第十四話 礼儀
翌日、天子が来訪するという話は本当だった。
本物を目の当たりにしたのは初めてのことだったが、金色の髪に翠緑の瞳、煌びやかな装束に身を包んだ姿を見ればすぐに誰だかわかった。
いつものくだらない議会の最中に、突如として現れた天子は席に座る私達を一瞥した。
その獲物を品定めする狩人のように鋭い眼光は、視線が交わるだけで心臓を捕まれた気がした。
この場面で言葉を発せられるのは余程のバカか、天子と同等の力を持っているものだけだろう。
「これはこれは、天子様お一人でご来訪とは本日は一体何のご用ですかな?」
ノブル家の当主オーベル・ノブル・エルフが威勢よく言い放った。
天子を敬う言葉は使っているものの、椅子にもたれたままで話す様は不遜なふるまいに他ならなかった。
声色からもオーベルに嫌悪感を隠す気はないように思えた。
余程のバカだ。
「礼儀を知らないお前のような者に話すことはない」
「なっ!」
怒気を含む声と視線に部屋中の空気がビリビリと震えたような感覚がした。
横柄な態度をとっていたオーベルも威圧され、冷や汗を額に浮かべ動揺しているようだ。
「同族が大変失礼しました。ご無礼をお許しください」
仲介に入ったのはプレザンス家の当主セザム・プレザンス・エルフ、気がつけば席を立ち上がり天子の前で跪いている。
突然の出来事にも毅然とした対応をできているセザムに違和感を感じた。
天子が来訪することを予め分かっていたようなそんな態度であった。
「セザムか…顔を上げろ」
「は!」
「話は聞いている。この里の問題解決に盟約を使うが異論ないな?」
「もちろんでございます」
「またんか!“めいやく“が何のことかはしらんがこの里で勝手なことはさせんぞ」
「オーベルさん!口を謹んでください」
「ここは王である僕の国だ。低俗な者には理解ができないようだな」
氷のような眼光をオーベルへ向ける。
対するオーベルは表情こそ強張っていたが、口元は微かに笑みを浮かべていた。
その表情から何かを企んでいることは容易に察することができた。
「な、何が王だ!わしはお前なぞ認めておらん!」
「ならどうする?」
「こうするのだ!くらえっ『三重落下』!!」
オーベルが詠唱すると隠匿されていた魔法陣が部屋全体に展開され魔法が発動した。
「な、何これ!身体が重くて…動けませんわ」
「オーベルさん、何を」
「へぇ」
ものすごい力で床に引き寄せられる。
腕を伸ばして必死に抵抗するのが精一杯で、四肢は床にへばりついて身動きが取れない。
「影の魔法か…珍しい魔法を使う」
「ど、どうだ!我が家の秘伝の魔法だ。これでもう身動きとれまい!」
「こんな魔法で動きを封じることができたと思っているのか?」
「ば、馬鹿な!この魔法陣の中では何倍もの重量がかかっているんだぞ!動けるはずが…」
「僕がなぜ一人で来たのか教えてやる。護衛が必要ないほど強いからだ」
天子は魔法の影響を受けていないのか軽々とオーベルの方に歩きだした。
オーベルは今度こそ余裕がなくなったようだ。
負けを認めて逃げればいいものをその場に止まり、必死な形相で拒絶の言葉を叫んでいる。
「く、くるなあ」
「貴様の近くは普通の重力なのだな。動かなかったのではなく動けなかったというところか」
「ぐぁあ、ば、化け物め」
天子はオーベルの首を掴み魔法の影響下に投げ飛ばした。
投げられたオーベルは自分の魔法により床にへばり付くことになった。
体格はそれほど変わらないがそれなりに大柄のオーベルを片手で放る様子からは、通常では考えられない膂力があの体躯に備わっていることが分かる。
「なるほどここはいい眺めだな…早く魔法を解け、さもなくは息の根を止めてやってもいいんだぞ?」
「わ、分かった」
オーベルが魔法を解くと身体に自由が戻る。
起き上がるとすぐさま『縛錠』唱えオーベルの身動きを封じた。
「天子様、誠に申し訳ありません。どんな罰でも受ける所存」
「セザムと同じく、この度は同族が迷惑をかけましたわ」
「気にしなくていい。たが、こいつには盟約を結んでもらう」
