第十話 油断
神樹の森 デミエルフの住処
険悪な雰囲気になってからは黙々と移動した結果、当初ケールが予測していた時間より早く目的地に着いた。
デミエルフの住処に近づくにつれて、木々が減り走りやすくなったのも要因の一つだろう。
森を抜け、小さな川を超えた先に目的地の住処があった。
「ここがデミエルフの住処か!」
「そうですわ、ここが害虫の巣窟…最近は住処を出たデミはほとんどいないようですわ」
「その情報も森の声とやらか?」
「ええ、道中で聞いておきましたの」
「いつの間に…その声で相手の情報が得られるのなら駆除も容易いのではないか?」
「そこまで万能ではありませんわ…森託は声、実際に見える訳でもありませんし、私もその内容を全て理解することはできてませんの…それに」
最後に何か言いかけてやめてしまった。
どうやら自分が思っているより色々と制約がありそうだ。
それでも尚、危険を犯さずに情報を得ることができるのは魅力的な能力だと思えた。
「それで具体的に何をすればいいんだ?」
「まずは勧告をしてきてくださるかしら、森から自主的に退去するか強制的に排除されるか、どちらがいいかを選ばせて差し上げますわ」
「いきなり攻撃された場合は?」
「それはありませんわ」
「…信用していいんだな?」
「…多分、とだけ付け加えておきますわ」
無責任な奴だと思ったが勧告だけでいいのであれば気楽なものだった。
いきなり突入して全て殺してこいと言われなかっただけマシだと思おう。
「それでは行ってくる」
「くれぐれも私の存在は伏せるようにお願いしますわ」
「それで素直に言うことを聞くとは思えんがな」
「つべこべ言わず貴方は言われた通りやればいいんですの!」
「はぁ」
ため息を吐きながらも住処の方へ歩みを進める。
四姫も自然とこちらに着いてきたが、いつものことだと諦め気にしないようにした。
住処に近づくにつれ、妙な懐かしさを感じた。
おそらく建造物などの構造が前世で住んでいた物に近い作りをしていたせいだろう。
土木を巧みに使い、きちんと整地された土壌の上に建てられている。
多少ボロはきているが一目で人が住んでいると分かる形状をしていた。
村の中はある程度整地され石と砂利で舗装され歩きやすいように工夫されている。
さらに一部は耕して作物を作ろうとした形跡があったが、農作は上手くいかなかったのだろう。
耕地は土がひっくり返されただけで何も実っていなかった。
「さあ、どうしたものか」
「誰も出てこないね」
「気がついておらんのだろう…おーい!誰かいないか!」
しーん
大声を出してみたが返事はなかった。
そもそも住処全体から人の気配が感じられない、あまり深くまで入っていくのは得策ではないと考え一旦引き返すことにした。
「どう言うことだ、人っこ一人いなかったぞ」
「そんなわけありませんわ!もっとよく探して頂戴!」
「といわれてもな許可もなく中まで入っていくのはよくないだろう…大声を出しても誰も出てこなかったのだ」
「確かに胤ノ介の声はここまで聞こえましたけど…」
大声を出しても誰も出てこないのだ、あとは家屋を一つ一つしらみ潰しに探していくしかないがそれは無作法というものだ。
「私が森託を聴き間違えるわけありえませんわ。なら、夜に一斉に出て行った?最近は月も明るいですし可能でしょうけど理由がありませんし…」
ケールは右手を口元につけて何やら小声で言っていた。
よく聞き取れなかったがどうやら手詰まりのようだ。
「ここにいても仕方ないし、手分けして探さないか?」
「…残念ですけどそうするしかありませんわね」
手分けしてとは言ったものの四姫は自分に着いてくるので一人と二人になってしまった。
見つかるわけにはいかないケールは周辺の森を、自分達は住処方が分担になった。
住処に戻りざっと見回したが、どうやらこの住処はさほど広いわけではないようだ。
一本の木を中心に家屋がそれを取り囲むように建てられ、さらに外周に先ほどの耕地が広がっていた。
建物の数は概ね50程度、外見はどこも寂れていてところどころに修繕された後がある。
中を覗くと家具は倒され血痕がついている家もあった。
「ねぇ、もうここにはいないんじゃない?」
「分からん…だが何かしら手掛かりは見つけなければなるまい」
「手掛かりね…やっぱり誰か見つけて聞き出すのが早いよね」
「それが一番手っ取り早いのだが…」
「見つからない?」
「分かってるならもっと真剣に探せ!」
「はーい」
といっても全ての家屋は探し尽くしたがこれといって手掛かりになるようなものは見つからなかった。
あとはケールの方に期待するしかないと思い、集合場所まで帰ることにした。
