第一六話 過ちを経て

デミエルフの住処 空き家


机に座った三人の顔が、蝋燭の僅かな灯りに照らされている。

部屋には森の中特有の木の香りと、焼けた蝋の匂いに満ちていた。

ケールが話し終えると、入れ替わるように虫の鳴き声が音力を上げたような気がした。

なんと話を切り出したものか、過去の話とデミエルフの現状を考えると、迂闊なことは話せない…と思っていたのは自分だけだったようだ。


「ねぇ、今の話でデミエルフについてはよくわかったけど、わたしたちは何のためにつれてこられたの?」

「私は自分の罪から逃げていました。真意を話さなかった姉に激怒し、自分に落ち度はなかったと考え、デミ落ちしたものに嫌悪感すら抱いて…デミエルフなんて呼称ができたのも、当たり前だと思ってましたわ」

「話を聞くと無理もない気がするが…」

「違うの!私がちゃんと言葉を尽くしていたなら…姉達は里を抜ける必要はなかったわ。ここに来たのは贖罪のため、貴方たちはそのための保険。事情を知らない者であれば誰でもよかったの」

「確かにことの経緯は何一つ知らなかったが、その程度で盟約の条件をすり抜けることができるのか?」

「さぁ?あくまで保険でしたから…でも今回の件で確信しましたわ」

「何を?」

「盟約は効力を失っていましわ。30年前に天子が没したとき」

「はぁ!?」


龍華国を統治した最強の存在だと思っていたので、すでに死んでいるとは思わなかった。

だが、死んでいたのなら、この世が戦乱の世になっていることにも得心がいく。

天子が死に盟約がその効力を失ったのであれば、疑問にあった昨日の出来事も説明がつく。

レンファとエリンで結ばれた盟約は意味がなかったのだ。

盟約を破れば死ぬのであれば、レンファの奇襲作戦は杜撰すぎた。

レンファは盟約が意味を成さないことを知っており、エリンは知らなかったと考えるのが妥当だろう。

あの盟約はただの時間稼ぎ、だったのだろう。


「阿国の現国主、モンドの手に掛かり天子は死んだと聞きましたわ。おそらく、その時から効力を失っていたのでしょうね…だから、デミだったチア・プレザンスが、里に帰ってきたんだわ」

「わかってたなら、すぐに行動すればよかったのに」

「ッ…だ、だって帰ってきたデミはプレザンス家がすぐに囲ってしまうし、確かめようにももし効力が切れてなかったら…いえ、これは言い訳ですわね。確かに貴女のいうとおり、私にすぐ行動できる勇気があれば、結果は変わっていたかも知れませんわ」


四姫の歯に衣着せぬ物言いに、ケールは辛そうな顔で返答をしている。

確かに結果だけ見れば、四姫のいっていることに間違いはない。

だが、盟約が無効になっているか、確認する手段を持たなかったケールにも、同情する余地はある。

代表同士の間で交わされた盟約を破ると、どうなるのか分からなかったのだろう。

プレザンス家がデミエルフを秘匿していた以上、接触する度に誰かが死んでいたかも知れないのだ。

姉の帰還を望んでいるケールが、姉が死ぬかもしれない賭けをするとは思えない。


「大体の話は分かった。それでこれからどうするつもりだ?俺たちに肩入れしても何もできないぞ」

「そんなことありませんわ。あのハザマが指揮をしているのでしょう?全との戦も十分勝算がありますわ」

「えらく信用しているようだが、ハザマについて、何を知っている?」

「雰囲気や風貌は若干変わりましたが、あの方は天子ですわ。本人かどうかの確信はありませんけど」

「はぁ!?ハザマが、天子?死んだという話では」

「さぁ、でもあの魔力は間違いなく天子…今度は私が利用してやりますわ」

「その物言いだと、何かことを起こすのだな」

「察しがいいようね。その通り、私は里に帰り次第、信用できるエルフと共に里を掌握するつもりですわ。貴方達には後ろ盾になってもらいます」

「俺にハザマを説得しろという所か…もちろん、見返りはあるんだろうな?」

「この神樹の森全域を、国土として献上いたしますわ。先代よりエルフが治めていた土地…龍華国が崩壊した今、文句は言わせない」

「なるほど…その条件なら、説得も容易だろう」


国土を得れるとなると、漠然としていた国作り計画にも現実味が出てくる。

ハザマもこの条件なら、無下にはしないだろう。


「私が里を変えてみせる…もう時代の変化に、無抵抗で流さるような選択を取らせはしませんわ」

「ケールの考えはよく分かった。では、今日はもう遅い、寝るとしよう」

「えぇ、わたしまだ眠くない!」


ギャーギャーうるさい四姫を、無理矢理に寝床へ誘導する。

俺はこの家にあった麻の布を床に敷き、そこで寝ることにした。

布越しでも、木の床は硬く冷たかった。

畳と布団が恋しくなったが、不思議とすぐさま寝ることができた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日、早朝


昨日と同様、日が昇る前に目が覚めた俺は、日課の鍛錬をするため部屋を後にした。

出る前に寝床を確認したら、ケールの姿が見当たらなかった。

四姫は遅くまで起きていたので、今しばらく起きる気配はない。


「今日は曇りか」


家を出ると昨日の清々しい空とは打って変わり、ジメジメとした空気と曇天が出迎えてくれた。

天気は悪い方だが、雨が降ってないだけマシというものだろう。

写刀を動かせる場所を探すように、住処の外れに向かっていると、昨日倒れたミカシュの木の近くにケールを発見した。


「おい、こんなところで何をしている」

「ミカシュの木に死んだエルフの名前を刻んでいますの」

「墓標にでもするつもりか?」

「似たようなものですわ。いずれ朽ちて消えるでしょうけど」

「昨日のウィルのように、石に刻んではいかんのか?」

「それは人間のやり方ですわ。エルフの風習では、ミカシュに名前を刻みますの。刻まれた名前は数十年かけて木に飲み込まれる…そうすることで、森に還ると言い伝えられてますわ」

「そうか…では、ウィルを埋葬したのは」

「人間として、最後を迎えることを望んでましたから…ほんとは、姉様もそうしてほしかったのでしょうけど」


そう語る、ケールの横顔は悲しみに満ちていた。

仲違いしていたとはいえ、身内に先立たれるのはさぞ辛いことだろう。

前世の最後、怒声を飛ばす父もそうだったのだろうか?

