第九話 腹が減っては

ビョウ村 エリン邸


朝日が昇り皆が目覚めてくる頃、エリンと昨日の夜話し合いをした広間の前まで戻ってきた。

扉の前に立つと、甘く香ばしい香りと微かに熟れた果実のような匂いが漂っていきた。


「この匂いは朝食か?」

「あぁ、今マルに用意させているよ」


扉を開け、匂いの元を辿ると机の上に見たことがない食材が並んでいた。

餅の表面を焦がしたような薄茶色の食べ物が盛り付けられ、その横には鮮やかな色の蜂蜜のようなものがおいてあり食欲を刺激する。

別の皿には果実が山盛りに積まれており、どれもみたことがない形状をしていた。

一瞬食べて大丈夫なものかと思ったが、逆に味の想像ができずそれが食べてみたい好奇心を掻き立てる原動力となっていた。


「もう少しで準備できるんで待っててください」

「おはようございます。お二人とも何処に行ってらしたんです?」


席にはハザマがすでについており、マルがまだ用意できていない机に食べ物を運んでいた。

四姫はおそらくまだ寝ているのだろう。シヨはよくわからないがマルがここにいると言うことは大丈夫なのだろう。


「すぐ近くの川でちょっとな…」

「そうだな、私は水浴びをしていただけだよ」


エリンがニヤニヤと意地の悪い表情をしている、無視して昨日と同じ席に着席した。

つまらないと言わんばかりにわざとらしく肩をすくめ、エリンも上座の方に移動していった。


しばらくして全ての準備を終えたマルがエルフ達を呼びに部屋から出ていった。


「ハザマ、どうやら昨日の晩の話はエリンに聞かれていたみたいだぞ」

「え、ほんとうですか」

「本当だよ、国を作ることがお前の目的だったとわね…村を訪れた時から何かあるとは思っていたが」

「…黙っていたことは謝罪します」

「構わないよ、実際にお前がもたらした情報は正しかった…初めから話してくれていれば…いや、もしもの話をしたところで意味がないな今後の話をしよう」

「今後ですか?」

「ああ、この村を守るのにどうしてもお前達の力が必要だと昨日の戦いで思い知ったよ。だから考えた。国には国民が必要だろ、この村の人々を国民として迎え入れてはくれないか?」

