第十二話 仕返し

ウィルは振り心地を確めるように手にした小刀を振り回している。

灼熱の炎を纏った刃は振るたびに周囲に火の粉を撒き散らしていた。


「この世界の武器は何でもありだな。炎を纏う武器なんて前世では考えられなかった」

「貴方は早く隠れてなさい。巻き添えをくらっても知りませんわよ」


魔力が絡むと途端に自分の中の常識が通じなくなる。

今も遠く離れているはずなのにジリジリとした熱気が伝わってくる。


仮にそれほどの熱量をあの武器はもっているのならば、繰り出される攻撃の威力は凄まじいものになるはずだ。

唯一知っているレンファの槍も絶大な威力を持って村を破壊していた。

同等以上の威力があると思った方がいいだろう。


「気をつけろ。奴の武器は」

「皆まで言わなくて結構、心配しなくとも無傷でこの場を収めてみせますわ」

「なら後は任せたぞ」


概ねこっちの意図することはわかっているようなので安心した。

これ以上この場に止まるのは危険だと思い大人しく身を隠すことにした。


少し遠くに石が積み上げられていたのでその裏に隠れることにした。

ここなら熱気も遮られるし、いざという時はすぐに助けに向かうことができるだろう。


「ふーん、この魔練武器を見ても余裕だね。まさか勝てると思ってるの?」

「貴方こそどこで手に入れたか知りませんけど、そんなおもちゃで勝てると思っているのかしら」

「はぁ!?これはおもちゃなんかじゃない!あの人からもらった大事な力だ!」

「気がついてないのかしら、それ贋作ですわよ?」

「黙れ!フラムナイフ!!」


ウィルは怒号と共に切先を二人に向けた。

すると炎の形状が大蛇のように変化し、そのまま渦を巻きながら二人に襲いかかる。


「子供の癇癪に付き合うのも骨が折れますわ。貴女、守ってあげますから私の後ろに来なさい」

「命令しないでよ」


反抗しながらも四姫は言われたとおりケールの後ろに移動した。

同時に渦巻いていた炎が二人を覆い尽くした。


「おい!無事か!」

「大丈夫、ここ全然熱くないよ」


四姫がこちらに手を振りながら応えてくる。

よく見るとケールは左腕を突き出し防御結界を張っていた。

先程、四姫の魔法が暴発したときに守ってくれたものと同じだ。


防御結界というの炎も防げるものなのかと感心していたところ、ピシッと割れるような音が鳴り結界にヒビが入った。


「クッ、ちょっとこれは想定外の威力ですわ」

「あ、ちょっと暖かくなったね」

「呑気なこと言ってくれますわ。この結界がなかったら丸焦げですのよ!」

「そういえばまだ、焼かれて死んだことはなかったなぁ」


必死に結界を張っているケールと違い、四姫の態度には緊張感がない。

おそらくスキルがあるせいだろう。


「助けが必要か?」

「いいえ、お構いなく!」

「別に3人同時でも構わないぜ!今の俺なら誰にも負ける気がしねぇ」


側から見ると炎に包まれている二人は絶体絶命に思えた。

だがケール声には焦りなどは一切含まれておらず、まだまだ余裕を感じた。


「そろそろ結界で受けるのも限界…仕方ありませんわ。貴女、自分の身は自分で守れますわね?」

「守ってくれなんていつわたしが言ったの?大人しく従ってるのはあなたとの約束があるからだよ」

「それなら、初めから大人しく引いて欲しかったですわ!」

「やだ、わたしもあいつに仕返ししないと気がすまない」

「はぁ、姉様もこんな気分だったのかしら…」


ビシシッさらに結界にヒビが広がる。

もう結界が持たないそう思ったその時だった。


「風昇壁」


ケールが唱えると二人の正面から風が吹き上がり炎の攻撃を完全に防いだ。

吹き上がった風に炎は巻き込まれ遥か上空で霧散している。


「一体何をしたんだ!」

「魔法を発動したに決まってますわ」


結界が破れたらそのまま焼け死ぬ、ケールはそんな状況の中でも魔法陣を作り出し魔法を発動していたのだ。

右手を軽く捻ることで描かれた魔法陣は地面に放たれ、すかさず縁を足で踏みつけ魔力を流すことで魔法を発動していた。

魔法の発動と共に不要となった防御結界は解除したようだ。

一連の動作はまさに神速、見ていた自分でさえ何をしたのか一瞬理解できなかった。

炎で視界を遮っていたウィルは気が付けるはずもなかった。