盟約…天子が新たに開発した魔法陣を必要としない魔法だと聞いている。
互いに誓いを立てることで効力を発揮する一種の約束のようなもので、龍華国であれば誰でも使えるものらしい。
具体的な使い方や履行されなかったときどうなるか分からなかったこともあり、さっきまで噂話だと思っていた。
まぁそんな得体の知れない魔法を使うものなどいるはずもいないのだが…
「くそぉ…人間がくる前の正しい姿に里を戻したかった。それだけなのにお前のせいで何もかも無茶苦茶だ!」
正しい姿に里を戻す。
この一点だけはオーベルの主張に同意できるのだがやり方が過激すぎる。
議会を開くと開口一番「里内の人間は即座退去させる。従わない場合はノブルの全勢力を使い強制的に排除する。もちろん殺傷もいとわない!」と毎度吠えるのだ。
人間と謳っているが子を成したエルフやその子供も排除の対象になっているのは今までの議論で明白だった。
「貴様は僕の言葉に続けて誓うといえばいい、それ以外のことを口にしたらこの場で息の根を止める。これより僕に無礼な振る舞いを働かないこと」
「…誓おう」
「何を黙っている。次は貴様の番だ!好きなことを要求するがいい」
「なんだと!?」
「互いに誓いを交わさなければ盟約が成立しないだろうが」
「くっ、なら今すぐこの拘束を解け!」
「いいだろう。すぐにその魔法を解くことを誓おう」
誓いが終わる魔法が発動したのか、お互いの身体がうっすらとした光に包まれた。
その様子を眺めていると天子はオーべルに歩みより、私が唱えた縛錠を素手で引きちぎった。
「そんな力技で魔法が解かれるなんて…信じられませんわ」
「本当に解くとは…クク、愚か者めわしはまだ奥の手を残しておる!者共入れ!」
大人しくしていればいいものを往生際が悪い。
何かを企んでいたようだが呼び付けても頼みの配下は誰も現れない。
「おい!どうした!なぜ出てこない」
するとコンコンと議会の扉を叩く音がした。
「失礼します。不穏な輩が周囲を取り囲んでいましたので捕らえておいたのですが、どのようにしましょう?」
「シュクルット!」
シュクルットの後ろには数十人のノブル家の者たちが倒れている。
どうやらオーベルの配下は全てシュクルットに見つかり処理されていたようだ。
「うぅ」「あぁ」と呻き声をあげているので命までは取っている様子はない。
流石、ヴィルジニテの白き盾と称されるだけのことはある。
「シュクルット、お前よくもぉ!?がっ」
「愚か者は貴様だったな…まあいい実演になった」
オーベルは突然胸を抑えて頭から床に倒れ込んだ。
天子は手を出していない、まるで糸の切られた操り人形のように力なく崩れ落ちたように見えた。
セザムが床に倒れて動かないオーベルの様子を確認するために近づいた。
「これは…死んでる」
「そうだ。己で盟約を破ったと自覚したとき、代償支払うことになる」
「…酷いですわ」
「す、すごい!流石は天子様!まさに神のみわざ。このセザム全身全霊を掛けてお仕えすることをあらためて誓います」
「神…この盟約をエルフと人間と交わった者たちの間で結んでもらう。だが内容を決めるのはせザムお前ではない」
「な、なぜです!?」
「此度の件は褒めてやる。だがなお前からは志を感じない…他力本願で策を巡らすばかり、そんなやつにこの里の今後は任せられん」
「そ、そんな」
「お前…ケールといったか?明日までに内容を考えておくことだ。くれぐれも私欲を優先させぬよう心がけるといい」
「え!?なんで私が」
「明日、お前と交わった者たちの代表を連れてここに来い」
なんでの返答はなく要件を一方的に突きつけて天子はどこかに消えていった。
セザムはうなだれてぶつぶつと独り言をいっていた。
「なにが間違って…完璧な立ちまわりをしたはずなのに…」
盟約について相談をしたかったのだがとても話せる状態には見えない。
明日までになにをすればよいのか分からず、途方に暮れていた。
「ケール様、後の処理はこちらでやっておきます」
「シュクルット…私はどうすればよいのかしら」
