第十五話 選択の行方

ケールはヴィルジニテの別邸を後にして姉の住むところに向かっていた。

離れるとき父はいいとして使用人すら見送りにこなかったことに怒りを覚えたが、私のことをまだ当主として認めていないという意思表示だろう。


「ふん、現当主は私だというのに…お父様はことが思い通りに進んで気分がいいでしょうね」


不遜な父の態度を腹立たしく思うも批難することはできない、たとえ汚名を被ろうともヴィルジニテ家のためを思って行動してくれていたのだ。

父は森託で集めた情報を教えてはくれなかったが、おおよそ手に入れた情報をもとにシュクルットに命令して人間と取引していたのだろう。

あの排他的な父が人間と取引していたのかは疑問が残るが、盟約や天子来訪のことは知っていたようだった。

そうであれば、天子来訪に合わせてオーベルを唆し反乱をするように仕組むことは難しいことではない。

天子来訪でプレザンス家については言及しなかったが、「奴らは障害にはなりえなかった」といっていた。

森託で何か弱みを知っていたのかもしれない。

何はともあれヴィルジニテ再建の道は示された。

あとは私が交じり者たちを排除することを選択できるかどうかで決まる。


「不甲斐ないと思われているから、全てのことを話してくれないのでしょうね…はぁ当主になんてなりたくなかったですわ」


選択する決心がつかないまま、フルール姉様がいる場所に到着してしまった。

里の外れにある、昔は子供の遊び場となっていた広場に住居を建て交わったもの達が生活をしていた。

エルフは住居を建てはしない。

全て人間が建てたものだ。

その一画にフルール姉様の住む住居がある。


「あら!ケールじゃない。珍しいわね、あなたから出向いてくれるなんて」

「姉様、ちょっとお邪魔してもいいですの?」

「もちろん。好きなだけいて頂戴」


フルール姉様に招かれるまま建物に案内された。

部屋の床にはおもちゃが散らばり、質素な家具の上にはよくわからないものがたくさん置かれていた。


「ごめんね、散らかってて。タオヘイの商売道具が棚に入りきらなくて」

「気にしないでいいですわ。突然来たのですから」

「ママ、この人誰?」

「この人はね、ケールお姉さん!ママの大事な妹よ…ウィルは一人で遊んでられるかしら?」

「うん!じゃあねケールおばさん」

「お、おばさんですって!?」

「こら!なんてこというの!」


突然のおばさん呼ばわりに憤慨しそうになるが、子供のいうことだと自分にいい聞かせることで思いとどまる。

フルールの言葉は説教しているように聞こえたが、表情には笑みを浮かべ怒っているように見えなかった。

ウィルもそれがわかっているのか、返事もせずに部屋から出ていった。

幸せそうなやり取りを見せつけられ、喉の奥に何かつっかえたような感覚がした。


「ケールごめんね。最近いうこときかなくて」

「別に気にしていませんわ。それより今日は大事な話があってきましたの」

「あら、何かしら?」

「明日、人間達と交わったエルフの代表として議会に出席して欲しいのですわ」

「議会…私なんかが出席したらヴィルジニテの体裁が悪くなるのではなくて?」

「これは当主としての命令も含まれていますの。姉様が気にする必要はありませんわ」

「わかったわ。それで私は何を命じられるのかしら?」

「初めから説明しますわ」


姉に議会で起ったことを伝えた。

天子の来訪、オーベルの反乱、そして盟約について…

父のことは伏せて話をしたが、特に詮索されることはなく内容を理解してくれた。


「そんなことが…それでケールはどういう盟約を交わすつもりなのかしら」

「まだ決めかねてますの…でもみんなが納得する内容を絶対に考えてやりますわ」

「信じてるわ。ケールならきっとみんなを幸せにすることができるはずよ」

「…なら、明日はよろしくお願いしますわ」

「え!もう帰るの?タオヘイもそろそろ帰ってくるしたまにはご飯でも一緒に」

「そうしたいのは山々ですけど、明日も忙しいのですわ」

「そう、ではまた明日ね」

「また明日」


息の詰まりそうな姉の家をはやく抜け出したかった。

住居を出ると足早にその場を離れ、自分の家を目指した。

すでに陽が傾き、里は黄金色に照らされていた。

夕陽と同じ色をした湖を横目に映しながら、ざわついた心を抑えつけ淡々と帰路に着いた。


「ケール様!ご無事で何よりです」

「エピナ…私は大丈夫ですわ」

「どうやら、シュクルットから聞いたこと以外にも何かあったようですね」

「何にもありませんわ」

「はぁ…選ばせて差し上げます。当主に接するように厳しく叱咤されるか、友人として優しく慰められるか…好きな方を選んでください」

「うぅ、なら厳しい方でお願いしますわ…今、優しくされると心が折れてしまいそう」

「立派な心掛けです。では当主様、僭越ながら申し上げます。何を悩んでいるかは想像に難くないですが、あなたはヴィルジニテ家を何より優先する義務があります。そのために私情を捨てた決断をするべきです」