集合場所にはすでに探索を終えたケールが近くの石に座り待っていた。
「そっちはどうだった?」
「周りの森には誰もいませんでしたわ…その様子だと貴方の方も同じかしら」
「ああ、人はいなかったな。家屋に争った痕跡がいくつかあったが…」
「争い?それが原因で住処を捨てて逃げたのかしら…自分勝手に森を荒らして、挙句の果てに逃げるなんて…絶対に見つけ出して償わせてやりますわ」
「デミエルフが森を荒らすとはどういうことだ?」
「この住処を見ればお分かりでしょう!木々は無惨にも切り倒され、地面は掘り返されているわ。さらに周辺の木々も切り倒して自分達の生活を豊かにするために利用しているますわ」
自分の価値観だと何が悪いのか分からなかったが、ビョウ村の光景を思い出すと確かに自然をそのまま利用した形をしていた。
つまりあの形がこの森の住民にとってはあるべき姿なのだろう。
「俺にはそんな悪いようには思えないがな…ビョウ村が原始的過ぎる」
「人間ってみんなそうなのかしら、自分達のやり方が一番正しいと思ってる…だからこんなに森を荒らしても心が痛まないんだわ」
「…こっちの人間のことはよく分からないが、これは一生懸命ここで生きようとした結果ではないのか」
ケールの考えは共感できなかったが、ここに住もうとしていた人達の気持ちは何となく分かる。
汗水流して地面を耕した姿が目に浮かぶ、必死に生きようとしたのに作物が育たなくて徒労に終わったのだ。
さぞ、途方に暮れていただろう。
「結果?結果なんて初めから分かっていましたわ。それなのに私たちの忠告を無視するから…」
「…何があったか知らないが、そろそろデミエルフの捜索に戻らないか?」
「…ええ、そうですわね、だいぶ話が横道に逸れてしまいましたわ」
デミエルフとの問題に興味がないといえば嘘になるが、今は捜索を優先するべきだ。
「今一度森の声の出番ではないのか?」
「そうしたいのは山々ですけど…ミカシュの木を探してもらえないかしら?」
話すときに若干間があった。
森の声を聞くのにミカシュの木が必要なことを知られたくなかったのだろう。
「ミカシュ?そういえばこの辺は生えていないな」
わざとらしいが気が付かないフリをした。
だが、実際に周辺にミカシュが生えていないことに気がついたのも事実だった。
ここにビョウ村の周辺や道中はいくらでも見かけたのだが…
「いや待てよ、住処の中心の木あれはミカシュだったような…」
住処の中心の木あれがミカシュだったことを思い出した。
枯れそうな弱々しい姿をしていたので、他と印象が違いすぎてすぐに思い出せなかった。
「住処の中にミカシュが…信じられませんわ」
「実は付いていなかったがあの葉っぱの形はミカシュだと思うんだが…」
「…他に当てもありませんし、確認だけでもしてみますわ」
正直、普段から木々のことなど気にかけたことがなかったので記憶に自信がなかった。
違ったらなんと言い訳をしようかと思いながらも、とりあえずケールを連れて住処の中心に赴いた。
「確かにこれはミカシュの木ですわ…でも、なんでこんな酷いことを」
さっき探索した時はよく見なかったが、どうやら樹皮がところどころ剥がされていたようだ。
それに裸になった幹には何やらキズがつけられていた。
「キズ…いやこれは文字か?」
「見せて頂戴…“鷹揚な者達に報いを“一体何なんですのこれ?」
ケールが文字を読み終えたその時だった。
ヒュン!
「胤!!」
ドッ
死角より一本の矢が射かけられ、それに気がついた四姫に突き飛ばされる形で助けられた。
自分を庇ったことで代わりに矢を受けた四姫は、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちる。
突き飛ばされて崩れた体勢をすぐさま立て直し、地面にぶつからないように四姫の体を抱き抱えた。
「余計なことを!」
「ハハ…いいね…これ…ゴホ」
苦しそうに咳をして喀血している。おそらく肺をキズつけたに違いない。
敵は事前に弦を引き力を蓄えて待ち伏せしていたのだろう、まるで自分たちがこの木に近づくことが予め分かっていたかのようだ。
全く気配を感じさせることのないその手際のよさに感心しながらも、いきなり攻撃をされたことに静かに怒りを覚えていた。
「な、なにごとですの…え!貴女怪我を」
ケールは何をされたか状況を理解出来ないようだが、四姫が怪我をしているのを見て駆け寄ってきた。
「すまないが、少し頼めるか?」
「ちょっと!」
抱き抱えていた四姫を一旦ケールへ預ける。
二人の壁になるように矢が飛んできた方へ身を乗り出す。
ヒュン!
再び矢が飛んできた。
ガシッ!