「…前当主をお尋ねください。何かいい案を考えてくれるはずです」
「お父様のところに?今更なにが…まさか!?」
「私の口からは何も申し上げることはできません」
「結構よ。その態度で大体分かりましたから…後は私が直接聞きにいきますわ」
議会を後にするとその足で父のいるヴィジルニテ別邸に向かった。
父はフルール姉様の身勝手な行動のせいで、ノベル家から恫喝まがいの批判を受け体調を崩して隠居しているはずだった。
純血主義を掲げるヴィルジニテはエルフ全体をみても少数派だった。
純血とは古のエルフのことをいい、血が濃いほど森託をより鮮明に聞き分けることができると思われている。
古いエルフは森と意思を共有し完璧に調和していたが、代を重ねるごとに森の意思を共有できない個体が現れだした。
彼らのために森託という言葉が作りだされ、意識の共有という手段は声として聞き取るものに置き換わった。
つまるところ純血主義とは古い血が濃いもの同士を結ばせることで、エルフを古い時代に回帰させようとする考え方である。
すでに誰も知ることのない完璧な調和を目指して…
「お父様、お久しぶりですわ。お身体の調子は変わりないでしょうか」
「おぉ、ケールか!体はこの通りピンピンしておるわ。で今日は何のようだ?」
「単刀直入にいいますわ。なぜあのようなことをされたのですか!」
「ハハッ、その様子だとオーベルは死んだようだな!にしてもシュクルットのやつめ最後までしっかり仕事をせんか」
「質問に答えて!なぜ里に天子を呼びつけたの」
「ケールよ、何か勘違いしておるぞ。呼びつけたのはセザムでわしは何もしておらん。ちょっとだけオーベルの背中を押しただけのことよ」
「それだけではないのでしょう?盟約の決定権が私に託された理由があるはずですわ」
「ふむ」
父は顎に蓄えた髭を触りながら何かを考えているようだ。
おそらく森託により里内の情報を集めていたのだ。
里の内情を森託を使い探ることは表立って禁じられてはいないものの、礼儀が無い者のやることだった。
森託の扱い方は一歩間違えばエルフ同士でさえ軋轢を生む…誰も知られたくないことの一つや二つあるはずだ。
父も古い血が濃いエルフの一人だ。
その気になれば里の全てを把握することは造作もないことだろう。
「もともと、この里にあった火種をわしは利用した。オーベルの野心にセザムの暗躍…天子殿をこちらの都合のいいように動いてもらうため、シュクルットには色々と無理をいったわ」
「お父様はなにが目的ですの?」
「…お前は天子殿を目の当たりにしてなにを感じた?」
「天子?それは噂に違わぬ理不尽な力を有した者という印象でしょうか」
「わしはその力に畏怖の念を抱いたのだ。天子殿がその気にならば自分なぞ刹那のうちに消し去ることができる…龍華国が建国されてから気が気ではなかった」
「それと今回の件にいったい何の関係が…」
「まだ、分からぬか?龍華国、しいては天子殿がその気になればエルフの里など1日もかからずに消え去るということに」
「それは…」
確かに今日の出来事を思い返せば父が恐怖した理由はよく分かる。
オーベルの影の魔法をものともせず、盟約という超常的な魔法を使い命を奪う。
議会で見た力でさえ、ほんの一部なのだろう。
あまりに強大な力を目の当たりにして、無意識のうちにセザムに続き膝をついていた。
安堵感すら覚えながら…
「あの恐怖に打ち勝つためには今こそヴィルジニテの悲願を達成せねばならん」
「原初への到達…ハイエルフの復活」
「そうだ!お前がいくら純血主義を嫌おうが己に流れる血には抗えん。道は引いてやった、後は何をすべきか分かっておるな」
「私は…」
父の言わんとしていることは分かっていた。
ヴィルジニテの悲願を成就させるには、古い血の濃いものを選別しそれ以外のものを排斥するということ…
つまりそれはフルール姉様との決別を意味していた。
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