「こちらとして嬉しい提案ですが」

「待て…来たか、返事はまた後で教えてくれ」


カツカツカツ


人の足音が近づいてきた。

広間のすぐ外の廊下で音が止まり扉が開いた。


「ふぁ〜知らない寝床だとほとんど寝れませんでしたわ」


ケール・ヴィルジニテ・エルフは大きな欠伸をしながら広間に入ってきた。


「ケール様はしたないですよ」


遅れて一緒に入ってきた従者らしき女性に粗相を指摘されている。


「そんなこと言って、エピナは寝れまして?」

「はふぅ…ええ、問題なく」

「エピナも欠伸が隠せてませんわよ?」

「…これは生理現象なので仕方ありません」


そんな会話をしながら、マルに案内されたエルフ達は広間の席についた。


「二人ともふざけるのはその辺にして、今から大事な話をするのだから」


そう嗜めるように語りかけたのは男のエルフだ。


「分かってますわ、シュクルット。でもあちらの結論はすでに出ているようよ?多少の粗相は多めに見てもらいましょう」


シュクルットと呼ばれたエルフは「はぁ」とため息をつき頭を抱えていた。

ケールに振り回されているのだろう表情からは疲労の色が窺える。

昨日はケール以外は気に留めなかったが二人のエルフも容姿端麗で非の打ち所がない造形をしている。


「お見通しかい…そうだ結論は出ている。まぁ用意した朝食でも食べながら聞いてくれ」

「あら、気が利いてますわね」

「急な来訪だったので大したものは用意できなかったがな」

「お気になさらずに、答えを聞いてからゆっくり頂きますわ」

「そうかい…私たちはお前たちの提案を呑むつもりだ」


「バクバク」


「懸命な判断だと思いましてよ」


「モグモグ」


「だが、戦うのは…胤ノ介、そろそろ食べるのをやめろ!」


「む!ゴキュゴキュ…何か言ったか?」


机に用意されていたお茶のような飲み物をいっきに飲み干した。


「許せ、昨日から何も食べていなくて、部屋に入った時から腹が減ってしょうがなかったのだ。こっちのことは気にせず話を続けてくれ!」


そう言い終えると、また食べ物を口に運び始める。

まだまだ、腹が満たさせず手が止まらなかった。


「まったく…」


エリンは頭を抱えている。


「ふふふ、面白い人ね、胤ノ介…と言いましたか?今食べた物はお口に合いまして?」

「ん?あぁどれも美味しいものばかりだな。特にこの赤い果物が気に入った!甘味も丁度よく何個でも食べれそうだ。」


なぜエルフがそんなことを聞いてくるのか疑問に思いながらも味の感想を話した。


「そうでしょう!ミカシュの味が分かるなんて貴方見所があるわね」


ミカシュとかいう果物を褒められたのが余程嬉しかったのか、やたら機嫌がいい。


「ミカシュの実はエルフ達の好物なんですよ。この森には割と何処にでも生えてて、珍しくもない木の実なんですけど」


マルがこそっと説明してくれる。


「それでなんであんなに上機嫌になるんだ?」

「さぁ、自分もエルフのことはよくわからないもので」


同じ森に住むといっても交流はあまり無いのだろう。


「ケール様はミカシュの実がというより、ミカシュそのものが好きなのです。まぁ、ミカシュが嫌いなエルフはいないでしょうが」

「神様からの贈り物なのよ、寧ろエピナたち他のエルフが淡白過ぎるのではなくて?」

「一体何の神様なのだ?」

「ただの言い伝えです。ミカシュには神が宿りこの森に繁栄をもたらすと…実際に私達はミカシュを家族のように大事にし共に生きているのです」

「エルフの生活はこの森があってこそ、故に森を害する存在を許すわけにはいかないのだ」


小声で話していたが聞こえていたのだろう、エピナとシュクルットから追加で説明が入る。


「ゴホォン」


エリンがわざとらしく咳払いをした。


「そろそろ、話を戻すぞ。私達は昨日の戦いの後始末があるので村を空けることができない、代わりにこの胤ノ介を向かわせる。一人で全の将を討ち取るほどの腕前だ、すぐデミエルフの問題も解決してくれるだろう」


「そう…あなたが来てくれるのね…決めた!デミの駆除には私が同行するわ」

「な!?」

「ケール様それはいけません!」


シュクルットとエピナは同時に驚いていた。


「元々一人は同行する予定でしたでしょ?森託(シンタク)を一番理解できているのは私なのですから、何か問題ありまして」

「その同行者は自分かエピナという話だったはず、この同盟はあくまで非公式、表に出れば掟を破ったと謗りを受けるのですよ。それにケール様に万が一のことがあったら…やはり危険なことをさせるわけにはいきません」

