?」

「忘れたな!それよりお前の神器にようがあるんだ。大人しく渡せ!」

「これだから低俗なやつは…この槍は、我が君に捧げたもの易々と渡すわけにはいかぬ」

「問答無用」


ここに忘恩の徒と化した鬼と龍華一の槍の使い手の一騎討ちが始まる。

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