そう思うと、親より先に死んだ俺は相当な不幸者だと思えた。


「ならこちらにも手を合わせておくとしよう」

「気になっていたのだけど、それは何なのかしら?お祈り…ではなさそうですけど」

「俺の住んでいた国では、死者の成仏を願うときこのように手を合わせていた」

「そう…そういえば、貴方はこんな朝早くに何をしているのかしら?」

「毎日の日課でな、刀…今はスキルの鍛錬をしておるのだ」

「殊勝なことですのね。よろしければ、少し見学していってもいいかしら?」

「好きにしろ」


四姫が寝ている空き家から、少し離れた耕地に移動した。

人が何十年もかけて耕した土地も、1年経てば草が生い茂ることだろう。

今まで流した汗と努力の賜物が、あっといまに自然に戻ることを思うと、諸行無常を感じてしまう。

深く考えたことで自分にはどうすることもできない。

気持ちを切り替え、鍛錬に集中することにしよう。

誤って森の木を傷つけると後が怖いので、あまり魔力を込めないでスキルの鍛錬をすることにした。

まずはおさらいとして、基本の型と位置付けた円輪を試す。


「へぇ、改めて見るとすごい…魔力が物質になるなんて」

「危ないからもっと離れていてくれないか?」

「お気遣いなく。その程度であれば自分で判断しますわ」

「はぁ」


続いて投射を試す。

予め、何もないことを確認した空き家に向けて刀を放つ。

刀は弓形の軌道を描き、次々と空き家を穴だらけにした。


「ダメね、そんな攻撃じゃ雑魚は倒せても、何かしら武の心得がある者には通用しないわ」

「くっ…ま、まだ、模索中なんだ!」

「他には何かありませんの?」

「何個かあるが…例えばこれだ」

「きゃ!?」


ケールを囲うように写刀を出現させる。

写刀を出せる範囲内にいる者の限定であるが、全方位からの攻撃ができる。

防御不可能、初見殺しにおいてはこれ以上ないと思っている。

欠点を挙げるとすれば、動いている的に使うには、まだまだ練度不足といったところだろか。

写刀を岩の中など、密度の高い物質の中に生成することはできなかった。

意識してから写刀が出現するまで、時間差がある。

的が移動してしまった場合、全く見当はずれの場所に出現するだけでは飽き足らず、敵の動き次第では写刀そのものが出現しなくなってしまう。


「だから、危ないっていっただろ?」

「い、いい気にならないでほしいですわ!」

「怒るな、ちょっとした冗談だ」


囲っていた写刀を消失させる。

驚いたケールの反応を見ると、溜飲が下がる思いだ。

これに懲りて、多少は高慢な口調が治るといいのだが…


「真剣な話をしますと、足を止めて戦うのであれば、防御結界を破れる威力が必要ですわ」

「威力か…方法に考えはある。実際に上がるかは分からぬが」

「悠長なことですわ」


「2人とも、わたしをおいてきぼりにして何をやってたのかな?」


いつの間にか、四姫が俺たちのすぐ近くまで来ていた。

ケールと話していたとはいえ、声をかけられるまで気配を全く感じなかった。


「なんだ、起きてきたのか」

「音がしたから…それより質問に答えてよ!」

「日課の鍛錬だ。ケールはその見学をしているだけだ」

「確かに、そんなことをしていたような…」


何も悪いことはしていないはずなのに、四姫に睨みつけられる。

その瞳の下には夜遅くまで起きていたせいか、クマが出来ていた。

謝罪を強要されている気がしたが、自分の考えを貫きここは無視に徹することにする。


「…ぅぅう」

「全員揃ったことですし、私は里に帰ることにしますわ」

「では俺たちも早々に帰るとしよう。して件の件はどうするのだ?」

「そうですわね…では2、3日以内にエピナをそちらに向かわせますわ。その時までに、回答を決めておいて下さるかしら」

「それだけ猶予があるのであれば、必ず説得してみせる」

「ふふ、期待しておきますわ」

「ケール…お前、少し変わったな」

「え!?」

「上手く言葉にできないが…何というか余裕があるように見える」

「そう…かもしれませんわ。ようやく、別れを告げることができましたもの」


簡単に別れの挨拶をすると、ケールは森の中に消えていった。

昨日は全力で移動していなかったというのは、本当のことだったのだろう。

フワッと足を地面から話したと思うと、一瞬にしてその姿は見えなくなってしまった。


「相変わらず早いな。まぁいい、俺たちも帰ろう」

「………」

「何を不貞腐れておる」

「だって、途中から無視してたでしょ」

「それは…はぁ、知らん。勝手にしろ」


取り合うのがアホくさくなってしまった。

元々、こっちが気を使い、仲良くしてやる義理はないのだから…

気を取り直して帰路に着くことにした。

自慢じゃないが、道を覚えることには自信があった。

この時は、昨日と同様に昼過ぎにはビョウ村に到着できると思っていた。

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