「でもそれをしたら!」

「フルール様とは訣別することになるかも知れませんね。ですが当主として何が正しいか理解しているはずです」

「……その通りですわ。エピナのおかげでようやく覚悟が決まりましたわ」

「当然のことを申し上げたまで…ケール様も初めから決めてらっしゃったのでしょう?」

「エピナには敵いませんわね」

「安心して下さい。たとえどのような決断をされようと私はいつでも味方です」

「感謝しますわ」


心の中を打ち明けたことで、いくらか心が軽くなった。

いつまで立ってもエピナに頭が上がらない。

でもそのおかげでやるべきことは定まった。

あとは明日を待ち実行に移すだけだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日 エルフの里 議会場


まだ日が昇ったばかりだというのに、議会は開かれ各々が席へ座っていた。

ヴィルジニテ家からは私と姉、シュクルットも付いてきたが今は部屋の外で警備をしている。

プレザンス家の当主セザムは欠席のようだ。

どうも体調を崩しており、今日は別のものが出席している。

ノブル家は昨日のこともあり不在となっている。

席には代わりに天子が座っており、肘を机につき目を瞑っていたが徐ろに口を開いた。


「さて、そろそろ盟約を結ぶ準備はいいか?」

「私達はいつでも結構ですわ」

「いいだろう。昨日見せた通りに互いが誓いの口上を述べろ。そうすれば盟約は結ばれる」

「では私から述べさせてもらいますわ。人間と交わったエルフは今日中にこの里から出ていくこと、またこの盟約以降のエルフも対象としますわ」

「ケールあなたならそうすると思ってた…交わったエルフ代表として誓いましょう。代わりに今後一切この里のエルフが私達に干渉しないことを要求します」

「姉様なんで…?」


フルールが要求してきた内容が予想外すぎて、一瞬何をいったのか理解できなかった。

この問題の解決するために時間を利用するしかないと思っていた。

人間とエルフの寿命には差がある。

共に暮らしていれば先に人間が死ぬのは明白なのだ。

交わった者との棲み分けは最低限必要なことだったので受け入れてもらうしかなかったが、人間が死んでしまえばあとはどうとでもなると思っていた。

ヴィルジニテの考えを守りつつ交わったエルフを傷つけない方法はこれしかなかった。


「さぁケール誓いなさい。そして二度と会うこともないでしょう」

「どうして」

「あなたには才能がないせいで森託を聞くことができないエルフの気持ちは分からないでしょう。里のみんなから無能と呼ばれる疎外感に苛まれ、森託なんて得体のしれないもので常に監視されている恐怖にずっと耐えなければならないの」

「森託はそんなものでは」

「どうだっていいのよ!結局は分からないもの!」

「なんでそんなふうに突き放しますの?私は姉様たちのことを助けようと考えていますわ」

「その考え方が高慢なのよ!!私たちは私たちだけで生きていけるもの」

「姉様のわからずや!いいわそこまでいうのなら…私もこの里のエルフを代表して誓いますわ」


近いを立てた瞬間、全身が淡い光に包まれる。

魔法がかかったせいだろう、里のエルフ全員にも同様に魔法がかかったようだ。

姉はその様子を確認すると、こちらを振り返ることもせずに議会を後にした。


「思った通りに盟約は結ばれたな。それでは僕は皇宮に帰る」

「ま、待って」

「なんだ?」

「貴方…いえ、天子様は何故…」

「すべてはお前の姉が始めたことだ。これで答えは出ただろう」

「う…そ…」


天子から驚愕の真実を伝えられる。

本当のことなら、私が天子に盟約相手として選ばれたことも納得がいく

おそらく、フルール姉様は人間を通して天子と連絡を取っていた。

表立って里に招いたのはセザムかもしれないが、本当の目的はフルール姉様と盟約を結ばせるためだったのだ。

そして、盟約でエルフと関係を断ち切る計画を父様は利用した。

それでヴィルジニテ家に都合がいいことが多々発生したのだ。


「お待ちください。まだ議会の途中です」

「うるさい!そこをどけ」


真相を知り、失意に俯いていると議会室の外が何やら騒がしい。

音が近づいてきたと思ったら、バンッと音を立て扉が開かれた。


「天子様、どうか今一度盟約をやり直して頂きたい」

「セザム…それはできぬ。一度結ばれた盟約はいかなることがあろうと変更することはかなわん」

「お、お願いします。大事な人が交わってしまったのです」

「では今結ばれた盟約通り里から出ていくことだ」

「そんなの無理に決まっている。里を出て無能達だけで生きていくなんて」

「案ずることはない。今後は里を抜けたエルフ達が新しい時代を築いていくことになるだろう」

「なんですと!?」

「僕の望みは叶った。もう会うこともないだろう」


天子はそういうと議会を後にした。

残されたのは私とセザム、そして代理で出ていたプレザンスのものだけだった。

少しの静寂の後、代理のエルフが床に手をつき項垂れているセザムに近寄り語りかける。


「兄さん、義姉様の説得はダメだったんだね」

「パボ…お前には迷惑をかけた」

「迷惑だなんて、兄さんは頑張ってたよ」

「頑張りだけではダメなんだ!結局なんの成果も得られないまま、一部のエルフが分裂してしまった。それもこれもあなた方ヴィルジニテのせいだ」

「そんな!私はただ皆の幸せを望んでいたわ」

「結果がこれですか!?一体誰が一番の幸せもの何でしょうね?」

「それは…」

「まぁいいでしょう、今回は私たちの敗北を素直に認めます。でも忘れないで下さい。私は天子だろうが盟約だろうがこの呪縛を解くのを諦めません」


そう言い残すとセザムとパボは議会室を後にした。

この騒動からしばらくして、父様がヴィルジニテの当主に返り咲いた。

隠居に追い込まれた元凶のオーベルと、フルール姉様がいなくなったのが大きな要因だった。

ノブル家はオーベルとは遠縁のものが新たに当主となり、プレザンス家は変わらずセザムが当主を続投するみたいだ。

新当主で議会が開かれ、正式に掟として交わったエルフと関わることが禁じられた。

そして純粋なエルフと区別するためデミという呼称が新たに生まれたのだった。

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