「ありえない…結界を張りながら新たに魔法を使うなんて」

「これぐらい普通ですわ」

「ババアが天才って言ってたのは本当だったんだな」

「ふん、貴方に言われても何にも嬉しくありませわね。でも炎が効かないのは分かったでしょう?降参しなさい」

「クソ!まだだ!今のがダメなら次はこっちだ!」


ウィルが新たに小刀を振ると今度は炎が一つの塊となる。

さっきより大きさは小さくなっているが炎の密度が数段上がったように見えた。

再度切先をケールに向けると炎の塊が唸りをあげ風昇壁へと激突しそして砕かれた。

炎の塊はゴォォオっと音を立てて分解し地面に墜落する。


「諦めなさい」

「いいや、ここからだ。俺の炎はまだ死んじゃいない!」


墜落した炎の塊はよく見るとケールを囲うように転がっていた。

その塊一つ一つに小刀からでた魔力が細い線となり繋がっている。


「囲うように転がったのは偶然じゃない!誘導したのか!」

「その通り…おら!!!」


掛け声と共に塊に大量に魔力が流し込まれる。

塊は赤く輝き何倍にもその体積を膨らました。


「少しは知恵が働くみたいですわね…でも」


タンタンッと足元を2回踏みつけたと思うと風を発生させていた魔法陣が変化する。

面積が広くなり合わせて吹き上げていた風の範囲も広がる。

一瞬でケールの全方位を風昇壁が覆っていた


ピカッドッドッドカン


眩い閃光の後、複数の爆発音が鳴り響いた。

塊が爆発し周囲を破壊し尽くした。


「ケール!」

「はぁはぁ…流石にこれだけの爆発なら殺っただろ」

「何もやれてませんわ」


爆炎が晴れると無傷のケールがそこにはいた。

風昇壁で爆発から身を守れたようだ。

不思議なことにケールは爆発を防ぐ風昇壁の風の影響を受けいていないようだった。

「(魔法を発動したものにはその魔法は効かないのだろうか?)」


「バカな!」

「少々知恵があろうと所詮は贋作ですわ。無駄が多すぎ…それに貴方、私ばかりにかまけてていいのかしら?」

「なんのことだ!」

「余計なこと言わないでよ」


四姫が炎を操ることでできる死角を使い奇襲を仕掛けようとしていた。

風昇壁を放った時すでにケールの元を離れて機会を伺っていたのだ。

こちらからは丸分かりの動きだったがケールにいわれるまでウィルは存在に気がついていなかった。


「く、来るな!」


驚いたウィルは炎の刀を振り牽制をかけている。

振る度に無数の火の粉が飛び散り四姫の進みを妨げた。


「もう!うざい!」

「こ、こいつ驚かせやがって」


さっきの爆発はかなり疲弊するのだろう。

小刀を振っても火の粉が飛び散るばかりで、初めのような熱気をすでに感じられなかった。


「あんたがバラすから」

「でもいい囮ですわ。はい、これで終わり!」

「なによそれ!」

「う、うわぁ!!!」


ケールは終わりと宣言し足元の魔法陣を蹴り飛ばした。

魔法陣は蹴られたことで地面を這いながら一直線に進み、通った後のものを全て宙空へと吹き飛ばした。

ただの円柱状の風から、文字通り一枚の風の壁となった風昇壁は住処を突き抜け森の中まで続いていた。

四姫は辛うじて避けたようだがウィルは風に巻き上げられ遥か上空へと連れ去られていた。


「く、くそ」

「私から目を離すべきではありませんでしたわね。次はさらに強い拘束にしますわ。鎖縛錠」


ウィルはジタバタと暴れているが空中では身動きが取れるはずもなく、無防備な状態を晒している。

もちろんそんな状態で縛錠を避けることなど出来なかった。

さっきの縛錠とは違うようで手足どころか全身を拘束するように風の縄が何重にも巻き付いていった。


「こんなもの!!」

「嘘!さっきより強力な魔法ですのよ!」

「うおおお」


バチバチバチッッ


ウィルは今度の拘束魔法も膂力だけで千切ってみせた。

そのまま空中で体制を立て直したウィルはいつの間にか拾っていた弓矢に持ちかえてケールに矢を放った。


拘束を解かれたのが予想外だったのか、はたまた魔法を連発した影響か分からないが射られたケールはその場に立ち尽くしていた。

危ない!そう思った時には体が勝手に動いていた。


「きゃあ」


全力で駆けた勢いを殺すことができずに半分ぶつかる形で矢の軌道からケールを押し除けた。