胤ノ介はその矢を何なく掴み地面に投げ捨てる。
「おい、そこに隠れているやつ出てこい!」
「ち、男は殺っておきたかったな」
物陰からでてきた人影は自分より一回り背の低い子供だった。
浅黒い肌に白い髪、ボロボロの布切れを纏い手には弓を持ち、矢筒を背中に背負っている。
「いきなり攻撃してくるとはどういう了見だ」
「そんなこと聞いて意味あるの?」
話しながらも子供は弓を肩に掛けて、腰に携えていた鉈のようなものに持ち替えた。
弓が通じないので接近戦をするつもりなのだろう。
「どうやら話をするつもりはないようだな」
スキル:写刀を発動し周囲の空間に無数の刀を設置することで迎撃体制を整える。
スキルを発動したせいか、相手はすぐに攻撃してこないどうやら様子を見ているようだ。
「なんだその魔法…」
「もしかして貴方はウィルですの?」
「ん、よく見たらケールおばさんじゃん、元気してた?」
「お、おば!?まぁいいわ…これはどういうつもりで攻撃してきましたの?」
「決まってるじゃん、復讐だよ!」
「復讐ですって?一体何に対して」
「…お前達がそれを分からないから復讐するんだ!」
ケールはウィルと呼ばれたこの子供を知っていたのだろう。
しかし、話が通じるような相手ではないようだ。
「一人しかいないのが厄介だな」
「胤ノ介分かってるとは思いますけど、くれぐれも殺すのだけはいけませんわ」
「ああ」
ケールの言ってることはよく理解していた。
やっと見つけた手がかりなのだ、殺すのだけは絶対にダメだと…
「うぅ…胤…」
四姫の呻き声が聞こえる。
ウィルに注意しながらも四姫の様子を見た。
矢は急所を外れているはずだが容体がおかしい、息は浅く額には汗が滲んでいる。
(もしかして矢に毒でも塗ってあったのか)
そう思った時に何故か胸が締め付けられる感覚に襲われた。
理由の分からない、どす黒い感情が溢れて殺意が理性を上書きする。
「ケール、すまないがそれは守れないかもしれない」
「ちょっと」
ドッ、カランカラン
胤ノ助は返事を待たず相手に向かって駆けた。
まさに神速、蹴った地面は抉れ一瞬で相手との距離を詰める。
それと同時に制御の範囲をでた写刀たちは重力に引っ張られ地面に落ちる。
様子を見ていたウィルは手持ちの武器のまま防御するしかなかった。
「おい、いきなりかよ!」
「いきなり攻撃したのはお前だろう!」
ウィルは攻撃を防御しようと咄嗟に鉈の腹を向けて盾の代わりにした。
関係ないと言わんばかりに鉈の上から渾身の拳をぶち込んだ。
ガチン
まるで金属同士がぶつかったような音がして鉈が弾きとばされる。
その隙を見逃さず、相手の胸ぐらと右腕を掴みとり背負いの要領で地面に投げ飛ばした。
「ぐはぁ」
受け身が取れないように頭から投げ飛ばしたので脳震盪が起きたのだろう反応がない。
このまま締め殺してやりたいと思ったがグッと堪えて、ウィルの服を掴み引きづりながらケール達のもとに戻る。
「殺したんですの?」
「いや、気絶しただけだ」
「そう…よかった」
勝負が一瞬でついたことで、踏みとどまることができた。
熱くなりすぎていたら間違いなく命を奪っていた。
「い…ん…」
「し、しっかりするんですの!」
ケールに抱き抱えている四姫はさっきよりあからさまに弱っていた。
瞳は焦点があっておらず虚空を眺めている。
唇は紫色に変色しており、呼吸もさっきより浅くすでにほとんどできていない。
「おい、しっかりしろ!何とか出来ないのか?」
「この症状はモリコブラの毒…だめ、私にはどうすることもできませんわ」
「どうやったら治せるんだ!」
「解毒魔法を習得している人なら…あぁ、こんな時になんでエピナがいませんの」
そんな人間が付近にいるわけがなかった。
スッ
四姫が力なくこちらに手を伸ばしてきたのでその手を握る。
「このまま、看取ることしかできないのか」
「ま…た…」
最後の言葉を言い終える前に呼吸が止まった、何も出来なかった虚無感に襲われる。
死んで開いたままになった瞼を手で閉じる。
「死んでしまったの…」
「そのようだ」
「こんなことになるならもっと…」
ケールが涙を浮かべている。
そんな親しい仲ではなかっただろうによく泣けるものだと逆に感心してしまった。
「気にするな」
「貴方は悲しくないんですの?」
「そんなことより…嫌な予感がする」
四姫が死んだのだ、それはつまり自分が切り捨てた時と同じ状況ではないかと思えたのだ。
死体がうっすらと光り、背中に刺さっていた矢が死体を通り抜け地面に落下する。
すぐさま光が収まり四姫は元に戻っていた。
「はぁ、苦しかった」
「え!?そういえばそういうスキルをお持ちでしたね…」
「どうしてあんたが泣いているの?」
「あ、貴女には関係ありませんわ!」
「…そう、まぁどうでもいいけど」
「やはり生き返るのだな」
今回は光の粒子が発生しなかった。
てっきり、前回と同様に光の粒子が殺した者に取り込まれるのではと懸念していた。
「うん、そうだよ!スキル:死帰(しき)、死んだら死ぬ前に帰るんだって」
「実質的に不死身か…」
「名前と同じなんて嫌な能力だよね」
「ああ、嫌な能力だ」
ピクッ
この時は光の粒子が見えなかったので油断していたのだ。
自分の時のような爆発的な身体能力の向上が殺した者におきることはないと…
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