「勘付かれなければいい話でしょう?そもそも私はそんな過ちを犯しませんわ」

「ですが!」

「シュクルット!もうやめましょう、ケール様がこうなっては言うことを聞きません」


シュクルットが苦虫を潰したような顔しているが話はまとまったようだ。


一通り話が終わり、皆で朝食を取っていたところに四姫が起きてきた。

広間の様子を一瞥してから隣に座ってきた。


「ねぇ、結局どうなったの?」

「ん?ああ、そのことだが」


部屋の雰囲気で話が終わっているのを察したのだろう、さっきの決まった話の内容を説明した。


「じゃあ、わたしも胤についていくね」

「いや俺一人で」

「ついていくね!」

「お前までついて来たら村の守りはどうするんだ?」


村の守りに四姫を残そうと思っていたので、この作戦をエリンに提案された時に承諾したのだ。

ついて来られては作戦の前提が崩れてしまう。


「胤ノ介、村のことはいいからそいつを連れてってくれ」

「いいのか?」

「最悪、人質もいるしね…そいつに一人残られる方が迷惑なんだよ」


気を遣われたのかはたまた、自分が召喚される前に四姫が相当我儘を言ったのか。

どちらか分からないが、村に残して負担になるようであれば本末転倒だ。

いざという時はハザマに頑張ってもらおう、そう考え方を切り替えてエリンの提案を受け入れることにした。


こうしてケール、胤ノ介、それに四姫が加わり三人でデミエルフの元に向かうことになった。


村の出口付近でエピナとシュクルットは別れの挨拶をしていた。


「ケール様、くれぐれもお気をつけを」

「分かってますわ、貴方達も私が帰るまで上手く長老院を誤魔化しておいてちょうだい」

「そのことについてはお任せください。どうな手段を使ってでも時間は稼いで見せます」

「なら、あとは任せましたわ」


別れを済ましたケールはこちらに振り返り近づいてきた。


「では早速だがどうすればいい?」

「まずは森の北西にある住処に向かいます。運がよければまとめて駆除できますわ」

「運なぁ…森の声とやらを聞けば確実に分かるのではないか?」

「…それができれば苦労しませんわ」

「何でも分かる万能な能力ではないのか?」

「そんな大事なこと、貴方に教えるわけないでしょう?」


そう言うと返事も待たずにケールは森に向かって歩み始めた。


「なに、あの態度ムカつく」

「能力について、教えるつもりがないと言うことだろう」

「…そう言う意味じゃないんだけど」

「なら、なんだと言うのだ?」

「そのへんは昔と変わらないね…やっぱり胤のこと大好きだよ」

「!?」


唐突な大好きという単語に気が動転しそうになる。

決して嬉しさや気恥ずかしさを感じたわけではない、嫌悪感それが一番近しい感情だろう。

胤ノ介は感情を悟らせないため返事もせずに早足で歩きだした。


「わたしの愛しい胤ノ介…大丈夫だよ、また守ってあげるから」


後ろで何か聞こえた気がしたが無視して、そのまま森を進みケールに追い付いた。


「来ましたわね、では早く住処に向かいましょう」


自分達が追いつくのを確認したケールは地面から足を離し空を飛んだ。


「おい!」


宙を舞って移動する様はまるで、風に運ばれる木葉のようだった。

胤ノ介は全力で走ることで何とか見失わずに済んでいた。


「あら、存外足がお速いのね、もっと速くしても大丈夫かしら?」


ケールは見た目に反してすごい速さで移動している。

まるで質量を感じさせない軽やかな動きで、木々の隙間を器用に避けて進んでいく。


「ふざけるな、着いていくだけで精一杯だ」

「残念、この速さなら到着はお昼過ぎになりますわね」


よくケールのことを観察してみると、手のひらに魔力を発生させその手で何かに触れることで加速をしているようだった。


「なんだその魔法は?」

「これは魔法じゃありませんわ」

「魔法じゃない?ならスキルか!」

「はぁ、魔力にも色々と使い方がありましてよ、これは森脈(しんみゃく)が見えなければ出来ませんわ」

「くそ、ケールだけ卑怯だぞ!」

「卑怯とは言いがかりですわね、これは才能と努力の賜物、胤ノ介も練れる魔力が多いのですから頑張り次第でもっと動けますわ」

「俺について詳しいんだな」

「だって…クスクス、そうね胤ノ介は森に気に入られているとだけ伝えておきますわ」


ケールは堪えきれず声を出して笑っている。

理由は分からないが何か侮辱されている気がしてきた。


そんな話をしながらも森をスイスイと進んでいくケールの姿を見て、昨日のマルの姿が重なる。


「昨日マルと森を走った走った時は問題なく追いつけていたのだがな」

「マル?あぁ、エリン様の付き人ね。多分それは貴方に合わせていたのですわ」

「なぜそんなことが分かる」

「なぜって、ウェアキャットはこの森で最速の狩人、今より遥かに早い速度で狩りをしておりますの。あなたがあの付き人の全速力に追いつける道理はないと思わなくて」


確かにいくら追いかけてもケールとの距離は全く縮まらない。

最短距離を全力で直進しているのに、ケールは木々の隙間を器用に進んでいる。

時折こっちを振り返る程度には余裕があった。

そのケールが言うのだ信じるしかなかった。


「大体そのやり方わかっちゃった!こうかな?」


後ろをついて来た四姫が魔力を発生させ何やらやっていたのは知っていたが、この短時間でケールの移動方法を理解したらしい。

四姫は手のひらに魔力を集めたと思ったその瞬間、さっきまで後ろを走っていた姿が消えた。


「あはは、胤!これ楽しいよ」


遠くで四姫の声がした。

声のした方を向くとケールを追い越した、さらに前方に四姫はいた。


「あなたなんて酷いことを!森脈(しんみゃく)を壊すおつもり?」

「なにか文句あるの?」

「うっ!?」


四姫がその場に止まり、凍てつく氷のような視線をケールに向けた。

殺意を孕んだその視線に蹴脅されケールはその場で硬直してしまっていた。まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。


「おい、その辺にしておけ」


そのまま放逐するわけにもいかず、仕方なく四姫とケールの間に入る。


「別に殺すつもりはないよ」

「なら何をするつもりだった?」

「ちょっと、腹が立ったからお灸を据えようかなって」

「やめろ」


お灸などと言っているが止めなければケールは死んでいたかもしれない、それだけの迫力がさっきはあった。


「あ、あなた!一体何をしたのか分かってるの?」

「別に?わたしはあんたの真似をしただけだよ」

「違いますわ!あなたのは森脈を力づくで引っ張っているだけ、そんなことをしたら」

「さっきからうるさい、必要ないこと以外は話さないで」

「いいえ、最後まで言わせてもらいますわ、あなたが次同じことをするようなら容赦はしません」


四姫は返事をしない。

俺が間に入ったことでケールの硬直は解け危害を加えられることもなかったのだが、二人の空気は険悪そのものになっていた。


「もういいから目的地を目指さないか?」


二人の仲を取り持つつもりなどなかった。元々得意じゃないこともあるが、早く目的を果たして村に帰りたいと思ったので先に進むことを提案した。


そこからの移動は終始無言だった。

そのおかげかどうかわからないが想定より早く目的地に到着した。

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