矢は標的を外れそのまま地面へと突き刺さる。


「チッ、外れた」

「これさっきのお返しね!」

「お前、いつの間に!」


ザクッドカッ


四姫はいつの間にか空を飛びウィルの背後から何かを突き刺していた。

風昇壁はすでに効力を失っていたので己の脚力だけで飛んだことになる。

突き刺された後、地面に蹴り落とされたウィルは受け身も取れずに土煙をあげて激突した。


「相変わらず無茶苦茶だな…怪我はないか?」

「私は大丈夫…そこを早くどいて下さる?」

「す、すまない」


四姫に気を取られ、ケールを押し倒していることを忘れていた。

別にやましい気持ちはなかったが不用意に女性に覆い被さるものではない。

すぐさまその場から立ち上がった。


「別に謝る必要はありませんわ。助けてくれたのでしょう?」

「その通りだが…ほら手を出せ」

「自分で立ちますわ。それより…」


立ち上がるのを手伝おうと差し伸べた手は空を切る。

よほど心配なのか駆け足で地面に激突したウィルの元に向かって行った。

この戦いはこちらの圧勝で間違いないようだが、どうしてもケールの行動に疑念を抱いてしまう。

考えても埒が開かないので、とりあえず自分も二人に合流すべく歩み寄ることにした。


「あ〜仕返しできてスッキリした」

「これは…矢か?」

「そうだよ!さっきあいつが目覚めた時に見つけたの!」

「そうかあの時に…」


ウィルの背中に突き刺さっていたのは四姫が死んだ原因となった矢と同じ物だった。

尋問している時、四姫は離れた場所を散策していた。

興味がないだけかと思っていたが、どうやら矢を拾っていたようだ。


「と、とりあえず応急処置をしますわ」

「なぜだ?聞きたいことはあらかた聞いたのだトドメを指すべきだろう」

「そ、それは…」


今の態度で疑念がさらに深まる。

あれだけ駆除をすると言っていたにも関わらず、この住処に来てからの行動は無駄が多い気がしていた。

そして一つ確信したことがあった。


「お前、デミエルフを殺す気がないな?」

「な、何を言ってますの?私は駆除するためにここに来たんですわ!殺すことなんて簡単に…」

「口で何と言おうと行動が伴ってないぞ。簡単だというなら今すぐこいつの命を断てるはずだ」


そう言い、すぐそばに落ちていたナタを拾いケールに渡す。

このナタはウィルが持っていた獲物で間違いないだろう。多少錆びているが瀕死のやつにトドメを指すぐらい造作もないはずだ。


「い、いや」

「やはりな」


手は伸ばしてきたがナタを受け取る様子はない、これで自分の中で感じていた疑念に結論がでた。

ケールはウィルを殺すつもりがない。それがデミエルフ全体に適用されているのかウィル個人だけなのかは分からないが、少なくとも当初の話には虚偽がある。


「とんだ茶番に付き合わされたものだ…何か言うことはないのか?」

「別に貴方に説明する義務はありませんわ」

「なら、俺たちはこいつの首をはねて手柄として持って帰ることにしよう」

「勝手なことは許しませんわ!」


「まだ…終わって…ない」


どうやらまだ息があるようだった。

だが、その声は弱々しくすでにその命は風前の燈なのは誰の目で見てもはっきり分かった。


「大人しくしてなさい。あなた自分の毒矢で刺されたのよ」

「嘘…だろ」


ウィルは自分の傷を確認していた。

そして刺さっているのが自分の矢だと確認して驚きの表情を浮かべた。


「あぁ、そうか俺は死ぬのか…ゴホゴホ」


咳込んだと思ったら血を吐いていた。

さっき四姫が死んだ時と似ている。


「貴方もしかして儀式を済ませていませんの!?」

「何の…ことだ?」

「とぼけないで!絶対に姉様が済ませたはずですわ」

「本当に知らない。兄貴…シヴァさん…ごめんなさい…何も出来なかったよ」


見るからに弱っている。

このまま息絶えるのを見ているのは忍びない。


「介錯してやる。最後に言い残すことはあるか?」

「…ない」

「そうか」

「待って!最後は私が責任を持ちますわ…」


そういうと足元に投げてあったナタを持ち上げた。

だが、中々その刀身はは振り下ろされなかった。


「これは…ケジメ、私が始めたこと…」

「おい、そいつはもう」


ザッ


振り下ろされたナタは急所を外れ側頭部隣の地面に突き刺さる。

その一刀は耳を少し傷つけるだけに留まった。


「はぁはぁ…これでこのデミは私が駆除しました。いいですわね!」

「それは構わないが…」


ウィルはナタを振り下ろす前すでに事切れていた。

これで殺したことにはならないだろうとは思ったが…


「そういえば、最後に呻いていたシヴァというものに心当たりはないか?」

「(フルフル)」


ケールは首を横に振っている。

村に帰ってハザマあたりに聞くしかなさそうだ。


「そうか…とりあえず今回はこの情報を伝えるために、村に帰るとするか」

「ええ、依頼はこれで終わり…私も里に帰りますわ」

「短い間だったが世話になったな」

「こちらこそ…」


『来て…』


「何?」

「???」


『こっちに来て』


「まさかミカシュ…こんなにはっきりと聞こえるなんて…でもどこにありますの?」


側から見ていると突然独り言い始めたようにしか見えなかったが、どうやらこれが森託というものなのだろう。

自分には聞こえないがケールには何か聞こえるのだろう。

ケールは折れたミカシュの木に近づいていった。


「触れればいいのね…」

「どうしたんだろう?」

「さぁな」


ケールは折れた幹に触れて放心している。

暫く様子を見ていると大粒の涙を流しながらその場に泣き崩れた。


「おい、大丈夫か!」

「心配ありませんわ」

「それならいいが…本当に大丈夫なら俺たちはここを立つぞ?」

「ちょっと待って…話がありますわ。それに弔うのを手伝ってくれませんこと?」

「そいつのことか」

「その代わり今まで話さなかったことをちゃんと説明しますわ」

「どういう風の吹き回しだ?肝心なことは散々はぐらかしてきただろう」

「事情が変わりました…身の振り方を考えると胤ノ介達の計画に賛同したい方がいいと思いましたの」

「計画?…あぁ、国のことか、それならハザマに言うべきだな。目的を達成するのに協力しているだけで俺は具体的に何をするつもりか知らん!」

「あの方の考えてることはおおよそ見当がつきますわ」

「何やら知ってそうな言い振りだな。ハザマの説明もあるのなら話を受けよう」

「ええ、私の知ってる範囲でお話しますわ」


ケールの事情については気にならないといえば嘘だが、正直知る必要もないと思っていた。

だがハザマことには興味がある。


「なら早いこと墓を立てなければな」

「感謝しますわ」


その後、住処の外れに穴を掘りウィルの遺体を土葬した。

作業はほぼ一人で行うことになった。四姫は全く手伝わないし、ケールは一緒に埋葬する花などを取りに行っていた。

一通り終わると日が傾いていた。


「今日、村へ帰るのは厳しいな」

「なら、ここに一泊しよ!どうせ誰もいないみたいだし」

「そうだな…ケールはどうする?」

「私も付き合いますわ」


野宿をするのならば屋根付きの建物があるこの場所は適任だった。

ケールからも異論はなかったので、無事だった家屋の中から比較的綺麗な場所を選び一夜を過ごすことにした。


家屋に入ると残っていた蝋燭を使い部屋に明かりを灯す。

部屋の中心にあった机と椅子の埃を払い腰を据えた。

四姫とケールも続けて座る。


「今日は大変な1日だったな。初めは勧告するだけと聞いて簡単な仕事だと思っていたのにな」

「…本当はそれで終わる予定でしたわ」

「その辺も詳しく教えてもらえるのだろう?」

「ええ、初めに謝罪しておきますわ。私は本当の目的を話していませんでした」

「それは途中から気がついていた。まぁ、俺らが知っていたところでやることは変わらなかったんだろう?」

「その通りですわ。本当の目的は私の姉様…フルールを連れ戻すためでした」

「姉?デミエルフの姉がいるのか?」

「胤ノ介にはデミエルフが何なのかから説明しなければなりませんわね。長くなりますけどよろしくて?」

「ああ、明日までいくらでも時間はある」


ケールは持ってきた水筒の水を一口飲むと神妙な表情で話し出した。


「たしか龍華国が出来たころだから…60年程前のことですわね」

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